人生論的映画評論・続 MOTHER マザー('20)   大森立嗣

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<「見捨てられ不安」を膨張させてきた感情の束が累加され、強迫観念と化していく>

 

 

 

1  「ばあちゃんダッシュ」をさせる機能不全家族

 

 

 

「周平、学校は?」

 

それに答えない息子の足の怪我を見て、傷を舐める母・三隅秋子(みすみ/以下、秋子)。

 

このオープニングシーンから、この母子の関係構造が暗示されている。

 

その母・秋子は息子・周平を連れ、実家を訪ねる。

 

「あたしのこと、好きじゃないでしょ。あんたも、あんたも」

 

実母と妹・楓(かえで)に向けて、言い放つ秋子。

 

「だから、お金だけちょうだいって、言ってるの!」

「ダメだよ、お母さん。あたしも貸した分、まだ返してもらってないんだから…」

「うるさいんだよ!偉そうに」

「あたし、毎月お母さんに、お金渡してるんですけど!」

「どうせ、お母さんとグルになってるんでしょ」

「何それ。何でそんなに、ひねくれてるの」

「全部、あんたのせいだよ!あんたたち、ずっとバカにしてるんだよ。ずっと。子供の時から…楓ばっかり、可愛がっていたでしょ!あたし、大学行ってないんだから。あんたばっかしにお金かかってるんだよ!」

 

そう叫ぶや、妹の腕を叩く秋子。

 

「自分が勉強してないからでしょ!偏差値低いしさ」

 

ここで完全に切れた秋子は、ガラスのコップを投げつけるのだ。

 

「何してんの!」

 

母がテーブルを叩いて、秋子を怒鳴りつける。

 

この間、父は周平を連れ出していた。

 

周平がお札を一枚持って来て、秋子に渡す。

 

今度は一転して下手に出るや、秋子は、これが最後だと、お金を貸してくれと懇願するのだ。

 

「もう、お金は一切出さないから」

 

物腰柔らかに、しかし、そこだけは毅然と伝え、母も部屋を出て行った。

 

秋子は、妹の指摘をトレースするように、父親に周平が受け取った金をゲーセンにつぎ込むのである。

 

そのゲームセンで出会った男・遼(りょう)に声をかけ、家に連れ込むのだ。

 

「お湯、沸かない。カップラーメンもない」

 

これは、秋子にお湯を沸かすように命じられた際の周平の答え。

 

外に買いに行かされた周平は、お湯を入れたカップラーメンを2つ持って家に戻ると、秋子と遼が懇(ねんご)ろになっている声が耳に入る。

 

その後、男関係にルーズな秋子は、宇治田(うじた)という市役所の男に周平を預け、遼と遊びに出かけてしまった。

 

家に預かれない宇治田は、周平のいる自宅に食料を届けに行く。

 

肝心の秋子が帰って来ないばかりか、ガスも止められ、学校へも行かずゲームをし、カップ麺を生で食べる周平。

 

挙句の果てに電気も止められ、ゲームもできなくなった。

 

6日後。

 

秋子に呼び出された宇治田は、遼に因縁を付けられる。

 

「周平に悪戯したでしょ」

 

遼は店で大声を出し、宇治田を脅迫する。

 

3人は宇治田の自宅に押し入り、金を要求すると、金を取りに部屋を出て2階へ行った。

 

「俺、秋子と結婚すっから。決めたんだよ。今日から、俺、お父さんだ…わかってんのかよ!」

 

返事をしない周平に、遼は怒鳴りつける。

 

「お父さんかどうかは、僕が決める」

「お前を子供として育てるかどうかは、俺が決めるんだよ!お前は、お荷物なんだよ」

 

金を持って来ない宇治田の様子を見に行った遼と、揉み合いになった宇治田は、階段から落ちて自分で用意した包丁を横腹に刺してしまうのだ。

 

2週間後。

 

ホストも止め、給料も入らない遼と共に、事件の経過を心配して逃亡生活する秋子は、金の無心で家に電話をかける。

 

そこで宇治田が訪ねて来たことを母に知らされ、嬉々として寮の元に走り、宇治田が生きていたことを告げる秋子。

 

泥棒した金でラブホテルに泊まる3人。

 

10日後のことだった。

 

相変わらず働かず、周平の実父である元夫に金を無心させる秋子。

 

毎月5万円を送っている父は、周平に尋ねる。

 

「お父さんとこ、来るか?」

「お母さんの方がいい」

 

妹のマンションにも、周平にお金を無心に行かせる秋子の無為徒食(むいとしょく)の日常に終わりが見えない。

 

いつもの嘘で追い返された周平だったが、実妹は外で待っている秋子のところへ走り、頬を叩くと、金を投げつけた。

 

「子供使って、頭おかしいんじゃないの!もう、お姉ちゃんとは縁切るから。絶対電話しないで。家にも来ないで!」

 

雨に濡れた札を拾う秋子。

 

拾わされる周平。

 

「子供、できたっぽい」

 

妊娠を巡って、遼から暴行を受けて反撃する秋子と、秋子を執拗に守ろうとする周平に嫌気が差し、遼はラブホテルを出ていこうとする。

 

秋子は遼に縋るように叫ぶが、遼は突き放す。

 

「ムリだ。ぜっていムリ!」

 

遼が出ていくと、心配したラブホの従業員が入れ替わりに入って来て、秋子は関係を結ぶ。

 

しかし、部屋には置いてもらえず、従業員に提供されたテントで寝ることになる。

 

「あんなクズに捨てられちゃった…」

 

テントで夜を明かす秋子の物言いである。

 

懲りない女の時間だけが自己膨張していく。

 

お腹が痛む秋子は、周平に実家から金をせびりに行く「ばあちゃんダッシュ」をさせるのだ。

 

「お母さん、妊娠したみたい」

「誰の子だ?」と祖父。

「お金要るって」

「嘘だろ。嘘ついて、お金巻きあげようとしてんだろ」と祖母。

「ほんと」

「ふざけないでよ!そんな子に育てた覚えないわよ!金もなくて、子供ばんばん作って。バッカじゃないの!あんたも!顔も見たくない!親子の縁、切るから。二度と来ないで!もう、嫌ぁ!」

 

そう叫んで、泣き出す祖母を尻目に、お金を渡そうとする祖父だが、祖母に阻止される。

 

手ぶらで戻って来て責められた周平は、もう一度、「ばあちゃんダッシュ」をしようとするのだ。

 

母親の機嫌を損ねるわけにはいかない子供の悲哀だけが、そこに晒されている。

 

秋子は周平を呼び戻し、抱き締める。

 

「ばあちゃんダッシュ」をさせる機能不全家族の裸形の様態が、救いがたいほど露わになっていた。

 

 

人生論的映画評論・続: MOTHER マザー('20)   大森立嗣 より