ウインド・リバー('17)   テイラー・シェリダン

<極寒の地での映像の卓抜さ/インディアン保留地の凄惨さ>

 

 

 

1  「俺も自分がイヤだ。だけど、怒りが込みあげて、世界が敵に見える。この感情が分かるか?」

 

 

 

【事実に基づく】

 

野生生物局のハンターのコリー・ランバート(以下、コリー)は、ワイオミング州ランダーで暮らす別れた妻ウィルマを訪ね、息子ケイシーを連れ、“ウィンド・リバー先住民保留地”へ向かう。

 

そこには、義父のダンが居住し、ケイシーらを迎えた。

 

「嵐を察知してる」

「ああ。部族警察庁の依頼で、ピューマ狩りに?」

ピューマとは限らない。牛が襲われた?」

「案内しよう。間違いなくピューマだ」

 

コリーの訪問は、家畜を襲う野性動物の駆除が目的だった。

 

ダンに連れられ、現場へ行くと、牛が横たわり、ピューマの親子の足跡が其処彼処(そこかしこ)に見つかった。

 

「狩りを教えてるんだ」

 

早速コリーは、スノーモービルで雪原を走り、問題のピューマを探し出す。

 

人間の足跡と血痕を見つけたのは、その時だった。

 

その後を辿ってコリーの視界に、雪に埋もれた女性の遺体が捉えられた。

 

コリーの知り合いのナタリーだった。

 

「緊急事態発生。応援を頼む」

 

コリーが保安官事務所に連絡するが、FBIは吹雪で中々やって来ない。

 

このままだと、足跡の痕跡が消え、遺体を引き上げることもできない不安があった。

 

漸(ようや)く到着したFBIのジェーン・バナー(以下、ジェーン)が、部族警察長のベン・ショーヨー(以下、ベン)と挨拶をする。

 

防寒着もなく裁判所から直行してきた無頓着なジェーンに、ダンの妻・アリスが身支度させる。

 

「あんたを寄こした人の気が知れない」とアリス。

 

コリーはスノーモービルの後ろにジェーンを乗せ、現場に直行する。

 

身元の名をジェーンが尋ねると、コリーが応える。

 

「ナタリー・ハンソンだ」

 

ジェーンは遺体の外観を確認する。

 

「レイプキットの手配を。検視を終えた遺体は、所持品と一緒に移送して。“殺人”と報告する」とジェーン。

 

【レイプキットとは、加害者の精液などの証拠を採取する検査器具】

 

地元の地理に詳しいコリーが、ジェーンの疑問に答えていく。

 

被害者がどこから来たのか、なぜ裸足なのか。

 

コリーは足跡から幾つかの疑問に答える。

 

「ここで転んでる。顔を埋めた付近に血痕が。夜の気温はマイナス30度に近い。それほどの冷気を走りながら吸うと、肺が凍って血が噴き出す。つまり、どこから来たにせよ…ここまで走ったところで、肺が破裂し、自分の血で窒息した」

「裸足で走れる距離って?」

「分からない。生きる意志次第だ。極限状態だからな。あの子は強い娘だ。君の予想は、はるかに超えてただろう」

 

ジェーンはコリーの話を聞き、捜査への協力を申し出る。

 

コリーはケリーに事件のことを聞かれるが、雪道で迷子になったと説明する。

 

しかし、ケリーには分かっていた

 

「お姉ちゃんと同じ?」

「凍え死んだんだ」

「じゃあ、同じだね」

 

検視の結果を監察医のランディは、死因を「肺出血」と断定する。

 

コリーが言った通り、極度の冷気を吸いこみ、肺胞が肺が破裂したことが主因だった。

 

