英国王のスピーチ('10)  トム・フーパー <「『リーダーの使命感』・『階級を超えた友情』・『善き家族』」という、「倫理的な質の高さ」を無前提に約束する物語の面白さ>

 「もう、嫌だ」

 これは、本作の主人公の弱音丸出しの言葉。

 初老の言語聴覚士からビー玉を口に入れさせられて、本を読まさせられる苦痛と屈辱に耐えられず、咄嗟に出た本音である。

 件の主人公の名は、アルバートフレデリック・アーサー・ジョージ・ウィンザー

 後の英国王、ジョージ6世となる人物で、ここではファーストネームであるアルバートと呼んでおこう。
 
 そのアルバートは、幼い頃から吃音というコンプレックスで煩悶し、それがトラウマのようになっていた。

 当の本人が、すっかり諦念を持つ心境下に置かれているのに、後のエリザベス2世の母である、伯爵家出身の妻のエリザベスだけは諦めない。

 演劇俳優でもあった、オーストラリア人の言語療法士のライオネルを訪ねたエリザベスは、その中年男から思いも及ばないことを言われた。

 「ご主人を治すには、信頼と対等な立場が必要です。治療はここで行ないます。連れて来て下さい」

 エリザベスは期待薄の思いの中で、隠れるようにして夫を連れて来させるだけでも難儀だったのに、またしても「恥」をかかせてしまった。

 アルバート王太子を「バーティ」という愛称で呼ぶライオネルは、喫煙でストレスを解消しているように見えるアルバートに禁煙を強いたのである。

 そんな不穏な空気が漂う中での、短い会話。

 「生まれつき吃音の子はいない。いつから?」

 このライオネルのタメ口調の言葉に、ぶっきらぼうに答えるアルバート

 「4,5歳の頃・・・普通に喋った記憶がない。原因など知るもんか。ただ吃るんだ。誰にも・・・治せない」

 治療に全く気乗りがしないアルバートにヘッドホンをつけ、大音量の音楽を流しながら、シェイクスピアを朗読させるライオネルの手法に憤慨したアルバートは、室外で待っていたエリザベスを連れて、早々に引き上げてしまった。
 
 
 
(人生論的映画評論・続/英国王のスピーチ('10)  トム・フーパー <「『リーダーの使命感』・『階級を超えた友情』・『善き家族』」という、「倫理的な質の高さ」を無前提に約束する物語の面白さ)より抜粋http://zilgz.blogspot.com/2012/02/10_26.html