ロストケア('23)   トラウマを克服する歪んだ航跡

1  「この時、気づきました。この社会には穴が開いているって。一度でも落ちてしまったら、この穴から簡単には抜け出せない」

 

 

 

「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい  マタイによる福音書7章12節」

 

「黄金律」とも言われるイエスの教えがキャプションで提示される。

 

―― 以下、本作の梗概。

 

孤独死している祖父が発見され、アパートの一室に駆けつけた娘の大友秀美。

 

室内はゴミ屋敷と化し、腐乱死体が運び出され、異臭を放っていた。

 

これがトップシーン。

 

ケアセンター八賀(やが)の車が一軒家に到着し、3人のスタッフが玄関の鍵を開け、部屋に入って行く。

 

認知症の梅田が這いずり回り、部屋は荒れ放題。

 

男性スタッフの斯波宗典(しばむねのり/以下、斯波)が挨拶し、新人の足立由紀を紹介し、ベテランスタッフの猪口(いぐち)真理子が血圧を測る。

 

血圧が168/94あり、入浴ではなく清拭(せいしき/身体を拭くこと)に変更する。

 

斯波が手際よく足立を指導し、清拭をしていると、娘の美絵が自転車で慌てて駆けつけ、部屋の片づけをするが、疲弊困憊の様子だった。

 

帰路の車の中。

 

「梅田さんとこの娘さん、あれ、やばいねぇ。育ち盛りの子供が3人。夜は旦那の店(焼き鳥屋)の手伝い。昼は実家に帰って父親の介護。あれ、限界きている顔だわ」と猪口。

 

途中、車の中から徘徊中のお婆さんを見つけ、斯波は車を降り、家に送り届ける。

 

「斯波さんって凄いですよね」と足立。

「ほんと、偉いよね。あの優しさはやっぱり、苦労してきてるからよね」と猪口。

 

猪口はその苦労の中身については知らないと言うが、あの白髪頭が物語っていると話す。

 

一方、検事の大友は刑務所への入所を求める常習犯・川内タエが、今度は3年入れてくれと懇願するのだ。

 

「私にはねえ…極楽ですねん。3度の食事はもらえて、お風呂もトイレも介助してもらえますねん。ほんでこれ、リウマチ、酷くなったらね、医者に診てもらえるの」

「刑務所はそういうための施設ではないんです」

「こんな身寄りも、金もない年寄り…娑婆じゃ、だあれも助けてくれへんのよ。刑務所の方がね、まだ人間らしく暮らしていけるんよ。お願いだから入れて頂戴」

 

泣きながら拝み倒す川内。

 

ケアセンターでは利用者が亡くなり、センター長の団から頼まれた斯波が通夜へ行くことになった。

 

猪口と足立も同行し、亡くなった利用者の娘・羽村(はねむら)洋子がお礼の挨拶をする。

 

斯波は長年の洋子の介護を労い、思い出話をする。

 

「よく、赤トンボの歌、歌ってあげていらっしゃいましたよね。それを聞いた時の、お母さんの幸せそうな笑顔、僕は忘れません」

 

その言葉を聞いた洋子は嗚咽を漏らしながら頭を下げる。

 

帰りに居酒屋に寄った3人。

 

足立は斯波を尊敬し、憧れていると真剣に話す。

 

「でもさ、良かったよね、羽村さんも。ぽっくり逝けて。娘さんも助かったよね」と猪口。

「助かったって、そういう言い方ないんじゃないでしょうか」と足立。

「だって、大変だったと思うよ。シングルマザーでさ、小さい子抱えて認知症の母親介護。昼はスーパー、夜はスナックで働いていたって言うじゃない。結構、きつかったと思うよ」

 

その頃、大友が高級老人ホームに入居している母・加代を一か月ぶりに訪ねる。

 

「あなた、仕事忙しいんでしょ。先週も来てくれたけど、しょっちゅう来なくてもいいのよ」

 

同じ話を繰り返す加代には、認知症見当識障害(時間・場所が不分明)の症状が現れていた。

 

いつものように、朝、美絵が実家を訪ねると、彼女の父親とセンター長のの団が死んでいた。

 

勤務先のスーパーで、そのニュースをテレビを観る洋子。

 

梅田殺害の容疑者として、団が被疑者死亡のまま書類送検され、殺害に使われたニコチンが梅田の体内から検出された。

 

