1 「一番売りたかったのは、私なのかも」「私たちの方が、ブローカーみたい」
弾丸の雨の中、一人の若い女が、教会のべイビーボックスの前に赤ん坊を置いて去って行く。
「捨てるなら産むなよ…あの女、任せた」
その様子を見ていたスジン刑事がイ刑事に呟き、二人は車から降りて、スジンは置き去りにされた赤ん坊をボックスに入れた。
赤ん坊を受け取ったのは、クリーニング店を経営するサンヒョン。
教会の職員である相棒のドンスとタッグを組み、ベイビー・ブローカーをしている。
赤ん坊には母親からのメモが添えられていた。
「“ウソン、ごめんね。必ず迎えに来るからね”…また“迎えに来る宣言”か。連絡先はない」
「その気ゼロだね」
ドンスが、「なんで捨てようと思ったんだろう」と呟き、赤ん坊がボックスに入れられた時のビデオを消去する。
「俺たちと、これから幸せになろうな」
サンヒョンはウソンを車に乗せ、ドンスを残して教会を後にする。
その車を追尾するスジンたち。
イ刑事もまた、赤ん坊を捨てた若い女を尾行するが見失ってしまう。
サンヒョンはクリーニング店の仕事をしながら、自宅に連れて来たウソンの面倒をみている。
そのクリーニング店を車から張り込みする刑事たち。
食事中だった。
「それにしても、ベイビーボックスを人身売買に使うなんて大胆ですね。そもそも、あんな箱作るから、母親が無責任になる。チーム長は意外と優しいんですね…赤ちゃん、あのままだったら死んでましたよ」
「優しいのよ。知らなかった?」
その後、赤ん坊を置き去りにした母親が、メモに書いた通り、教会にウソンを迎えに来た。
ドンスから電話を受けたサンヒョンは、「警察に行きそうだったら連れてこい」と指示する。
母親は、赤ん坊が預けられた記録はないと職員から説明され、当日の当直だったドンスが施設内を案内するが、ウソンは見当たらなかった。
ボックスに入れなかった上に、手紙に連絡先を書かなかったことで、見つかっても母親と証明できないとドンスに言われ、為す術もなく、母親は帰って行く。
ドンスは彼女の後をつけ、サンヒョンの家に連れて来た。
誘拐だと詰(なじ)る母親に対し、ドンスが反駁(はんばく)する。
「捨てたくせに」
「捨ててません。預けたの」
「ペットホテルじゃないぞ」
「“迎えに来る”って、手紙にも書いたわ」
サンヒョンが養子縁組について説得する。
「そう書いちゃうと、教会は養子縁組リストから外す。100%養護施設行きだ。分かりますか?愛する気持ちで書いても、未来の可能性を狭めてしまいます。僕たちはウソンを、そんな暗い未来から救ってあげたいんです。養護施設の孤児より、温かい家庭で育つ方がよっぽどいい」
「養子縁組。養父母を探すんだ」とドンス。
「そんな権利ないでしょ?」
「捨てたあんたにもない」
「盗んだくせに」
「保護」
「もちろん僕たちに権利はないけど、ひとことで言うなら、善意ってことかな…子どもができないとか、養子縁組の審査を待てない親の元に、言えない事情で手放した…お名前は?」
そう言った後、名を聞とサンヒョン。
「ソナです。ムン・ソナ」
「最高の養父母を探すことを約束します…少し謝礼が出ます」
「1000万ウォンだな。男の子の相場は」とドンス。
「誰に?」
「もちろん、ソナさんと仲介する僕たちに」
「何が善意よ。ただのブローカーでしょ」
「簡単に言えばね」
【円の為替レートで、現在、1ウォン = 約0.1円】
翌日、養子縁組先への出発前に、顔見知りの店の息子・テホが血糊の付いたシャツを持って来て、サンヒョンが借金している連れのヤクザから5000万ウォン(約約519万)を催促される。
ウソンを含めた4人は、ワゴン車に乗り込み目的地へと向かい、スジンらは、「現行犯逮捕する」と意気込んで後を追う。
養子縁組先の夫婦が現れ、赤ちゃんを見せると、眉が薄いと難癖をつけ、400万ウォンを分割でと要求する。
自分の子供の顔をバカにされたソナは、「クソ野郎」と罵倒し、交渉は決裂してしまった。
一方、ホテルで男が殺された事件を捜査する刑事たちは、ソナがいた身寄りのない子を預かる売春斡旋の施設へと聞き込みに入る。
次の養子縁組先を求めて、3人はドンスが育った釜山の養護施設に行き、歓待されるが、そうした案件はなかった。
ドンスはこの施設に捨てられ、母親が迎え来るとメモに残したが、結局、母親は現れなかったと、サンヒョンがソナに話す。
4人は更なる養子縁組先に向かって車を走らせていると、サンヒョンが後ろを振り返り、施設のサッカー好きの少年・ヘジンが同乗していることに気づく。
自分を養子にしてくれと言っていたヘジンは、4人が家族ではなく、ウソンを売ろうとしていることを知っており、一緒に連れて行くしかなくなった。
ドンスが見つけた高額な金額を示している養子縁組の案件は、スジンが現行犯難逮捕するためのおとり捜査だった。
しかし、不妊治療に疲れたという夫婦に対し、ドンスが治療内容の質問をすると、頓珍漢な答えが返って来たので、すぐさま転売目的と判断し、あっさり引き返すことにした。
