ナポリの隣人('17)   「擬似家族」という幻想の行方

 

深々と胸を衝くイタリア映画の秀作。

 

 

1  「普通の人達だ。私やお前や、姉さんよりずっと」

 

 

 

ナポリアラビア語の法廷通訳をしているシングルマザーのエレナ。

 

法廷で不法移民の証言を通訳しつつ、廊下で話しているのを聞いていたエレナは、それがウソだと裁判官に知らせたが、「職務に忠実に通訳だけしてください」と注意される。

 

仕事を終え、心筋梗塞で入院している元弁護士の父・ロレンツォの病院を訪ね、法廷であったことを熱心に話すが全く反応はなく、エレナは早々に病室を出た。

 

寝たふりをしていたロレンツォは、エレナが帰るや起き上がり、点滴を勝手に外してアパートの自宅に戻ってしまう。

 

玄関で鍵を開けていると、階段に座っている隣に引っ越して来たミケーラが挨拶をし、鍵を持たないで出て、部屋に入れないと話すので、ロレンツォはミケーラを部屋に招き入れ、バルコニーで繋がるミケーラの家の裏のドアの鍵を渡した。

 

このミケーラの家は、ロレンツォが手放したもので、バルコニーからの階段を残したままで、向かいの家とは行き来できるようになっているのだ。

 

ミケーラは受け取った鍵で自宅へ戻った。

 

ロレンツォは孫のフランチェスコを学校から連れ出し遊ばせ、青空授業を行った後、何か欲しいものを聞くが、「何も」と素っ気ない返事。

 

「私が好きか?」

「ちっとも!」

 

エレナと弟のサヴェリオは公証人との間で、ロレンツォの住む自宅アパートの権利問題を話し合っている。

 

「公証人さん、家は父のものだと説明を」とエレナ。

「なんて寛大な子達だ。相続した家に住まわせてくれる…わが子達はうまくやったよ。私から解放してやる気だったのに、孤児になる気構えもできていない」

 

ミケーラの長女・ビアンカと長男・ダヴィデの姉弟がロレンツォの家に入って来て、部屋を見て回り、二人に気づいたロレンツォは、走って出て行く子供たちを追い、バルコニーでミケーラの夫・ファビオと顔を合わせた。

 

ファビオは、先日の鍵のお礼を言い、ナポリの町に馴染めない心情を話す。

 

「お仕事は?」

「私は…母が望んでいたことを」

 

ファビオはそこまでしか答えなかった。

 

ロレンツォは、ナポリ駅のカフェでティータイムを楽しんでいると、エレナの同僚が話しかけてきて、弁護士志望の甥を紹介しようとするが、少し離れた席にやって来た隣人親子4人が座り、ロレンツォは、そちらに気を取られていた。

 

そのテーブルに、アフリカ系移民が来て、ライターや靴下などを何度断っても執拗に売ろうとするので、ファビオは突然キレて、大声で怒鳴り、その移民を追い立てて転ばせてしまう。

 

「そんなゴミはいらないんだよ…他へ行ってくれ。何で僕ばかりに」

 

ミケーラと子供たちは立ち尽くし、その様子をただ見守るだけ。

 

見兼ねたロレンツォは、移民を捕まえ引き摺り倒し、喚(わめ)くファビオ止めようとして倒されるが、更に逃げた移民を追い駆けようとするファビオを押さえ、落ち着かせようとする。

 

「僕ばかり…いつも邪魔される」

 

ロレンツォに言い訳をして少し興奮が収まってくると、ファビオは再び移民を追っていって見つけ、済まなそうな表情をする。

 

そんなことがあって、ミケーラはアイロンがけをしているロレンツォを訪ね、先日の出来事を弁明する。

 

「夫は悪い人じゃないんです」

「私は裁判官ではなく、弁護士だ」

「疲れてて、そんな時はすぐにカッとなる。でも、すぐ後悔を」

「娘は外国人の扱いが上手い。エジプトで何年も語学を学んだ」

「私もやってみたいわ。旅して、違う世界を知る」

 

ミケーラの明るく気さくな人柄に心を開くロレンツォはファビオの家で、祖父と孫のように子供たちと遊び、夫婦との会話も弾む。

 

ロレンツォはファビオは一人っ子だと言い当て、ミケーラは4~5人の兄弟姉妹がいると言ったが見込み違いだった。

 

「私は孤児で、祖父母に育てられ、16歳で家出した。誰かを追い駆けて放浪の人生を」

 

ロレンツォは、船が好きな孫のフランチェスコをファビオが務める造船所へ連れて行った。

 

「お孫さんを可愛がられてる。父親以上だ。それが僕にはできない。話すこともない。何を話せばいいのか」

「全部です。どんな話をしてもいい」

「…ミケーラは辛抱強く、子供たちの相手も上手い。でも町になじめず…」

「初めは誰でもそうです」

「町を出たことは?」

「一度も。ナポリに根っこを下ろしたまま」

「僕は持ち家を持ったことがありません。6~7歳の時、僕は痩せっぽちで、あせって舌がもつれるたちで、誰彼構わず訊いた。“本当の友達かい?”教室で隣の席の子に、お金も渡した。“いくらで友達になる?”。僕らは絶えず、どうすれば愛してもらえるのか、思案しているのかも。違います?」

