コット、はじまりの夏('22)   勇を鼓して駆け走る少女

 

本作はアイルランド製作の映画の中で、私が大好きなアラン・パーカー監督の「ザ・コミットメンツ」と並ぶ秀作である。

 

 

 

1  「秘密があるのは恥ずかしいことよ。この家に恥ずべきことはない」「分かった」

 

 

 

「コット、どこにるの?ママが呼んでるよ」

 

遠くの家の方から姉の呼ぶ声が聞こえ、草むらに潜っていた9歳のコットが、徐(おもむろ)に立ち上がる。

 

「コット、早く出てきなさい」

 

家に戻ったコットは、母・メアリーが部屋に入って来ると、急いでベッドの下に隠れる。

 

コットがそこにいると分かっているメアリーは、ベッドの前に立ち、「足に泥がついてる」と言って去る。

 

隠れた理由は夜尿症(おねしょ)である。

 

朝、洗濯物を干している6人目の子を身籠っているメアリーを目で追うコットは、姉3人の会話に加わることはない。

 

父・ダンが起きて来ると、姉3人は口をつむぐ。

 

「お弁当がない」

「パパ、ママが昼食を作ってない」

「適当にパンでも持っていけ」とダン。

「全部、パパのせいよ」

 

コットは姉たちの会話を黙って聞いている。

 

学校で教科書の音読みをするコットは、上手く字を読み上げれないコット。

 

教室で隣席のミルクを勝手にカップに入れるが、男の子たちが机にぶつかってミルクを撒き散らしてしまう。

 

濡れた服を掴んで廊下を歩いているコットに気づいた姉の友達から、「この子の妹、変よね」と言われ、走り去るコット。

 

コットは、そのまま休憩時間終了のチャイムが鳴る校庭を走り抜け、塀を越えて行く。

 

迎えに行ったダンがコットを車に乗せ、途中酒を飲み、車道を歩いている顔見知りの女を助手席に乗せた。

 

「どの娘?」と女。

「はぐれ者だ」とダン。

 

コットは車の後部座席で、ダンと女の言い争い、ラジオから流れるホテルの宣伝、車窓の流れる風景の断片を体感している。

 

夜、トイレに起きたコットは、メアリーとダンの会話を耳にする。

 

「ダン、聞いてる?少し競馬のことは忘れて」

「なんだよ」

「いつまで預ける?出産するまで?」

「向こうの好きにさせろ」

「私が言うの?」

「お前の親戚だろ」

「あんたって本当に役立たずね」

「言いたいことを言って、気が済んだか」

 

コットはメアリーの出産までの間、メアリーの従姉妹であるアイリンの家に預けられることになり、ダンの運転でアイリンの家へ向かう。

 

車中、「今日こそは勝つ」とラジオで賭けの結果を聞くが、負けを知り、「チクショウ!」と叫ぶダン。

 

途中寝てしまったコットは目を覚まし、3時間ほどで到着したアイリンの家を目にする。

 

ダンが車から降り、農場を経営するアイリンの夫・ショーンに挨拶をした。

 

そして、「ようこそ、いらっしゃい」と車のドアを開け、優しい面持ちのアイリンがコットを迎える。

 

「前に会った時は、まだ乳母車に乗ってたのに」

「乳母車は壊れた…お姉ちゃんが荷物を積んだら、車輪が外れたの」

 

アイリンは車から降りたコットの泥だらけの足が目に留まるが、笑顔で「家に入りましょう」と言って手を差し出す。

 

「お母さんは忙しいんでしょ?」

「草刈りの人が来るのを待ってる」

「まだ牧草を刈ってないの?遅れ気味ね」

「この家に子供は?」

「いないわ。私とショーンだけよ」

 

ダンが食堂に来て、アイリンに挨拶をし、「今年は干し草の当たり年だ。すでに納屋はいっぱい」と嘯(うそぶ)く。

 

「メアリーの様子は?」

「出産が近い」

「下の子も大きくなった?」

「ああ、養うのは大変だ。子供の食欲はすごい。こいつもよく食う」

「成長するには栄養が必要よ」

「食べた分は働かせていい」

「その必要はない」とショーン。

「喜んで預かるわ。大歓迎よ」

 

鼻で笑うダン。

 

「家計を食いつぶすぞ。そうなっても、文句は聞きたくない」

 

会話が途切れ、食事にも手を付けず、吸っていたタバコを押し付け、そそくさと帰ると言い出すダン。

 

自家と異なり健勝な酪農家の日常を見せつけられ、居づらさを感じているのだ。

 