ワゴン車の洗車をする際に、ヘジンが窓を開け、水浸しになった5人は大笑いする。
クリーニングの服を皆で着替え、和やかなムードに包まれる。
このムードで気持ちが軽くなったのか、ソナが自分の本名がムン・ソヨンであると告白するのだ。
そんなソヨンに、彼女によって殺されたウソンの父親の妻から電話が入る。
「赤ちゃん、渡してよ。“お母さん”って人に、お金を払ったの。500万ウォン。中絶する約束だったのに、勝手に産んで…」
その直後、ソヨンはスジンに捕捉され、事情聴取される。
ソヨンはスジンと取引し、盗聴マイクを仕込まれ、4人の元に戻る。
サンヒョンとドンスの会話の盗聴のためである。
ウソンが熱を出し、泣き止まないので医者へ連れて行く。
ただの風邪と診断され、皆、安堵する。
一方、ウソンの殺された父親の妻が、夫の子を育てるために、探して連れて来るようにと部下のテホに指令する。
サンヒョンの元に、テホからソヨンの父親が4000万ウォンで引き取るという電話が入る。
そんな中での、ソヨンとドンスの会話。
「あんたは、養子は考えなかったの?」とソヨン。
「養子の話は自分から断った」とドンス。
「お母さんを信じて?」
「俺は捨てられたと思ってなかったから」
その後、外でスジンらと会うソヨン。
ソヨンはウソンの父親である売春相手の男を殺害した一件で、スジンのおとり捜査取引に応じいたからである。
「言われた通り、売るから心配しないで」とソヨン。
「助けたいのよ。私もチーム長も」とイ刑事。
言うまでもなく、「売る」とは現行犯逮捕のために乳児斡旋の現場を作ること。
折も折、ウソンが熱を出し、泣き止まないので医者へ連れて行く。
部屋に戻ったソヨンは、3人の他愛ない会話に入り、サンヒョンから取れかかったボタンを直した服を受け取るなど、優しさに触れる。
「あいつも、親の顔知らないんだ」
ドンスがシャワーを浴びに行ったヘジンを思いやる。
「ウソンも私の顔を知らない方がいい」
「どうして?」
「人殺しだから…」
驚く二人。
「誰を?」
「ウソンの父親」
「なんで?」
「“生まれなきゃよかった”って、ウソンを奪おうとしたの。今、そいつの奥さんが、私を捜してる。売ってくれるなら、私を置いて行ってもいいよ」
ウソンを抱き、テホに連絡するサンヒョン。
ワゴン車に乗り込むと、車内でGPSを見つけたドンスは、それが警察ではなく、ウソンの父親の関係者であると疑い、サンヒョンがソヨンを置いていくのではないかと訝(いぶか)るのである。
「今回はお金じゃなくて、ソヨンが納得する買い手を見つけてやろうよ」
「バカ。俺だって金が全てじゃないよ」
「ならいいけど。これは俺に任せて」
テホがやって来た。
「ウソンの父親、死んでるって?」
「だから何だよ。金払えばいいだろ」
「じゃあ誰がウソンを買うんだ?」
「死んだ男の女房」
「買ってどうする?」
「自分で育てるって」
「バカ言っちゃいけませんよ。転売する気だろ?外国に。絶対、渡さないからな」
無理やりドアを開けようとするテホをドンスが打ちのめし、4人は車で逃走して、ソウル行きの列車・KTX(韓国高速鉄道)に乗り継ぐのだ。
サンヒョンはソヨンに訊ねる。
「もしかして、ウソンをボックスに入れたのは、本当に迎えに来るつもりで?」
「分からない。でも、私達がもう少し早く出会っていれば、捨てなくて済んだかも」
「まだ手遅れじゃないよ」
「何で?」
「何でもない」
実現不可能な思考実験としての「反実仮想」(はんじつかそう)だが、意味深な会話だった。
ソウルで面会した夫妻は、ウソンを実子として育てたいと提案し、母親が会うのは最後にして欲しいと言われる。
今晩考えることになり、5人はヘジンが行きたがっていた遊園地で存分に遊ぶのだ。
観覧車に乗ったソヨンとウソンを抱っこするドンス。
「やめてもいいよ。養子に出すこと…なんなら、俺たちが育ててもいい」
「俺たち?」
「4人で。ヘジンも引き取って、5人でもいいな」
「変な家族ね。誰が誰の父親?」
「俺がウソンの父親になるよ」
「そんなふうに、やり直せたらいいな…でも無理。すぐ逮捕されるから。釜山の売春婦、ムン某氏が男性を殺害して逃亡中。邪魔になった赤ん坊をベイビーボックスに捨てたって」
「お前のこと見てたら、ちょっと気が楽になった」
「なんで?」
「僕の母親も、僕を捨てなくちゃいけない理由があったんだろうなって」
「でも、許す必要なんてない。ひどい母親には変わりないもの」
「だから、代わりにソヨンを許すよ」
「ウソンは私を、きっと許さない」
「ウソンを捨てたのは、人殺しの子にしたくないからだろ?」
「でも、やっぱり捨てたの」
ソヨンはじっとドンスを見つめていた。
遊園地で車の中で待つスジンとイ刑事。
「一番売りたかったのは、私なのかも」
「私たちの方が、ブローカーみたい」
本篇で最も痛烈な会話が宙刷りにされていた。
人生論的映画評論・続: ベイビー・ブローカー('22) 「生まれてくれて、ありがとう」 ―― この生育を守り抜いていく 是枝裕和 より