<極寒の地での映像の卓抜さ/インディアン保留地の凄惨さ>
1 「俺も自分がイヤだ。だけど、怒りが込みあげて、世界が敵に見える。この感情が分かるか?」
【事実に基づく】
野生生物局のハンターのコリー・ランバート(以下、コリー)は、ワイオミング州ランダーで暮らす別れた妻ウィルマを訪ね、息子ケイシーを連れ、“ウィンド・リバー先住民保留地”へ向かう。
そこには、義父のダンが居住し、ケイシーらを迎えた。
「嵐を察知してる」
「ピューマとは限らない。牛が襲われた?」
「案内しよう。間違いなくピューマだ」
コリーの訪問は、家畜を襲う野性動物の駆除が目的だった。
ダンに連れられ、現場へ行くと、牛が横たわり、ピューマの親子の足跡が其処彼処(そこかしこ)に見つかった。
「狩りを教えてるんだ」
早速コリーは、スノーモービルで雪原を走り、問題のピューマを探し出す。
人間の足跡と血痕を見つけたのは、その時だった。
その後を辿ってコリーの視界に、雪に埋もれた女性の遺体が捉えられた。
コリーの知り合いのナタリーだった。
「緊急事態発生。応援を頼む」
コリーが保安官事務所に連絡するが、FBIは吹雪で中々やって来ない。
このままだと、足跡の痕跡が消え、遺体を引き上げることもできない不安があった。
漸(ようや)く到着したFBIのジェーン・バナー(以下、ジェーン)が、部族警察長のベン・ショーヨー(以下、ベン)と挨拶をする。
防寒着もなく裁判所から直行してきた無頓着なジェーンに、ダンの妻・アリスが身支度させる。
「あんたを寄こした人の気が知れない」とアリス。
コリーはスノーモービルの後ろにジェーンを乗せ、現場に直行する。
身元の名をジェーンが尋ねると、コリーが応える。
「ナタリー・ハンソンだ」
ジェーンは遺体の外観を確認する。
「レイプキットの手配を。検視を終えた遺体は、所持品と一緒に移送して。“殺人”と報告する」とジェーン。
【レイプキットとは、加害者の精液などの証拠を採取する検査器具】
地元の地理に詳しいコリーが、ジェーンの疑問に答えていく。
被害者がどこから来たのか、なぜ裸足なのか。
コリーは足跡から幾つかの疑問に答える。
「ここで転んでる。顔を埋めた付近に血痕が。夜の気温はマイナス30度に近い。それほどの冷気を走りながら吸うと、肺が凍って血が噴き出す。つまり、どこから来たにせよ…ここまで走ったところで、肺が破裂し、自分の血で窒息した」
「裸足で走れる距離って?」
「分からない。生きる意志次第だ。極限状態だからな。あの子は強い娘だ。君の予想は、はるかに超えてただろう」
ジェーンはコリーの話を聞き、捜査への協力を申し出る。
コリーはケリーに事件のことを聞かれるが、雪道で迷子になったと説明する。
しかし、ケリーには分かっていた
「お姉ちゃんと同じ?」
「凍え死んだんだ」
「じゃあ、同じだね」
検視の結果を監察医のランディは、死因を「肺出血」と断定する。
コリーが言った通り、極度の冷気を吸いこみ、肺胞が肺が破裂したことが主因だった。
「“他殺”にしないつもり?」
「無理だ」
「でも状況を考慮すべきよ。繰り返しレイプされてる。暴行も…」
「それを考慮するのは、君の役割だ…襲われてなきゃ、あり得ない状況だ。だが死因としては他殺じゃない」
「それじゃFBIの捜査班を手配できないの。私の役目は捜査じゃなく、適切な人材を呼ぶことよ」
「強姦と暴行を報告すれば…」
「そしたら管轄は、BIA(インディアン管理局/「保留地」の統括機関)になる」
「孤立無援には慣れてる」とベン。
「こんな広い土地を、たった6人でカバーしてるのよ…よほど運がなきゃ、解決できない」
「これは殺人だ。検察が動けば協力するが、死因を“他殺”にはできない」
埒が明かず、部屋を出るジェーンとベン。
「FBIの割に熱心なのはうれしいが、ランディは味方だぞ」
「あの検視結果だと、上司に呼び戻される。大した戦力じゃないけど、私まで去れば絶望的よ」
被害者のナンシーの自宅を訪ねたジェーンとベン。
父親のマーティン・ハンソン(以下、マーティン)に話を聞くが、心を開こうとしない。
そこで母親のアニーに話を聞こうと部屋に行くと、アニーはベッドに座り、手をナイフで傷つけ血を流し、嗚咽しているのだ。
衝撃を受けるジェーン。
そこに、コニーが訪ねて来た。
マーテインはコニーの顔を見ると、堰を切ったように咽(むせ)び泣き、コニーはマーティンを抱き留める。
同様に娘を亡くした経験を持つコニーは、マーティンを励ますのである。
「痛みから逃げじゃダメなんだ。逃げると失う。娘との思い出すべてを。1つ残らずな…苦しめ、マーティン」
「疲れたよ、コニー。もう人生を戦い続ける気力がない」
「息子のために生きろ」
「あいつはヤク中だ。失ったも同然だ。すぐそこに住んでいるが、もう家族じゃない。事件に関わってるかも」
「彼は、リトルフェザー兄弟の所に?」
コニーはFBIに協力するが、指図は受けないと言う。
ジェーンとベン、そして警察権のないコリーが現場に赴く。
「サムとバートのリトルフェザー兄弟と、フランク・ウォーカーが住んでる。奴らは、ナタリーの兄貴とは、段違いのワルだ」とベン。
ドアを叩き、サムが出て来たが、ジェーンがFBIと分かると、催流ガスを顔に吹きかけ、逃走する。
コニーは裏口から逃げる仲間を捕らえ、ジェーンは部屋で銃撃してきたサムを撃ち殺す。
捕まった二人はフランク・ウォーカーと、ナタリーの弟チップ。
ナタリーの事件について聞くと、チップはそれを知らず、ナタリーが死んだと分かり慟哭するのだ。
ナタリーが白人と付き合っていたと話すいうチップを聴取して、名前を聞き出すことにする。
しかし、コリーは大事なヒントを見過ごしていると、スノーモービルの跡が、足元から遠くの山の斜面を上っている状態をジェーンに示す。
早速、山の上まで行くと、そこには鳥が啄(ついば)む人間の死体があった。
「掘削所の監視カメラがあるはずだ。明朝、警備隊に見せてもらうよ」とベン。
一方、何も喋らないと言い放つチップに、親同然だというコリーが話しかけた。
「こに2年、バカしかやってない」
「先住民なのは元嫁と死なせた娘だろ。探偵ごっこなんか…」
「知った口を利くな。いいな?」
チップの口から、ナタリーが付き合っていた男が、掘削所の警備員のマットという男だと聞き出した。
「俺も自分がイヤだ。だけど、怒りが込みあげて、世界が敵に見える。この感情が分かるか?」とチップ。
「分かる。でも俺は感情のほうと戦う。世界には勝てない」
その後、チップに対するコリーのこの反応が内包する闇が、少しずつ可視化されてくるのだ。
人生論的映画評論・続: ウインド・リバー('17) テイラー・シェリダン
より