あんのこと('24)  絶対孤独という地獄の淵で

 

1  「去年捕まって、多々羅さんに出会って、止めるきっかけをもらいました。私みたいなバカでも、いつも優しく迎えてもらって、本当に感謝してます」

 

 

 

ラブホテルで身体を売る前に、オーバードーズの男に金を要求して揉み合いになり、倒れた男を放置して逃げ、警察に逮捕された杏。

 

売春と違法薬物の常習犯である。

 

彼女の取り調べを担当したのは、多々羅(たたら)。

 

「令状持ってこいよ」と迫る杏に対して、多々羅は、「令状取ったら、即逮捕。情状酌量の余地が減る」

 

「学校出てねぇから、難しいこと分かんねぇし」

「警察でも力になれることはある。シャブ止めたいなぁっていう気がちいとでもあんなら、ここで話した方が楽になる」

 

多々羅は、取調室で突然ヨガの音楽をかけ、ポーズを取り始めた。

 

「集中…脱力…放出…集中…お前もやれ…ヨガがいいんだよ、ヨガが。シャブ抜くには、規則正しい生活と適度な運動だ」

 

その様子を見る杏が笑みを漏らす。

 

すぐに釈放され、ぽつぽつと歩いている杏を待っていた多々羅はラーメン屋に誘い、食べながら、シャブを抜くための自助グループ「サルベージ」のパンフを渡す。

 

古い団地のゴミだらけの自宅に戻るや、母親・春海は、「バアさん、ママ帰って来たよ」と寝たきりの祖母に声をかけると、這って出て来た。

 

「お帰り」と祖母。

「ただいま」と杏。

 

何処に行っていたかを訊ねられた杏が、「ちょっと」と答えると、春海は激しく杏を折檻する。

 

「ババア、餓死させんのか!シャブ打つ金あるなら、家に入れろっつってんだろ!もっと、稼いで来い!早く、売って来いよ!」

 

散々蹴られ、卓袱台(ちゃぶだい)を投げつけられる杏。

 

多々羅は杏を連れ、福祉事務所で生活保護の申請をするが、家族構成から皆で働けば家族分は稼げるはずだと断られる。

 

生活保護は皆さまの税金を使わせて頂くわけなので」

「あんたも税金で給料もらってんだろ!俺もだよ!困ってる人間助けるのが、俺ら公務員の仕事だろが!ちゃんと仕事してくれよ」

 

散々喚き散らした多々羅は、表に出たところで、杏にとりあえず売春を止めるようにと話す。

 

「薬抜くには、自分を大事にするとこからな。なんか、夢中になれるもの探せ…シャブ止めてんだよな」

「うん」

 

「サルベージ」に見学に来た杏は、グループの人たちの体験談などの談話を聞き、多々羅がインストラクターを務めるヨガを見ている。

 

ヨガが終わると、多々羅が参加者たちに訴える。

 

「20年30年止められても、たったの1回が命取りになった奴を、俺はたくさん見てきた。だから、まずは今日。それから、明日。クスリを使わなかったら、日記に〇を書け。一日一日の積み重ねだ。ちっちゃな一日が一週間になり、一か月になり、一年になる。いいか。積み重ねだ」

 

多々羅の話を傾聴していた杏に、多々羅と親交があり、全国の更生施設を取材している週刊雑誌記者の桐野(きりの)が近づき、名詞を渡す。

 

杏は介護老人施設で働き始め、初めてもらった安い給料で、日記帳とヨガマットを買った。

 

祖母にケーキを買って帰り、食事の支度をしていると、泥酔状態の春海が男を連れ込んで来た。

 

祖母を居間から連れ出した杏は、杏の給料袋やヨガマットに手を出す春海と揉み合いになり、鼻血を出す春海を面白がる客の手を払う。

 

降り頻る夜の雨の中、杏を探す多々羅は傍らに座り込んだ杏を見つけ出し、泣き叫ぶ杏を「よーしよーしよし…大丈夫、大丈夫」と言いながら抱き締め、多々羅も涙を流す。

 