ケアセンター八賀も家宅捜査され、スタッフも事情聴取される。

 

足立は入ったばかりで団のことはよく分からない、斯波は団が以前は梅田を担当していたが、最近はセンター長としての事務仕事が忙しく、スタッフとして入るのは限られていた、猪口は団がお金に少しだらしがなく、色んな人に借金をしていた、とそれぞれ証言する。

 

事件当時のアリバイを聞かれた3人はいずれも自宅にいたと答えた。

 

担当する大友が猪口を帰すと、検察事務官の椎名が、団の体からアルコールが検出され、酔って階段から落ちて死亡したと考えられ、自宅から利用者の家の鍵や通帳・印鑑が見つかり、窃盗の常習犯であることは間違いないと断定する。

 

問題は梅田を殺す団の動機であるが、大友は上司に呼び出され、世間の注目度が高く、不要に長引かせる訳にはいかず、団が金品目当てに殺したという線で捜査を急ぐよう指示された。

 

しかしその直後、被害者の死亡推定時刻の12分前の防犯カメラに、車を運転する斯波がが映し出されているのが見つかり、大友は斯波を事情聴取することになった。

 

警察で黙秘していた斯波は、当初、犯行時刻には自宅にいたと証言していたが、実は団と共謀して窃盗したと大友に追及され、団の服に付着していた本人以外の血液のDNA鑑定の結果が明日判明すると言われ、供述を始めた。

 

「団さんと争ったのは事実です。でも、一緒に窃盗はしていません」

 

2階で物色している団が、斯波が来たことで驚き、窃盗の言い訳をするものの、懐中電灯で殴打してきたので、二人は激しい揉み合いとなり、結果として団は階段から転がり落ちてしまったと供述する。

 

「事故だったんです」

「どうしてそんな遅くに、梅田さんのお宅にいたんですか?」

訪問介護に伺った時、梅田さんの様子が少し変だったので、気になって見に行きました」

「…家にはどうやって入ったんですか?」

「ケアセンターでお預かりしているスペアキーを使いました」

「正当防衛だったということなら、どうしてすぐに警察に連絡をしなかったんですか?」

「仕事を休む訳にはいかないんです…介護師が一度に2人もいなくなったら、ケアセンターの利用者が困るんです。そうでなくても…介護師が足りてないので」

 

斯波のアパートに警察の家宅捜査が入り、大友らも部屋に入った。

 

驚くほど物がなく、机の上には斯波が利用者によく作ってあげる折り鶴が置かれ、本棚にあった聖書に挟まれたしおりのページには、「黄金律」と言われる冒頭の言葉にアンダーラインが引かれていた。

 

3年間休むことなく毎日書いていたという介護ノートには、利用者の様子が几帳面に記述されている。

 

担当刑事の沢登によると、斯波に家族はなく、両親は亡くなり、近しい親戚もいないということ。

 

団が自宅に所有していた合鍵は36本あり、すべてケアセンターの利用者のもので、殆どが亡くなっていて、生存者は3名のみ。

 

「亡くなっている?ケアセンターの利用者が自宅で死亡した数と死因を洗い出してみて」と大友が椎名に指示する。

 

調べた結果、自宅で亡くなった利用者が、3年で69人で、一か月に2人のペースになり、他のケアセンターと比較してみると、市内・県内でもダントツに多いことが判明した。

 

しかし、八賀ケアセンターの死因の内実について、警察は事件性を認めていない。

 

更に、自殺か事故死以外の病死と自然死の47件について分析すると、その内41名の死亡時刻が月曜の昼間と金曜の未明に集中していることが判明する。

 

「人の死が曜日や時間に左右されるなんてあり得ないです」と椎名。

 

スタッフ全員の勤務記録を調べてみると、その曜日の休みが該当するのは斯波だけだった。

 

「自然死として見做(みな)された41名は、家族が仕事に出ている間、または別居の為、自宅に戻っている間に亡くなっています」と椎名。

「老人が一人でいる時間…」

 

但し、物的証拠はないので、大友は手掛かりを求めて斯波の介護日記を読み始める。

 

「三浦よねさん 息子さんのことも娘さんのことも忘れてしまったが、亡くなられた旦那さんのことは今でも覚えていて、旦那さんを探しに今日も家を抜け出し、街を彷徨っていた。帰り際に、和彦さんはどこに行ったのか尋ねて来るのが心に残る…」

 

