<時代の逆流の渦中で、それでも止められない女たちの確かなランウェイ>
1 逆巻く時代が開いた冥闇なる風景のくすみ
アルジェ 90年代
大学生のネジュマとワシラは、夜の寮を抜け出し、白タクを拾って街のクラブへと向かう。
車内で好きな音楽をかけ、着替えて化粧をして盛り上がっているところで、武装した男たちの検問に引っかかる。
慌ててヒジャブを被り、結婚式から家に帰ると嘘をつき、何とか検問を通過する。
クラブに到着すると、早速、トイレでネジュマがデザインした服を女性たちに売りさばき、自らも踊って遊び、愉悦して帰寮するという自由な生活を送っていた。
自由を謳歌する彼女たちの生活風景と切れ、街の壁には、女性たちに黒いヒジャブを身に着けることを訴えるチラシが貼られ始めていた。
そこに、悪戯書きをするネジュマとワシラ。
大学での授業中、突然、黒いヒジャブを纏(まと)った女たちが雪崩(なだ)れ込み、教授や生徒たちに叫びながら、例のチラシを学生たちに撒き散らし、叫喚(きょうかん)するのだ。
「外国語の授業は必要ない!若者に悪影響よ!アラビア語を使いなさい!」
そう叫ぶや、教授は麻袋を被せられ、拉致されていった。
呆然と混乱を見つめ、立ち竦(すく)むネジュマとワシラ。
ネジュマがバスに乗っていると、そこにも、チラシを持った男が乗って来るや、乗客に配り始めた。
「女性はヒジャブを。例外は許されない。姉妹や娘を守って」
ネジュマにも渡そうとすると、受け取りを拒否した。
「いらない」
「何だと?死にたくなければ、ヒジャブをつけろ」
「断る」
「本気か?」
ネジュマは強引にバスを止めさせ、途中下車してしまう。
歩いて実家に戻る途中、姉のリンダの車に拾われた。
車内で不穏なニュースが流れる。
「ニセの検問所で、12人が殺されました。首都アルジェ南東の街で、テロが発生。再び市民が犠牲になりました」
そんな状況下で、ジャーナリストのリンダは、午後から取材に出かけると言う。
「危ないわ」
「安全な場所がある?服は作ってる?」
「まあね」
「いつか世界が、あなたの才能を認める」
二人が実家に帰ると、母を交えて団欒する姉妹。
“ハイク”をもらったと、白い布を広げるリンダ。
「大切な人に贈るのが習わしよ」
「“息子の嫁になってくれ”って」
「神に委ねなさい」
求婚されていただろう長女に、ハイク(アルジェリアの伝統布)の身に着け方を教える母。
「未婚女性は前髪を出す。結婚したら髪は完全に隠す。誰にも気付かれず、ひっそりと存在したいなら、片目だけ残して、ほかは全部、隠してしまう。別のやり方もある。こうやって口で、くわえるの。女はしゃべらない。そのための布よ」
ネジュマが授業に遅れると家を出た際に、ヒジャブを身に纏った女がリンダを訪ねて来た。
リンダが玄関を出た瞬間、銃声音がし、彼女は銃弾に撃ち抜かれてしまうのだ。
背後で銃声音を耳にしたネジュマは、ショックのあまり硬直し、動けない。
葬儀のあと、ネジュマはリンダが身に纏(まと)っていたハイクの血を洗い落とした。
それ以降、ネジュマは、ハイクを使った服をデザインして作る行為に没頭する。
大学に戻ったネジュマは、親しい友人たちに、「ハイクを使ったファッションショーをやる」と伝えた。
「ハイクは5メートル四方の布。50%ウール、50%シルクでリバーシブル。布と指だけでドレスを作れる」
早速、ワシラをモデルに、ドレスを作って見せた。
モデルになって欲しいというネジュマの求めに応じ、ワシラ、サミラ、カヒナの3人の友人たちは同意する。
街の風景が変容していく。
ヒジャブを纏った女性のポスターが、壁に張り巡らされているのだ。
ネジュマとワシラが寮に戻ると、サミラが部屋の外で泣いていた。
理由を聞くと、2か月後に兄が決めた男と結婚することになったが、恋人との間にできた子を妊娠していると告白する。
