ショート・ターム(’13)  デスティン・ダニエル・クレットン<ロックド・インされた狭隘な出口を抉じ開け、〈状況〉を作り出した中枢点で吐き出し、暴れ狂い、解き放つ>

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1  童話の様式をとった少女の「自己開示」
 
 
 
「原則として1年未満。例外として3年以上」 
 
某都市の郊外にある短期児童保護施設、「ショート・ターム12」における児童の入所期間である。 
 
そこに、新人職員・ネイトがやって来た。 
 
大学を1年間休学し、人生経験のために赴任して来たのである。 
 
「親でもセラピストでもない。安全に生活させるのが仕事よ。新人は隙(すき)がないか試されるから、最初は“ノー”。友達になるのは、そのあと」 
 
既に、施設のベテランのように振舞うケアワーカー(ここでは、18歳までの子供たちの世話をする職員)・グレイスのアドバイスである。 
 
彼女は同僚で恋人のメイソンと共に、様々な理由で施設に入所している少年少女たちの世話をする日々を繋いでいた。 
 
そんな折、無口で真面目な印象を与える黒人青年、マーカスが18歳になったことで、退所を余儀なくされる現実に不安を覚えていた。 
 
彼の退所パーティーが近づいているのに、カミソリで頭を剃ることを求め、了承するグレイス。 
 
「数年前に母を亡くし、父親は友人の知り合いで立派な男」
 
 そんな風に、ジャック所長に紹介された少女・ジェイデンが入所して来たのは、その直後だった。 
 
施設への入退所を繰り返し、セラピストの鼻を噛んだという少女である。 
 
「特別扱いしない」 
 
グレイスの毅然とした反応である。 
 
入所して来るや、言葉遣いの悪いジェイデンに注意するグレイスの反応は手慣れたものだった。 
 
完璧な仕事をこなすグレイスだが、メイソンとの子を宿していることを施設の医師に知らされ、動揺する気持ちを隠せなかった。 
 
以前にも、妊娠した事実を医師に告白するグレイスにとって、「妊娠」という言葉から侵入的に想起するトラウマが噴き上がってきてしまうのだ。 
 
メイソンとの愛情交歓の中で、そのトラウマが噴き上がってきて、ユーモアが豊富で心優しいメイソンの気持ちも穏やかでなかったが、彼もまた、リストカットのあるグレイスの手首を察知しているので、それ以上、彼女を苦しめるような行為には決して振れなかった。 
 
一方、退所が一週間後に迫っているマーカスの部屋からマリファナを見つけたグレイスは、草野球でバカにされ、仲間に暴力を振るった直後、彼と話し合う。 
 
「監獄に入るような人生はイヤでしょ?私の父は10年も刑務所に…そんなのダメ…」 
 
退所後の不安で荒れている、18歳の黒人青年の前途が厳しい現実を知り尽くしているからこそ、グレイスはこんな言葉でしか反応できないのである。 
 
“俺を育てたイカれ女 考えると吐き気がする 18歳を前に最低の人生 楽しい思い出は全部消えて 最高の人生を夢見たけど 出口なんか どこにもない” 
 
