1 「ママは7年間監禁されてるの…“世界”は広いのよ。信じられないくらい広い。“へや”は狭くて臭い」
「昔々、僕が下りてくる前、ママは毎日泣いて、TVばかりを見てゾンビになった。そして天国の僕が天窓から下りてきた。ママを中からドカンドカン蹴ったんだ。僕が目をぱっちり開けて、じゅうたんに出てきたら、ママがヘソの緒を切って、“はじめまして、ジャック”」(ジャックのモノローグ。以下、モノローグ)
朝目覚めたジャックは、母親のジョイに朝の挨拶する。
「ママ、5歳になった」
「もう、お兄ちゃんね」
髪を伸ばし放題でやせ細り、女の子のように見えるジャックは、いつものように、“へや”の中のあらゆるモノにも挨拶をする。
「おはよう、スタンド。植木鉢も…おはよう、クローゼット、じゅうたん…」
その後、ジョイはジャックにビタミン剤を飲ませ、歯磨きを指導し、共に、腕立て伏せなどストレッチを行い、体を鍛える。
“へや”にはベッドもバスルームもキッチンもテレビもあり、最低限の生活はできるが、問題は息苦しいほどの“へや”の狭さ。
そして、何より問題なのは、二人はこの“へや”に監禁され、ジョイは7年間、ジャックは生まれてから5年間、一歩も外に出られない状態であることだ。
今日はジャックの5歳の誕生日祝いに、一緒にケーキを作る。
焼き上がったケーキに不満を訴えるジャック。
「本物の誕生日ケーキには、火のついたロウソクが」
「ロウソクがなくてもケーキよ」
「“日曜日の差し入れ”にロウソクを頼んでよ」
「ごめんね。面倒な物は、あいつに頼めないの」
「オールド・ニックは、何でも魔法で出す…6歳になったら、本物のロウソクを頼んで」
オールド・ニックとは、17歳のジョイを誘拐、監禁した男である。
ジョイはヒステリックになったジャックを宥(なだ)め、一緒に風呂に入り、『モンテ・クリスト伯』をベッドで読んで聞かせる。
「“…そして島を買い取ると、自分を伯爵だと名乗り、悪党への復讐を誓いました”」
「あと一つ、お話を」とねだるジャックを、時間だからとクローゼットの布団に寝かせ、歌を歌ってあげるジョイ。
真っ暗なクローゼットで寝ていると、オールド・ニックの声が聞こえてきて、隙間からズボンを脱ぐのが見える。
「1…2…3…」と数えるジャック。
「“へや”の外は宇宙空間。TVの惑星があるんだ。それと天国。植木は本物。木は違う。クモは本物。一回だけ蚊に血を吸われた。リスと犬はTVの中にしかいない。でもラッキーは別だよ。僕がいつか飼う。モンスターは大きすぎる。海もそう。TVの中の人は、ペタンコで色つき。僕とママは本物。オールド・ニックは本物なのかな?半分、本物かも」 (モノローグ)
「48…49…」
ジョイは眠りに落ちたジャックをクローゼットからベッドに移す。
監禁生活の中で、苛立ちを募らせるジョイは、ジャックが仲良くしようとしたネズミを排除し、空想の世界のラッキーという犬の存在を否定し、ジョイを泣かせてしまう。
二人は天窓や壁に向かって大声を出して、フラストレーションを発散するのである。
オールド・ニックから届いたプレゼントのラジコンで遊ぶジョイは、夜になって、またやって来た際に、クローゼットの中から二人の会話を盗み聞く。
ジャックの栄養が不足していると、ビタミン剤を要求するジョイ。
「半年前から失業してる。それなのに…」
「どうするつもり?職探しは?」
「仕事がないんだ!」
激昂したニックは、クローゼットに匿われているジャックに声をかけが、ジョイがベッドに誘って、接触を回避する。
寝静まったところで、オールド・ニックの顔を見にクローゼットから出て来たジョイに気づき、「よう、小僧」と声をかけてくる。
「その子に触らないで!」と叫ぶジョイの体に覆いかぶさり、首を絞めるのだ。
「今度、俺につかみかかったら、ブッ殺してやる。誰の子か忘れるな」
そう脅して、オールド・ニックは出ていった。
「出てきて、ごめんなさい…もうしません」と泣くジャックを抱き締めるママ。
電気が切られ、寒さの中、ジャックは『不思議の国のアリス』を読んでいる。
ジョイが追い払ったネズミの話をする。
「壁がこうあるでしょ。私たちは内側で、ネズミは外側」
「宇宙空間?」
「地球よ。宇宙よりずっと近い」
「外側見えないよ」