恋人には結婚すると言われるが、それを選択することで、「兄に殺される」と号泣するサミラ。
サミラに対して、婚約者に話すことを勧めるネジュマ。
「理解して、許してくれるかもしれない」
「ありえない。リンダを殺した人を許せる?」
「それは別の話よ。無知な人たちが、信仰を振りかざして暴走してる。時々、大声で叫びたくなるけど、それもできない」
「わかる。あなたは強くて、やり遂げる力もある」
寮の部屋でメンバーが集まり、歌を歌い、楽しくファッションショーの準備をしていると、激しくドアを叩く音がするので開けると、ヒジャブを着た女たちが侵入し、激しく叱責するのだ。
それでもネジュマはめげることなく、海岸へ出て、ショーのプランを皆で確認し合うのである。
海で遊び、弾ける4人。
メディーが運転する車で、メディーの友人でワシラの彼氏・カリムと、ワシラ、ネジュマの4人のドライブが始まった。
「女が正しい服装をすれば、何の問題もない」
「見ると欲情するから?頭が固すぎる」
「ファッションショーをやるって本当か?」
「そうよ。ミニスカートで胸も露出する」
「テレビのニュースを見てないのか?ヒジャブなしの女が狙われている」
「ヒジャブを着て、家にいればいいの?服装は関係ない。その偏見が女たちを殺すのよ」
再三、カリムとネジュマのやり取りを制止しても止めないので、メディーが叫んだ。
「もうやめろ!分かりあう気がないなら、話すな!」
気まずそうなワシラだったが、怒ったカリムと一緒に車を降りてしまった。
メディーとネジュマの二人だけのドライブで、海に着くと海岸で遊び、コテージで夕飯の支度をする。
そこで、メディーは、家族で国を脱出する計画をネジュマに伝える。
「ビザが取れたら、結婚して一緒に行こう」
「家事をさせるため?」
「まさか。好きに過ごせ」
食事をしながら、話は続く。
「向こうなら人生はバラ色だ」
「向こう?」
「フランスだ」
「私はここを離れたくない。私の国は、ここよ。家族や友達もいる。ファッションショーもやる」
「出発はショーのあとだ」
「そういう問題じゃない」
「聞いてくれ。君と僕の人生はひとつになる。若いうちに国を出て、一緒に人生を築こう。命があるうちに」
「国を去る必要はない。私はここに満足してる。闘う必要があるだけ」
「分からないか?この国にいたら、いつか殺される」
「何を言ってるの?」
「チャンスをやると言ってる」
「“やる”?」
「そうだ」
「私は何も頼んでない。これからも頼まないわ」
「アルジェリアがいいか」
ここまで言われたネジュマの選択肢は、恋人との訣別以外になかった。
メディーに寮まで送ってもらうと、門の扉は閉ざされていた。
いつも金で出入りをさせてもらう門番に頼み、中に入るネジュマ。
あろうことか、門番がネジュマの身体に触れてきたので、思い切り手を噛み、振り払って逃げていく。
服をハサミで切り刻むネジュマ。
そこに、ワシラがやって来た。
「どうしたの?」と尋ねるネジュマ。
メディーと喧嘩した経緯や、寮住まいのことも話した事実を聞かされたワシラは、困惑するあまり、声を荒げる。
「カリムに伝わる。私まで振られるわ!」
この国では、「寮住まい」とは貧困家庭と同義であるらしい。
言い争いになる二人。
「私がいなければ、あんたには何もない。いつも誰かに依存して生きてる。哀れな自分の姿を見てよ。あんたの人生って、何?人に言いなりで自分がない」
「勝手にすればいい。ショーには出ない!」
「一人でやる。誰の力も借りない!」
親友との束の間の仲違いである。
恋人との訣別、そして今、親友との仲違いの背景には、逆巻(さかま)く時代が開いた冥闇(めいあん)なる風景のくすみ ―― それが寝そべっている。
もう、誰にも止められなくなっていた。