ブレードランナー('82)  <人間とヒューマノイドの鑑別テストを必要とする、大いなる滑稽さ>

 1  「人の心を読むロボット」開発の現実化の様相



 オスカー・ピストリウスという名の、著明なアスリートがいる。

 人呼んで、「ブレードランナー」。

 1986年生まれの、南アフリカ共和国パラリンピック陸上選手である。

 「両足切断者クラスの100M、200M、400Mの世界記録保持者。健常者の大会にも出場するなど、障害者スポーツの印象を覆す活躍で注目を集めている」(ウィキペディア

 更に、北京パラリンピック陸上・男子100M(T44クラス)決勝の際に、AFP(2008年9月9日)が伝えた短いニュースの内容は、以下の通り。

 「『100メートルは実は少々不安もあったので、信じられない』というピストリウスは、トラックが濡れていてスタートで出遅れ苦心したと語った」

 ところが、この注目度ナンバーワンのピストリウス選手が、北京オリンピックの400M出場を目指していたという記事を読んで、正直驚かされた。

 結局、ピストリウス選手の装着するカーボン製の「義足による人工的推進力」が、競技規定に抵触するルール違反とされ、国際陸上競技連盟に却下されてしまったという、「大山鳴動して鼠一匹」の顛末だったが、この「予定調和」の事実については知る人も多いだろう。

 ともあれ、スポーツシーンにおける、この一連の騒動を見て、かつて一体誰が、「義足による人工的推進力」によって、障害を持たないアスリートを相手に、疑似性の濃度の深い「イコールフッティング」(公平な競争条件)の競争が具現される事態を想像したであろうか。

 そして今、「ロボットスーツHAL」と呼ばれる「自立動作支援ロボット」の出現に、この国のメディアは鋭敏に反応した。

 何と、「人の心を読むロボット」開発の出現が現実化しているのである。

 京都府関西文化学術研究都市にある、「国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所」らのグループの仕事の先端性には驚かされるばかりだ。

 以下、「産経ニュース」からの引用である。

 「21世紀に入って二足歩行など人型ロボットの困難だった技術が確立され、人間と安全に共同作業できる可能性がみえはじめると事情は変わる。実用化に向けて経済産業省などの国家プロジェクトが組まれた。人間の能力を上回る単体のロボットは現段階ではできないため、当初、用途はエンタテインメントなどに限られるかにみえた。

 しかし、携帯電話やインターネットなどと連動した形のなじみやすい情報端末は、高度な情報環境を実現するユビキタス社会に役立ち、介護など高齢社会を支えるロボットも必要と用途が開けてきた。単独で判断して行動する能力は、すでに掃除ロボットなどに生かされている。

 最先端研究では、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)のほか、筑波大学の山海嘉之教授のグループのロボットスーツ『HAL』が海外から注目されている。人体に装着するタイプで皮膚から生体の信号を検出し、意思を読み取って筋肉のサポートをする」(「産経ニュース・2007.12.12/筆者段落構成)

 以下、ATR脳情報研究所のHPを紹介する。

 「JST基礎研究事業の一環として、川人光男らは、サルの大脳皮質活動の情報をネットワークを介して伝送(米国~日本間)、リアルタイムでヒューマノイドロボット(アンドロイド=人造人間・筆者注)を歩行させることに成功しました。

 人の脳がどのように行動を起こさせるかを解き明かす研究が急速に進展しています。一方、ロボティクスの分野では、人と同じように行動をするヒューマノイドロボットの開発が盛んになってきています。本研究プロジェクトでは、神経科学に基づいて人の行動の情報処理モデルを構築し、ロボットによって検証することで脳をよりよく理解する研究をしています。また、工学的応用として、人に近い柔軟な動きを持つロボットの開発を目指しています。 

 本研究プロジェクトは今回、新型ヒューマノイドロボットを開発し、これを用いて米国デューク大学と共同で、米国でサルが歩行中の脳活動情報を記録して日本に伝送し、日本にあるヒューマノイドロボットをリアルタイムで歩行させる実験に世界で初めて成功しまし。 

 この成果は、障害のある方の運動機能再建や次世代の超々臨場感通信やヒューマノイドロボットの脳型制御などの社会貢献のため、神経科学とロボティクスの技術の融合を実現するための重要な一歩といえます」(ATR脳情報研究所HP・2008年2月/筆者段落構成)

 まさに今や、「神経科学とロボティクスの技術の融合を実現するための重要な一歩」が踏み出されているのである。

 閑話休題

 ところがここに、ロボット製造後、数年経てば「感情が生じる人間並みのロボット」が現出したのである。

 何と、人間とロボットの判別がつかない恐怖を解決する目的で、そこで生じる混乱を防止するために専門的な鑑別官を作り出したばかりか、「感情が生じる人間並みのロボット」に一定期間の「寿命」を与えたのである。

 「寿命」を与えたのは、ロボットの設計者。

 そして「寿命」を与えられたのは、4年という生存期間を決定付ける安全装置を組み込まれた、「レプリカント」と呼ばれるロボットである。

 「感情が生じる人間並みのロボット」という、インパクトのある表現の出典は、無論、ポスト・ゼロ年代に住む私たちの現実の社会の話ではない。

 フィリップ・K・ディックによる「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(早川書房)を原作にする、サイバーパンク(退廃した未来社会を描くSF作品)の古典となった「ブレードランナー」という、今では殆ど知らない者がいないSF映画の話である。

 以下、本作の世界に入っていく。



(人生論的映画評論/ブレードランナー('82)  <人間とヒューマノイドの鑑別テストを必要とする、大いなる滑稽さ>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/03/82.html