形容し難い妙味を感じさせるインディーズ・ムービーの傑作。
1 「いい子。本当にお利口ね…すてきな家ね…優しそうな人だった。広い庭もあって…」
ウェンディは愛犬のルーシーを連れ、職探しにアラスカへ車で向かう途上、オレゴンで車中泊をした。
しかし、そこはショッピングセンターの駐車場の私有地で、ウェンディは警備員に起こされ移動を命じられが、エンジンが掛からず、警備員の力を借りて車を押し出した。
翌朝、所持金の残額が減り、ルーシーのドッグフードも足りず、空き缶拾いをして換金しようとするが、「そんな少しじゃ、並んで待つ価値もない」と言われて諦める。
スーパーへ行き、ルーシーを繋いで中に入り、店を見回して、ドッグフードなどを万引きする。
林檎を手にしたところで、店員と目が合い、元に戻した。
ウェンディは店を出て、ルーシーに声をかけたところで捕まり、警察に連行されてしまうのだ。
指紋を採取され、数時間拘束されたのち、罰金50ドルを請求されるウェンディ。
「今、罰金を払うか、2週間後に裁判か。訴訟には費用は別にかかります」
「でも、まだ旅の途中なんです」
「裁判になったら、ここに戻ってこないと。クレジットカードでも払えます」
渋々、現金を払い、バスに乗ってスーパーに戻るとルーシーの姿がなかった。
ウェンディはルーシーの名を叫びながら、街を歩き回る。
車に戻り、警備員から保健所の所在を耳にして、すぐに行こうとするが、閉まっているからと止められる。
「収容所にいるなら、明日会える。心配いらないよ」
諦めて引き返し、姉夫婦に公衆電話から連絡を取った。
義兄に車が壊れたことや、ルーシーが迷子になったことを話すが、電話を替わった姉には、「電話しただけ」と話す。
「妹に貸せるほどの余裕はないわよ」
「何も要らない」
義兄には心配されるが、ウェンディは電話を切った。
翌朝、ウェンディはガソリンスタンドのトイレで顔を洗い、保健所へ行った。
収容された犬を見て回るが、ルーシーはおらず、探してもらうことになったが、アドレスホッパー(移動生活者)なので、ファイルに住所も電話も書き込めない。
とりあえず、姉夫婦の住所を記入する。
停車している車のすぐ近くにある自動車修理工場へ行き、修理代の説明を受け、レッカー代50ドルを30ドルに値切りしてもらって修理に出すことになった。
ウェンディが車から荷物を出している様子を心配そうに見ている警備員。
荷物を持って近づいてくると、ウェンディに「見つかった?」と声をかける。
ウェンディは公衆電話から保健所にかけるため、警備員に両替を求めると、警備員は「これを使え」と携帯を差し出した。
礼を言い、ウェンディは保健所に電話するが、情報は入っていなかった。
「仕事はないよね?」
「そうだな。みんな苦労してる。だいぶ前に、工場が閉鎖されたから。楽じゃない」
「住所もないから無理か。電話もない」
「住所を持つには住所が要る。仕事も同じだ。そういう仕組みだ」
「だからアラスカに。仕事がある」
「美しい所らしいな…連絡先が必要なら、ここに、いい電話番がいる。俺の番号を教えればいい」
「ええ。そうするわ」
ルーシーの写真付きの特徴を書いた張り紙を作ってコピーし、街の其処彼処(そこかしこ)に貼っていく。
警備員の元に戻ると保健所からの連絡はなかったが、警備員は子供の頃、父親と猟に出て、猟犬とはぐれると、その場所に上着を置いて帰ったと話す。
「夕食後、父親が上着を取りにいくと、たいてい犬と帰ってきた」
ウェンディは、再び携帯を借りて保健所に電話をかけるが情報はなく、首を横に振って落胆する。
「そうだ。犬は上着の場所にいたの?」
「確か、そうだったと思う」
早速、ウェンディは街のポールに、自分の着替えの服や布を巻きつけた。
夜になって、車を修理に出したので、段ボールで野宿していると、不審な男が来てウェンディの荷物を漁り、社会への恨みをぶちまける。
「ここは気に入らねえ。人間が腐ってる。ジャマしやがって。偉そうに…俺はここで努力してるのに、あいつらは、それを許さない。分かるか?俺のこと、ゴミみたいに扱いやがって。あいつらは、相手が弱いとみると、こうだ…俺は素手で700人も殺してるんだからな…負け犬か。クソ」
男は立ち去り、ウェンディは足早に街に戻り、ガソリンスタンドの洗面所に入って恐怖に怯え、泣き叫ぶ。
少し落ち着いたウェンディは呟く。
「頑張ってね。迎えに行く…」
翌朝、警備員が来るのを待っていると、娘のホリーを乗せた警備員が車から降りて来て、浮かない顔のウェンディに、昨夜、保健所から連絡があったことを知らせる。
早速、電話をするウェンディは、ルーシーが見つかったことを知らされ、安堵の笑みを浮かべる。
「よかったな」
「本当によかった。誰かが家へ。保護した人の家にいたから、なかなか見つからなかった」
「言ったとおりだろ?必ず捜し出す」
「本当にそうね」
「これで出発できるな」
「そうね。行かなきゃ」
「うまくいくように願っているよ。これを受けとって。騒ぐとホリーに気づかれる」
警備員はポケットから現金を出し、そっと渡そうとする。
「こっちに来た時は、顔を見せてくれ」
「ありがとう。そうする」
「それじゃ元気で」
ウェンディはまず、車を預けた修理工場へ行くが、そこで修理代金が2000ドルかかると聞かされ、途方に暮れる。
タクシーでルーシーを保護する家へ行くと、ちょうど家主が車で出かけるところだった。
ウェンディは広い裏庭へ行き、ルーシーを見つける。
ルーシーもウェンディと分かり、フェンスのところに走って来る。
「ねえ、私に会いたかった?」
ルーシーはウェンディの顔を舐め、ウェンディはカバンから木の棒を出し、それを投げてルーシーが咥(くわ)えて戻るというゲームをする。
「いい子。本当にお利口ね…すてきな家ね…優しそうな人だった。広い庭もあって…」
涙を零しながら、ウェンデイはルーシーに別れを告げる。
「ごめんね、ルーシー。車がないの…いい子でね。戻ってくる。お金を稼いで戻るから…ルー、元気でね」
ウェンディは線路を歩き、止まった貨物列車に乗り込んだ。
ラスト。
ウェンディの鼻歌と共に、列車はアラスカへ向かっていく。
人生論的映画評論・続: ウェンディ&ルーシー('08) 小さな町の、小さな旅の、小さな罪の、大きな別れ リー・ライカート