サルベージでの多々羅と桐野の会話。

 

「なんで、介護施設じゃないと駄目なんですか」

「バアさんの介護できるようになりたいんだってよ。ガキん時、母親の暴力から守ってくれたことがあって、バアさんのことは好きだって言ってたよ」

「前に取材でお世話になったとこあるんで、相談できるか連絡してみますよ」

「頼むよ」

 

物語の展開は早い。

 

紹介された介護施設で採用が決まり、初任給を受け取った杏は、多々羅と桐野と一緒に焼き肉店で食事をする。

 

バッグから出した日記帳に、給料の“給”の漢字を桐野に教わり、書き込む杏。

 

DV被害者が身を隠すシェルターに引っ越すことになり、自宅に戻ったが、ここでも母・春海と揉み合いになり、それを振り切って多々羅と桐野の元に足早に走っていく。

 

真っ先に多々羅が杏に気づき、「やったあ」と呟く杏を「よし、よし!よし、よし!」と言って受け止めるのだ。

 

シェルターに入り、杏はひらがなだらけの日記を書き続け、そこに多々羅に言われた通り、「〇」をつけている。

 

そして今、サルベージで初めて自分のことを語る杏。

 

「お金がなかったから、毎日スーパーを順番に回って万引きをしていました。それが学校にバレて、噂が広まって小学校に行かなくなりました。売りをやったのは12の時で、相手は母親の紹介でした。“私もやってんだから、ママもやってよ”って言われて…ママっていうのは、私のことで、母親が時々、私のことをママって呼びます。覚醒剤は16の時に、ヤクザみたいな男から勧められて、警察には捕まらなくて、止めるきっかけもなかったし、そのままズルズル使って。でも、去年捕まって、多々羅さんに出会って、止めるきっかけをもらいました。私みたいなバカでも、いつも優しく迎えてもらって、本当に感謝してます」

 

杏は「ありがとうございます」と言って立ち上がり、頭を下げる。

 

仲間の大きな拍手が起こり、多々羅が「よく話した!」と繰り返して、杏を抱き寄せるのだ。

 

働きながら、サルベージでヨガに打ち込む杏。

 

そんな折、春海が杏の働く介護施設に乗り込んで来た。

 

入り口で保護者の自分に杏の給料を払えと騒ぎ立て、職員と揉めていることに気づいた杏が行くと、春海は杏に殴りかかる。

 

いつも世話をしている老人が、杏を助けようと「止めてくれ~!!」と叫び、車椅子で突進するが、春海はその老人に襲いかかる。

 

杏が春海を引き剝がし、社長が大声で怒鳴ると、春海は一瞬ひるんだ。

 

「出ていけ!ここは俺の会社だ。出ていかないなら、警察に通報するぞ…110番!」

 

しかし、それでも春海は杏の腕を強引に引っ張り、「止めてよ!」と払われ転倒する。

 

「帰ってよ」

「バアさん死んだら、お前のせいだからな」

 

春海は杏に捨て台詞を残して帰って行った。

 

桐野が慌てて駆け付けた。

 

社長は、雇用契約書に書いてあった実家の住所に給与明細を送って、杏の所在が分かってしまったと弁明する。

 

ロッカーから荷物を出して帰ろうとする杏を、社長が引き止めた。

 

「すいません…すいません」と涙を拭う杏。

 

「あなたは母親と別々の人間だ。あなたが母親の問題を背負う必要はない。あなたは自分が一番やりたいと思うことをやりなさい」

「はい」

 

杏は夜間中学に入学し、小学4年以来10年ぶりに公教育を受けることになった。

 

早速、見学で授業に参加し、クラスメートと共に給食を食べる杏。

 

杏の中で、何かが大きく変わっていくようだった。

 

人生論的映画評論・続: あんのこと('24)  絶対孤独という地獄の淵で  入江悠