フォーン・ブース('02)  ジョエル・シュマッカー <匿名性社会、その闇のテロリズム>

イメージ 1 1  パブリシストの受難



 “オペレーター。番号案内につないで欲しい。番号案内を。長距離電話をかけるんだ。長距離電話さ。天国につないで欲しい。オペレーター、番号案内を頼むよ。イエス様につないでくれ。番号案内を頼むよ。友だちと話したいんだ”

 このような歌詞のゴスペル・ソングが流れて、映像が開かれた。皆、携帯を持っていて、この現代の利器を、当然のように自分の生活の一部に取り込んでいる。

 「ニューヨーク市の人口は、5つの区で約800万人。周辺部を含めれば1200万人。電話回線は、ほぼ1000万。電話会社は50以上。300万人が携帯電話を使う。歩きながら話をするのは、今ではステータスの象徴だ。たちまち公衆電話の座を奪った。だがそれでも未だに、約450万人の居住者、約200万人の外来者は公衆電話を利用している。これは8番街と53丁目角の公衆電話。西マンハッタン“最後の聖域”。ボックス型公衆電話。最後の一台。毎日ここで、300の通話がなされ、この半年間で41回も強盗事件が起きた。電話会社は明日の朝8時に、このボックスも取り壊す予定だ。2ブロック先に、ここの最後の利用者になる男がいる」(冒頭のナレーション)

 このナレーションでも紹介されているように、映画の舞台はニューヨークの繁華街、タイムズ・スクウェアである。
 
このタイムズ・スクウェアを一人の男が、部下を連れて歩いている。

 左手に携帯電話を持って、次々に相手を替えて話し込んでいる。男の名はスチュワート・シェパード。

通称スチュ。パブリシスト(注1)である。宣伝マンであるスチュは、携帯一つでタレントなどの売込みや、様々なイベントを計画し、自らが勝ち組のセレブとなった気分で日々を送っている。


(注1)「パブリシストとは、芸能人や政治家などのセレブをクライアントに持ち、彼らとマスコミの間を繋げるために様々なパーティ、記者会見などのイベントを企画・実施していくPR担当者、プレスのこと。一方ではスキャンダルが発覚しないための工作活動を手がけることも。マスコミが集中する大都市圏でしか成立しない職業である」(映画「ニューヨーク、最後の日々」公式HPより)
 
 
 そんな多忙な男が携帯を手放して、フォーン・ブースに入った。

 明日になれば取り壊される予定の、最後の電話ボックスである。
 
男がそこに入ったのは、自分の携帯を使えないからである。機能上の問題ではなく、妻帯者である彼が通話記録を残したくないためだ。クライアントである新進女優に、いつも彼はこのようにして連絡をとっているのである。

 そこに、ピザの配達がやって来た。

 男はしつこく付きまとう配達員に金を払って、「お前が食え。失せろ」と下品に言い放って追い返した。

スチュは女優の卵に電話して、映画の企画を持ち出して誘いをかけていく。彼はその誘いを断られ、受話器を置いてボックスを出ようとした。

 更にそこに、一本の電話。彼は思わずその電話を取ってしまった。
 
 「面白いよな。電話が鳴る。相手は分らない。なのに電話を取ってしまう」

 いきなり、知らない男の声がした。

 「何だって?」とスチュ。
 「君は私の感情を傷つけたぞ」
 「誰だ?」
 「電話ボックスから出るな」
 「番号違いだ」
 「美味いピザだった。食って欲しかったよ」
 「さっきのピザは、イケるジョークだな」
 「これから体力の限界を味わうぞ」
 「悪いが切る」
 「ダメだ。君は私に従うんだ」
 「あんたに従う?誰だ?」
 「君を見ている」
 「俺を?」
 「ラズベリー色のシャツに、黒のスーツ。イタリア風だな」
 「どこから見ている?」
 「沢山ある窓を調べて見ろよ」
 「俺は今、何を?」
 
 スチュは電話ボックスから身を乗り出して周囲を見回したが、まるで見当がつかない。彼の中に少しずつ不安が過(よ)ぎってきた。
 
 
 
(人生論的映画評論/フォーン・ブース('02)  ジョエル・シュマッカー <匿名性社会、その闇のテロリズム>)より抜粋http://zilge.blogspot.jp/2008/12/02_16.html