沢登が、斯波が担当する利用者宅から見つかった盗聴器を持って来て、早速、大友はその件で斯波を追求する。

 

「あなたが介護サービスに訪れていない日まで記述があるのはなぜですか?」

「家族の方からお話を聞いて、書き留めていたんです」

「本当は盗聴をしていたんじゃないんですか?…この盗聴器で家の様子を密かに聞き、記録していた」

 

車の中で斯波が羽村洋子の家を盗聴するシーンが提示される。

 

幼い女の子の声と、「触るな!」と母が抵抗して手こずっている洋子の声が聞こえてくる。

 

母親が大便を漏らし、それを騒ぐ娘を洋子が叩き、泣き叫ぶ。

 

「何のために、そんなことをする必要があるんですか?」と斯波。

「介護を必要とするお年寄りを殺すためです」と大友。

「僕がお年寄りたちを殺す理由は何ですか?」

「認めるんですね。理由は、殺人そのものが目的」

 

斯波はニヤリと笑って、首を横に振る。

 

「これは、介護なんです…喪失の介護、ロストケアです。僕は42人を救いました」

 

絶句する大友。

 

「救った…冗談じゃない。あなたは、たくさんのお年寄りの命を奪ったんです。体が不自由で、生活に助けを必要とし、抵抗できないお年寄りを殺したんです」

「僕がやらなければ、家族がやっていたかも知れない。救いを求める方たちの声を聞くこと。そして、手を差し伸べること…殺すことで、この方たちとその家族を救いました…親族による介護殺人、どれだけの数かご存じですか?1年間におよそ45件。4日間に1件の割合で起きています。無理心中を含めたら、もっとすごい数になる。国が救えない、いや、救おうとしない人たちを、自己責任だと言って、見て見ぬふりをして見捨てた人たちを、救いました」

 

八賀ケアセンターで、スタッフで斯波のニュースをテレビで見ていたが、彼を心底尊敬していた足立が混乱し、喚き叫んで感情を爆発させた。

 

母親が亡くなり、介護から解放された洋子は、職場の男性と明るく会話し、娘を乗せた自転車を走らせる表情には笑顔が弾けていた。

 

大友と椎名は、斯波が殺した41人に対して、ロストケアの殺人を42名と申告しており、その42人目が誰なのかを特定していく。

 

斯波は高校卒業後印刷会社に8年間勤め、一身上の都合で退社しており、介護資格を取って八賀ケアセンターに再就職するまでの3年4か月の空白期間について捜査し、警察からその報告を受ける大友。

 

斯波の父親・正作(しょうさく)は、2011年9月に脳梗塞で救急搬送され、1か月後の退院したが、その時点で認知症の症状が出ており、斯波は会社を辞め介護を始め、2014年12月25日に、正作は自宅で死亡していた。

 

医者は死因を心不全と診断し、事件性はないと見做されたが、八賀ケアセンターの死亡事件のケースと酷似する。

 

「あなたは一番最初に、自分の父親を、殺した」

「僕は、父を救いました。僕は小さい頃から、父に男手一つで育ててもらいました。今度は、自分が父を守る番だと思って、安いアパートに引っ越して、父を引き取り、バイトをしながら面倒を見ていました」

 

以下、回想シーンと検察官室(検察官の執務室)での遣り取りが交互に提示されていく。

 

父が折り紙をするのを優しく見守り、徘徊していなくなった父を探し回り、やがて家で激しく暴れるようになる父を懸命に支える斯波。

 

「家の近くで時間の融通が利くバイトをしていましたが、父の認知症が進んで、バイトに行くことも難しくなって、父の年金は月7万円くらいしかなく、殆どがアパートの家賃と光熱費に消えていき、そして初めて僕らは、生まれて初めて、まともに3食食べられなくなりました…随分迷いましたが…」

 

生活保護を申請するが、本人が働けるという理由で、あっさり却下される。

 

「だけど、僕には、これ以上何を頑張ればいいのか、分かりませんでした。この時、気づきました。この社会には穴が開いているって。一度でも落ちてしまったら、この穴から簡単には抜け出せない。穴の底で、膝を折って手をついて、家族を支えていると、おかしくなってくるんです」

 

確信犯として持論を展開する男が、検察官室の狭いスポットで屹立している。

 

 

人生論的映画評論・続: ロストケア('23)   トラウマを克服する歪んだ航跡  前田哲