「“他殺”にしないつもり?」

「無理だ」

「でも状況を考慮すべきよ。繰り返しレイプされてる。暴行も…」

「それを考慮するのは、君の役割だ…襲われてなきゃ、あり得ない状況だ。だが死因としては他殺じゃない」

「それじゃFBIの捜査班を手配できないの。私の役目は捜査じゃなく、適切な人材を呼ぶことよ」

「強姦と暴行を報告すれば…」

「そしたら管轄は、BIA(インディアン管理局/「保留地」の統括機関)になる」

「孤立無援には慣れてる」とベン。

「こんな広い土地を、たった6人でカバーしてるのよ…よほど運がなきゃ、解決できない」

「これは殺人だ。検察が動けば協力するが、死因を“他殺”にはできない」

 

埒が明かず、部屋を出るジェーンとベン。

 

FBIの割に熱心なのはうれしいが、ランディは味方だぞ」

「あの検視結果だと、上司に呼び戻される。大した戦力じゃないけど、私まで去れば絶望的よ」

 

被害者のナンシーの自宅を訪ねたジェーンとベン。

 

父親のマーティン・ハンソン(以下、マーティン)に話を聞くが、心を開こうとしない。

 

そこで母親のアニーに話を聞こうと部屋に行くと、アニーはベッドに座り、手をナイフで傷つけ血を流し、嗚咽しているのだ。

 

衝撃を受けるジェーン。

 

そこに、コニーが訪ねて来た。

 

マーテインはコニーの顔を見ると、堰を切ったように咽(むせ)び泣き、コニーはマーティンを抱き留める。

 

同様に娘を亡くした経験を持つコニーは、マーティンを励ますのである。

 

「痛みから逃げじゃダメなんだ。逃げると失う。娘との思い出すべてを。1つ残らずな…苦しめ、マーティン」

「疲れたよ、コニー。もう人生を戦い続ける気力がない」

「息子のために生きろ」

「あいつはヤク中だ。失ったも同然だ。すぐそこに住んでいるが、もう家族じゃない。事件に関わってるかも」

「彼は、リトルフェザー兄弟の所に?」

 

コニーはFBIに協力するが、指図は受けないと言う。

 

ジェーンとベン、そして警察権のないコリーが現場に赴く。

 

「サムとバートのリトルフェザー兄弟と、フランク・ウォーカーが住んでる。奴らは、ナタリーの兄貴とは、段違いのワルだ」とベン。

 

ドアを叩き、サムが出て来たが、ジェーンがFBIと分かると、催流ガスを顔に吹きかけ、逃走する。

 

コニーは裏口から逃げる仲間を捕らえ、ジェーンは部屋で銃撃してきたサムを撃ち殺す。

 

捕まった二人はフランク・ウォーカーと、ナタリーの弟チップ。

 

ナタリーの事件について聞くと、チップはそれを知らず、ナタリーが死んだと分かり慟哭するのだ。

 

ナタリーが白人と付き合っていたと話すいうチップを聴取して、名前を聞き出すことにする。

 

しかし、コリーは大事なヒントを見過ごしていると、スノーモービルの跡が、足元から遠くの山の斜面を上っている状態をジェーンに示す。

 

早速、山の上まで行くと、そこには鳥が啄(ついば)む人間の死体があった。

 

「掘削所の監視カメラがあるはずだ。明朝、警備隊に見せてもらうよ」とベン。

 

一方、何も喋らないと言い放つチップに、親同然だというコリーが話しかけた。

 

「こに2年、バカしかやってない」

「先住民なのは元嫁と死なせた娘だろ。探偵ごっこなんか…」

「知った口を利くな。いいな?」

 

チップの口から、ナタリーが付き合っていた男が、掘削所の警備員のマットという男だと聞き出した。

 

「俺も自分がイヤだ。だけど、怒りが込みあげて、世界が敵に見える。この感情が分かるか?」とチップ。

「分かる。でも俺は感情のほうと戦う。世界には勝てない」

 

その後、チップに対するコリーのこの反応が内包する闇が、少しずつ可視化されてくるのだ。

 

  

人生論的映画評論・続: ウインド・リバー('17)   テイラー・シェリダン

 より