「こうしましょう。私は隣にいる。ノックすればいい。この町のやり方です」

 

ロレンツォは、ファビオの肩に手を置き、励ました。

 

ミケーラのキッチンで調理をするロレンツォ。

 

子供が成長して、愛情が失せたとロレンツォが話すと、ミケーラは、それは大人になって、助けてあげられなくなったからだと言う。

 

それを聞いたロレンツォは、少し考え込み、夕食に誘われても断って帰って行った。

 

ナポリの町を彷徨うロレンツォ。

 

同じ頃、ファビオも町を彷徨い、雑貨屋に入り、消防自動車のミニチュアを見つけ、店主に売り物ではないと断れたが、子供の頃に遊んだ玩具なのか、執拗に欲しがるのだ。

 

日が暮れて、土砂降りの雨が降り、自宅近くに戻ると、アパートの周囲にパトカーと救急車が道を塞ぎ、騒然として規制線が張られていた。

 

ロレンツォは構わず、警察の制止を振り切り自宅へと階段を上り、運び出されたファビオの子供たちの遺体とすれ違う。

 

バルコニーから隣人宅に入ると、ファビオが拳銃を持って倒れており、遺体の鑑識が行われていた。

 

ロレンツォは、ミケーラの生死を確認したが、答えは得られなかった。

 

エレナは裁判所で同僚から新聞を見せられ、昨夜の事件を知った。

 

「34歳の若い男が妻を撃ち、次に男児と女児を、最後に自分に銃を向けた。界隈では誰もが銃声を…」

「私達と何の関係が?」

 

しかし、エレナはサヴェリオと共に、入院して生死を彷徨うミケーラに付き添うロレンツォを訪ねた。

 

サヴェリオが声をかけると、「何しに来た」と振り向きもしない。

 

「話は聞いたよ」

「お前たちは関係ない」

「父さんは?」

「関係あるさ…日曜の昼、家に呼ばれて食事を。普通の人達だ。私やお前や、姉さんよりずっと」

 

ロレンツォは振り返り、離れて立っているエレナを指差した。

 

「なのになぜ、こんな…」

「家族でもないのに」

「家族の一員か…」

 

その時、通りかかった医者に容態を訊いたロレンツォに、「娘さんは今、神の御手に」と答えるのを聞いたサヴェリオは、「“娘さん”って?」と質した。

 

「こっちの話だ。もう帰れ…」

 

弟は踵(きびす)を返して帰り、エレナは暫くロレンツォを睨みつけ、帰って行った。

 

ロレンツォは、複数の管をつけて昏睡状態のミケーラを見舞う。

 

心労でロレンツォは、廊下で倒れてしまうが、突然、ミケーラの母親が現れ、マスコミに囲まれているのを、ロレンツォが別室に避難させた。

 

ロレンツォは、父親のフリをして付き添っていたことを詫び、もう母親が来たので任せると話す。

 

「私はファビオの母親です」

 

ロレンツォは、母親をミケーラの病室へ案内した。

 

「どうも思い出せなくて。ずっと考えているのに。何も思い出せず…でも一つだけ。事件とは無関係ですが、お話を。ファビオはまだ10歳にもなってなかった。一人息子でして。夏休みで私たちは山にいて。息子には友達がなく、自分でパチンコを作ったり、木の家を作っていました。ある日、同年代の子と仲良くなり、分かちがたい完璧な親友になりました。ところが突然、その子を見かけなくなり、聞いた話では、谷間に落ちて奇跡的に助かったと。ファビオはすっかりふさぎこんでしまい、ただ、泣きはしない。友達が死にかけていたのに。ある朝、朝食をとりながら夫もいる時に、いきなり言ったんです。“僕がやった。僕が突き落としたんだ”。私は反射的に抱きしめました。ぎゅっと時の経つのも忘れて。以来、私たちは口を閉ざし、あの子の盾となり、表沙汰にならないように努めました。私は夫と一緒に、秘密を守り抜きました。幸い、男の子は助かり、無事成長しました。そして私達も一件を忘れた。それから何年も経って、ファビオは大学生になり、私と2人でもう一度、あの山に行きました。その日の空は美しく、済みきって魔法のよう。あの子は笑って言いました。“谷に落ちた子のこと、あれ、ウソだったんだ。僕は突き落としたりしてないよ”。私はありったけの力でひっぱたき、言いました。“何言ってるの。それこそウソだわ”。あの子はひと月家に戻らず、私を避けました」

「辛い話ですね」

「あの子を救えなかった…お身内にも不幸が?」

「家内がね。私に愛はなく、あったとしても気づかず、今さら、なすすべもないが」

 

「あの子を救えなかった」と吐露したこの母親だけが、事件を起こした男の真相を知っていたかのようだった。

 

人生論的映画評論・続: ナポリの隣人('17)   「擬似家族」という幻想の行方  ジャンニ・アメリオ