自由が丘で(‘14)  ホン・サンス <そこだけは他者と共有できない「内なる時間」の絶対性>

イメージ 11  「不在の女」と「常在の女」の間で浮遊する男の軽走感
 
 
 
「手紙を送ります。君に書いた手紙だからです。“親愛なるクォン。ソウル行きの機内にいる。すぐ会いに行くよ。機体が降下を始め、窓越しにはっきり地上が見える。空の光がとても美しい。たとえ会えなくても、受け入れてくれなくても、来なければと。会えば、分ってもらえると思う。君ほど素晴らしい人は他にいない。今、それが分る。元気で幸せだといい。モリより”」
 
かくて、2週間の予定でソウルにやって来たモリは、クォンの部屋の近くのゲストハウスを見つけ、そこをクォンを探す拠点にする。
 
そのゲストハウスは、「北村韓屋村」(ブッチョンハノクマウル)にある韓国伝統家屋を体験できる「ヒュアンゲストハウス」。(このことは、のちに知り合うチ・グアンヒョンとの会話で判然とする)
 
クォンが好きだったカフェ・「自由が丘」に立ち寄り、そこで元女優のオーナー・ヨンソンと知り合うに至る。
 
季節は夏。
 
日本ほど湿度が高くないが、30℃を越える日々が続くソウルの夏は暑い。
 
ともあれ、モリからの手紙を語学学校で受け取り、それを読み始めたところで、体調が優れないクォンが立ちくらみを覚え、階段に手紙を落としてしまう。
 
バラバラになったその手紙をクォンはクォンは拾い上げるが、手紙の1枚を拾い忘れてしまうのだ。
 
以下、ページの打っていない残りの手紙の内容を、順番に沿って読み上げることができない状況下で提示された映像である。
 
「まっすぐ帰らず、カフェに寄った。元気を出さないと」
 
混乱する心理の中で、クォンは手紙を読んでいく。
 
愛犬を救ったお礼に、モリはヨンソンに夕食を奢られる。
 
舞台・映画のプロデューサーの恋人(チ・グアンヒョン)を持つヨンソンと、急速に接近していくモリ。
 
米国帰りの男・サンウォン(のちに、ゲストハウスの女主人の親戚であることが分る)とゲストハウスで知り合ったそのモリは、韓国の人気エリアである「経理団」(キョンリダン)に行く途中、サンウォンの友人である韓国語を流暢に話す米国人と、初対面で意気投合する仲になる。
 
「ドアのメモは残っていた。留守のままなのだ。この方法なら、彼女が戻ればすぐ分る。もう、住んでさえいないかも知れないが」(モリのモノローグ)
 
次のシーンは、ヨンソンの恋人・チ・グアンヒョンと「自由が丘」で知り合うが、「働けよ」と言われて腹を立て、ケーキに手を付けることなくカフェを出ていくモリのエピソード。
 
既にヨンソンとのエピソードから、明らかに時系列が前後していることが分明になっている。
 
そして、ゲストハウスの女主人から、クォンとの関係を聞かれたモリは、「韓国にいた頃、結婚したいと思っていた」と答えたシーンの後、モリが2年前に住んでいたこと、語学学校で講師をしていたこと、そこで韓国人と喧嘩をしたこと、更に、クォンが語学学校の同僚だった事実も判然とする。
 
「疲れていたが、気力を振り絞り、彼女の部屋へ。メモはまだあった。何もする気になれず、ただ消えてしまいたかった」(モリのモノローグ)
 
いくら探してもクォンと会えないストレスがピークに達し、サンウォンと飲み明かしてゲストハウスに戻ったとき、モリはヨンソンからのメモを発見する。
 
「話をしましょう。一日中、あなたのことを考えてた。今夜、10時半からカフェで待ってます。友人以上として、私と会いたいと思ったら来てください」
 
そして、ヨンソンと関係を持つモリ。
 
「他には何もいらない。欲しいのはあなただけ」
 
恋人になって欲しいと頼むモリへのヨンソンの反応である。
 
しかし、滞在日数が限られているのに、ヨンソンとの関係を後悔するモリがいる。
 
自分が韓国に来ていることすらも知られず、殆ど諦め状態のモリ。
 
「きちんとしよう。すべて正直に話すんだ。傷つけずに済む。また彼女と寝た」(モリのモノローグ)
 
言うまでもなく、ここで言う「彼女」とはヨンソンのことで、そのヨンソンを傷つけずに別れたいという思いが、モリの心を支配しているのだろう。
 
以下、手紙を読み終わったクォンのモノローグ。
 
「手紙の消印は、1週間前のものだった」
 
この直後の映像は、「智異山」(チリさん/南部にある風光明媚な韓国最大の国立公園)から戻って来たと言うクォンが、カフェの前でヨンソンと出会い、再会の挨拶をするシーン。
 
そのクォンが、モリのゲストハウスを訪ねて来た。
 
そして、ソウル滞在の最終日。
 
ゲストハウスに帰宅したモリは、遂に、クォンとの感激の再会を果たす。
 
「翌日、僕たちは日本に発った。子供は2人、娘と息子に恵まれた」
 
幸福感に満ちたカットで閉じていくシーンの後、ゲストハウスの中庭のテーブルで午睡(ごすい)していたモリは、夢から醒めた。
 
クォンとの感激の再会はモリの夢だったのか。
 
ラストシーン。
 
酩酊状態で夜を過ごしたヨンソンが、モリのゲストハウスの部屋から起き上がって来て、タバコを吸うシーン。
 
このショットは、ヨンソンの愛犬を救ったお礼に、モリが夕食を奢られたエピソードを継いでいくシーンである。
 
すっかり泥酔してしまったヨンソンを自分の部屋に泊め、モリ自身は遠慮して、中庭のテーブルで仮眠していたのだろう。
 
当然、ヨンソンとの男女関係を持つ以前の滞在初期のエピソードである。
 
このエピソードこそ、バラバラになって拾い忘れてしまった手紙の1枚だったと見ていい。
 
このラストから、「不在の女」との恋を断念した男が、「常在の女」との恋を開いていくイメージが浮かぶが、一切は鑑賞者に委ねるということか
 
とりあえず、この映画のサブタイトルを、「『不在の女』と『常在の女』の間で浮遊する男の軽走感」ということにしておこう。
 
 
 
 人生論的映画評論・続自由が丘で(‘14)  ホン・サンス そこだけは他者と共有できない「内なる時間」の絶対性>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/02/14.html