「分からないと思って、作り話をしてたけど、もう賢くなったから、分かるはずよ。オールド・ニックの食べ物は?」
「魔法でTVから」
「魔法じゃない。TVで見てる人や物は本物なの。本当の世界…私たちみたいな顔の人は本物。本物みたいな物は、すべて本当にあるのよ。海も木もネコも犬も本物」
「TVに入りきらない」
「“世界”は広いから、みんな入りきるのよ…天窓からは、上しか見えないの」
ジャックを抱き上げ、天窓に落ちた葉を見せる。
「でも、これはウソの反対よ。5歳の子には正直に言う。もう大きいから“世界”のことを理解して。このままじゃダメなの。ママを助けて…ママも“へや”に来たの。アリスみたいに。ママの名前はジョイ。あなたのジイジやバァバとおうちに住んでた」
「“おうち”って何?」
「ママは17歳だった。学校の帰り…男が来て…オールド・ニックよ。本当の名前は知らない。“犬が病気だ”って…ママをだますためのウソよ。あいつに誘拐された」
「ほかの話がいい」
「あいつはママを納屋へ。ここよ。“へや”は納屋なの。鍵の暗証番号は、あいつしか知らない。ママは7年間監禁されてるの…“世界”は広いのよ。信じられないくらい広い。“へや”は狭くて臭い」
「…“世界”なんか嫌いだ。僕、信じない!」
ジャックは涙ながらに、外の世界を拒絶する。
ジョイは抜け殻のように、ベッドで横になったままで、ジャックは一人食事を摂り、遊んでいるが、そのうち、オールド・ニックからプレゼントされたラジコンを壊し、投げ捨ててしまう。
ジャックがテレビを見ながら、「オールド・ニックを蹴飛ばしてやる」と言うと、ジョイは自分の体験を話す。
「よく聞いて。ママも前にやったことあるの。トイレのフタを持ってドアの陰に隠れてた。前は重いフタがあったのよ。それで、あいつの頭を殴った。でも失敗。あいつに手首をねじられたの。だから今も痛い」
「寝ているときに殺そう」
「そうしたいけど、外に出られず飢え死によ」
「バァバたちが助けてくれる」
「ここを知らないの。地図にも出てない」
ジョイは一つだけ方法があると、ジャックが高熱を出したと騙し、病院へ連れ出された際に、医者に助けを求めるメモを渡すという作戦を準備する。
しかし、訪れたオールド・ニックは、翌日、何か薬を持って来ると帰り、計画は失敗に終わった。
それでもジョイは諦めず、ジャックが死に、カーペットに死体が包(くる)まれた状態でトラックで運ばれ、一時停車した際に逃げ出すという計画を立て、ジャックに繰り返し死体のフリをして、脱出する練習をさせるのだ。
「トラック、転がる、ジャンプ、走る」とジャックは復唱する。
「最初の一時停止で飛び降りるの。トラックが止まるわ。誰か見たら叫ぶのよ。“ママは、ジョイ・ニューサムです”って」
抗生剤を持って来たオールド・ニックに、ジャックが死んだことを告げ、耐えられないから、今すぐに木のある場所に運ぶように泣きながら懇願する。
オールド・ニックは言われた通り、ジャックをトラックの荷台に乗せ、走り始める。
ジャックは頭の中で、ジョイの言葉を反芻している。
「トラック、転がる、ジャンプ、走る、誰か」
ジョイの言葉を思い浮かべ、ジャックは巻かれたカーペットから出て、初めてガラス越しではない本物の青い空と対面するのである。
トラックの荷台に体を起こし、停止した際に荷台から飛び降りて走るが、オールド・ニックに気づかれて追われることになった。
犬を連れた男性と衝突して倒れたジョイは、大丈夫かと声をかけられるが、オールド・ニックに乱暴に引き摺(ず)られ、助けを求める。
不信に思った男性が、「警察を呼ぶぞ!」と声をかけると、ニックはジャックを捨て、車で逃走して去って行った。
警察に保護されたジャックは、パトカーで住所やママの名前を聞かれるが答えられない。
しかし、住んでいた場所が天窓がある納屋であること、3回目の停止で飛び降りたと聞き出したクレバーな女性警官は、位置情報を特定し、衛星写真で赤いトラックのある家を探すよう無線で指示する。
犯人の自宅にパトカーが集結し、ジャックは車の窓を叩き、「ママ、ママ!」と叫ぶ。
暗闇の中から、ジョイが走って近づいて来る。
二人は無事解放され、ジョイは泣きながらジャックを抱き締めるのである。
人生論的映画評論・続: ルーム('15) 「途轍もない特異性」が抱え込む破壊力が溶けていく レニー・エイブラハムソン より