アイリンから「メアリーに」と差し出され、受け取ったルバーブを無造作に後部座席に投げ入れ、ダンは運転席からコットに向かって、「頑張れよ。火の中に落ちるな」と言い残し、忙しなく去って行った。

 

コットは困ったような顔で車を見送り、下を向く。

 

「大丈夫?コット…あら、荷物を載せたまま帰っちゃったわ」とアイリン。

 

そのアイリンは熱いお湯を張ったバスタブにコットを入れ、手から足の爪先まで丁寧に洗ってあげる。

 

コットは着替えがないので、子供部屋にあったお下がりを着せてもらった。

 

「ママが下着は毎日替えなさいって」

「お母さんは他に何て?」

「私を好きなだけ預かっていいって」

「それじゃ、井戸まで一緒に行ってくれる?」

「今から?…これは秘密の話?」

「この家には秘密はないわ…家に秘密があるのは恥ずかしいことよ。この家に恥ずべきことはない」

「分かった」

 

森の奥の井戸に連れて行かれたコットは、アイリンに促され、柄杓(ひしゃく)で掬(すく)った水を飲む。

 

コットを寝かしつけるアイリンは、ショーンに声をかけるが、コットを振り向きもせず「おやすみ」と言うのみ。

 

メアリーを心配するアイリンが、「どうして牧草を刈らないの?」と聞くと、コットは「人を雇うお金がないから」と答える。

 

「何てこと…お金を送ったら気を悪くするかしら?…お母さんは怒ると思う?」

「ママよりパパが怒るかも」

「お父さんね…おやすみ」

 

寝付けないコットのベッドにアイリンが様子を見に来て、コットは寝ているふりをした。

 

「かわいそうに。あなたがうちの子なら、よそに預けたりしないのに」

 

翌朝、アイリンがコットのおねしょを見つけ、「あらまあ、大変だわ」と口にすると、コットは窓の方を向きながら顔を下に向ける。

 

「この古いマットレス、いつも濡れてるの。私ったら、うっかりしてたわ。パジャマを脱いで」

 

コットは振り向き、アイリンの方を見る。

 

朝食でアイリンはショーンに、コットを連れ農場を案内したらと促すが、「また今度な」と出て行った。

 

ショーンの寡黙さが際立っている。

 

「じゃあ手伝って」とアイリンは食事の支度や掃除の手伝いをさせ、コットの髪を梳(す)き、二人で井戸に水を汲みに行く。

 

洗濯物を干し、アイロンをかけ、またコットの髪を梳き、手を繋いで井戸の水を汲みに行き、一人で掃除機をかけるようになったコット。

 

「コツを覚えたわね」と褒めるアイリンとジャガイモの皮を剥(む)くコットは、少しずつ叔母の家の暮らしに慣れていき、夜尿症もなくなった。

 

「もう井戸水の効果が出てる。大事なのは肌をいたわることよ」

 

ショーンの友人たちが集まり、カード遊びをしているのを見ながら、一緒に笑顔になるコット。

 

食事中、アイリンの友人のシンニードから電話が入り、父親が倒れたと知らされ、アイリンは車でシンニード宅へ向かった。

 

残されたコットは、ショーンについて農場へ行く。

 

「どうして看病に行く必要が?」

「娘さんが大変だから、手伝いに行ったんだ。近所は助け合うものだろ」

「そうなの?」

 

牛舎を掃除していたショーンは、コットがいなくなっているのに気づいた。

 

コットの名を呼び、農場を捜し回ると、コットがモップを手にして立っていた。

 

「二度と勝手にいなくなるんじゃない。分かったか?」

 

強い口調で叱られたコットは、走り去って行った。

 

翌日もアイリンは出かけ、ショーンと二人きりだが、コットは水を汲んだバケツをキッチンに運び、ショーンが立っていても言葉を交わさず、黙々とジャガイモの皮剥きを始めた。

 

そんなコットに対し、ショーンはテーブルの上にビスケットを置いて出て行った。

 

コットはそのビスケットをポケットに入れ、ショーンが掃除をする牛舎にモップを持って入って手伝うのだ。

 

子牛にミルクをあげるショーンは、コットにもやらせてみる。

 

「脚が長いから速いだろ」と、郵便受けまで走って戻って来るように言い、ショーンはタイムを計ると言い添えた。

 

コットは長靴で躍動感溢れる走りを見せ、素早く郵便受けから郵便物を取り出し、また走って帰って来た。

 

これをリピートしていくのである。

 

「走ること」の意義を実感する行為を介して、コットとショーンとの関係が濃密になっていく初発点になっていく。

 

人生論的映画評論・続: コット、はじまりの夏('22)   勇を鼓して駆け走る少女  コルム・パレード