グレイスと情報を共有するメイソンとのラップの競演の中で、自分の心境を吐き出すマーカスがそこにいる。 
 
絞り出すような声で歌い終わった後、改めて、グレイスに頼んで、カミソリで頭を剃る決意を示すのだ。 
 
そのグレイスは、ジェイデンの部屋に赴き、正直に、自分の過去を吐露していた。 
 
「9歳か10歳の頃、母の恋人たちの絵を描いて、10ドルで母に売った。沢山いたから、そのお金でポータブルCDを買った」 
 
それだけだったが、グレイスの思いがけない告白は、閉鎖的なジェイデンに少なからぬ影響を与えていく。 
 
まもなく、グレイスはメイソンと協力して、マーカスの頭髪を剃った。 
 
「コブがある?」 
 
マーカスの意想外の問いかけに理由を聞く二人に対して、マーカスは明瞭に言い切った。 
 
「ずっと髪を伸ばしてた。お袋に殴られてたから。痕(あと)が残ってる?」
「大丈夫だ。何ともない」 

そう答えたメイソンは、マーカスに鏡を見ることを促した。 
 
恐る恐る鏡を見て、安堵したマーカスは、思わず嗚咽する。
 
優しく肩を抱くメイソンと、その様子を見つめ、涙ぐむグレイス。 
 
二人の強力なパートナーシップが垣間見られるシーンだった。 
 
心優しいメイソンに妊娠を告白したのは、その直後だった。
 
心の底から喜ぶメイソンの身体表現は、重い心を引き摺るグレイスを癒していく。 
 
一方、施設に訪問することになっていたジェイデンの父親が顔を見せず、自分の部屋に閉じこもり、荒れ狂い、自傷行為に振れていく。 
 
その行為を施設職員が必死に止め、柔和なストロークを出し、落ち着かせるに至る。 
 
「反省室」に幽閉されたジェイデンに、グレイスは自分の心的外傷となっている過去を告白する。 
 
「くしゃみしたら、深く切りすぎて、腱を傷つけそうに。母が亡くなって、父と暮らすことになった。血が出てる間は、嫌なことも忘れられる…」 
 
足首の傷痕を見せて、自らが父親から性的虐待を受けたことを告白したのである。 
 
グレイスの重みのある言葉は、ジェイデンの心の闇を溶かしていく。 
 
自分の誕生パーティを催し、祝福されるジェイデンの喜びも束の間、突然、施設を脱走し、彼女を必死に追い駆けるグレイス。 
 
しかし彼女は、ジェイデンの身体に全く触れることができない。 
 
施設のルールだからだ。 
 
そのジェイデンが向かった先は、彼女の父親の家。 
 
誰もいない家を目視し、グレイスに促され、施設に戻るジェイデン。 
 
ジェイデンがグレイスに、自作の童話を読み聞かせたのは、この直後だった。 
 
この童話の内容から読み取れるのは、ジェイデンもまた、父親からの性的虐待を受けたという事実である。 
 
想像するに難くなかっただろうが、敢えて、童話の様式をとったジェイデンの「自己開示」は、グレイスに大きな影響を及ぼしていく。 
 
  
 
2  「自分が自分であること」・「自分が戻らなければならない場所」に向かって辿り着く少女とヒロイン 
 
 
  
メイソンの養父母の結婚記念パーティーの場で、メイソンは含みのあるメッセージを、養父母に贈った。 
 
「ここにいる全員が、二人を養父母とは思ってない。僕が本当の両親だと思ってるようにね。不安でいっぱいだった僕を引き取って、独りぼっちだった少年に教えてくれた。誰かに愛される幸せを。僕らがここにいるのは、二人のおかげだ。素晴らしい家族を与えてくれた」 
 
嗚咽を隠し切れない養父母への感謝の気持ちが情動感染(相手の気持ちが伝わってくる)し、涙ぐむメイソンが、グレイスにプロポーズしたのは、この直後だった。 
 
喜んで受託するグレイス。 
 
しかし、喜びも束の間だった。 
 
グレイスの父親が刑務所から仮釈放されるという、保護観察所からの連絡を受けたメイソンは、その事実を本人に伝えるのだ。 
 
沈み込む一方のグレイスは、この一件について、メイソンと話し合うことを拒絶し、本来の仕事に没我していく。 
 
その中で、社会福祉士の判断によって、娘を迎えに来たジェイデンの父親に、ジェイデンの引き取りを許可した事実を知り、それを許可したジャック所長に怒るグレイスの感情は、まるで、自分が抱えた甚大なストレスを吐き出すような行為に炸裂する。 
 
「怖くて言えないのよ!心の中では、いつも父親に見張られてる!常に父親の陰に怯えてる!」 
 
所長が大切にしているランプを叩き割り、荒れ狂うグレイスの前に出現するのは、厄介な問題ばかりだった。 
 
自殺未遂を起こすマーカス。  
 
退所の日々が近づくにつれ、彼の不安は膨張する一方なのだ。 
 
セラピストでもないグレイスの能力の限界を超える事態の突沸(とっぷつ)に対して、必死に励ますメイソン。 
 
以下、二人の会話。
 
「この3年間、僕は待ってた。本気で愛してるから、待ち続ける。なぜ、僕を信じられないか、話してくれるのを。悩みを話すことが、どんなに大切か気付くのを。僕には話して欲しい」

「やっぱり無理よ。あなたとは結婚できない。あなたの子供も産めない…」
「堕ろすつもりなのか?」
「予約してある」

 
信じ難いグレイスの言葉に衝撃を受け、「勝手にしろよ。終わりだ」という、意にそぐわないような言葉を残し、その場を去っていくメイソン。 
 
究極の「男性不信」に陥っているグレイスの心的外傷が噴き出してしまって、今や、このような反応によってしか為す術がない辺りにまで、自らを追い込んでしまうのだ。 
 


人生論的映画評論・続/ショート・ターム(’13)  デスティン・ダニエル・クレットン<ロックド・インされた狭隘な出口を抉じ開け、〈状況〉を作り出した中枢点で吐き出し、暴れ狂い、解き放つ> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/07/13.html