人生論的映画評論・続 ひつじ村の兄弟(‘15) 

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<人間と羊の血統の絶滅が、併存する空間の渦中で同時に具現する>

 

 

1  持てる力の全てを出し切った男の震え声が、残響音となって、虚空に消えていく

 

 

 

「“氷河と火山の環境で生き抜いてきた羊ほど、この国で大きな役割を果たす存在はいない。何が起ころうとも、辛抱強く体の丈夫な羊は、1000年もの間、人類の救い手として友であった。一年を通して、喜びや厄介事をもたらしつつ、羊は放火の仕事と生活に深く結びついている。我らの羊が健(すこ)やかなる時、前途は明るく、羊の数が減っていく時、眠れぬ夜が続いた”」

 

これは、羊の品評会の審査の結果発表前に、アイスランドが世界有数の羊大国であることを誇る主催者(地区の長老)の挨拶である。

 

この品評会で優勝を競ったのは、互いに独身で、隣居する兄キディーと弟グミー。

 

そして、僅差で優勝したのは、スプロティという名の、キディーが育てた愛羊だった。

 

2位はギミーの愛羊ガルプル。

 

「勝敗を分けたのは背中の筋肉の厚さでした。この羊は同じ血統です」と主催者。

 

勝ち誇る兄と、落胆する弟。

 

両者間に一言の会話もない。

 

兄弟でありながら、40年間も口を利いていないのだ。

 

異変が起こったのは、その直後だった。

 

「キディーの羊が病気にかかってると思う」

 

牧羊仲間に相談するグミーの言葉である。

 

キディーの羊とはスプロティのこと。

 

「何の病気だ?」

スクレイピー

「昨夜調べたてみたら、それらしい症状があった」

「病気にかかっていたら、獣医のカトリンが気づいただろう」

 

【獣医のカトリンでさえも気づかなかったスクレイピーを、グミーだけが気づいたということ。これは看過できない事態だろう】

 

グミーは自分で話せないので、仲間に検査の手配を頼んだのだった。

 

「もしスクレイピーだと判明したら、我々の羊も殺処分になるかも知れない」

 

逸(いち)早く、伝染病の検査にスプロティが連れて行かれたが、その夜、言いがかりをつけられたキディーは、いきなりグミーの寝室に銃丸をぶちこんだ。

 

「お前のデッチ上げだ!この負け犬め!」

 

そう叫びながら、更に銃を撃ち込んでくる。

 

キディーは自分の羊が優勝したことに対する、グミーの妬みだと決め込んでいるのだ。

 

グミーは割られた窓ガラス2枚の請求書を牧羊犬に咥(くわ)えさせ、キディーに届けるが、完全に無視される。

 

数日後、獣医のカトリンがグミーの家を訪れ、スプロティはクレイピーに罹患していると説明する。

 

かくて、グミーの羊も検査されることになった。

 

「バルダルダールル(バルダルダルル)で、春のスクレイピー症例を確認。感染したのは大人の雄羊で、現在、近隣の飼育場でも検査が行われています。殺処分についてはまだ未定です。19世紀末、英国種の羊と共に、アイスランドに上陸したと言われるこの病気は、羊の脳と脊髄を侵し、治癒することはありません」

 

スクレイピーの症状と殺処分の是非について、ラジオのニュースを聴くグミー。

 

牧羊家の集会で、他の2か所の飼育場でもスクレイピーが見つかり、村の全ての羊の殺処分の決定が告げられた。

 

そこに参加するキディーとグミー。

 

グミーは暗鬱な表情を浮かべるばかり。

 

「わしらも殺せばいい…この村で羊のいない生活を考えられるか?」

 

キディーはそう言い放ち、殺処分を断固拒絶する姿勢を示した。

 

「2年間の我慢だ」

「獣医たちの好き勝手にさせてたまるか」

 

殺処分を巡って参加者の間で意見が飛び交い、それぞれの立場の違いが顕在化する。

 

「今こそ、我々が一致団結して行動するときだ。これは全員にとって痛手だし、つらい気持ちもよく分かる。だが、もう決定事項だ。変更されることはない」

 

この地区の長老の発言で、最早、参加者全員が殺処分は不可避であるという現実を認識させられるに至る。

 

グミーはカトリンからの電話を受け、羊たちは生まれた場所で埋葬すると告げるのだ。

 

号泣しながら羊たちを銃殺するグミー。

 

屋外で発砲音がするので、グミーが窓から覗くと、キディーが保健所の職員に押さえられ、最後の抵抗をしていた。

 

以下、カトリンと職員たちがグミーの飼育場を訪れた際の会話。

 

「なぜ、あなたが?」

「自分の手で死なせたかった」

「これで全部?」

「147匹」

「勝手に殺処分しないで。伝染病を根絶したいなら、規則を守らなきゃ」

 

行政の担当者から、処分した羊の損失補填について説明を受けるグミー。

 

「お金は2年間の分割支給で、その後、新たに羊のご購入を」

 

カトリンがやって来て、飼育場の床にある物、使用した道具、干し草など、全て焼却処分するように指示される。

 

グミーが飼育場で作業をしていると、キディーが入って来て、いきなり後ろから羽交い絞めにされ、押し潰される。

 

「お前のせいで、ここの貴重な羊の血統が全滅だ!今年は最悪の冬になるぞ。羊はいない。わしら2人だけだ。お前の望み通りだな」

 

ところがグミーは、重大な規則違反を犯していた。

 

全ての羊を処分せず、地下で数匹育てていたのである。

 

雄羊(おひつじ)ガルプルと、数匹の雌羊(めひつじ)である。

 

交尾のためである。

 

クリスマスの夜、グミーはガルプルと雌羊と交尾させ、成就した。

 

屋外で倒れているキディーを見つけた保健所の職員が、グミーに助けを求めて訪ねて来たのは、ちょうどその頃だった。

 

グミーは酩酊状態のキディーを屋内に入れ、手当てをする。

 

翌日、目を覚ましたキディーは黙って出て行くばかり。

 

相変わらず、口を利かない兄弟が、そこにいる。

 

今や、牧羊仲間の間では、廃業すると言う者も出てきた。

 

そんな中、一向に飼育場の清掃に協力しない厄介なキディーの問題で、グミーの家に行政担当者が相談に訪れた。

 

この状態が長引けば、村に羊を搬入できないと言うのだ。

 

「登記を調べたら、お兄様が使用している土地は、全てあなたの名義でした…理由は?」

「父が兄の相続を望まなくて、私が兄に古い飼育場を貸すと、生前の母に約束したんです」

「ならば、お兄様の過失は、あなたの責任になりますよ」

「どうなります?」

「法廷争いになれば、訴えられるのはあなたです。ご兄弟で解決されるのが得策です」

 

グミーは早速、キディーに手紙を書き、再び牧羊犬に届けさせた。

 

いつものように、酩酊状態のキディーが怒鳴りながら、グミーの家の前にやって来た。

 

「わしの保護者にでもなったつもりか!」

 

翌朝、グミーが外に出ると、キディーは雪の中で仰向けに倒れていた。

 

グミーは除雪車でキディーを持ち上げ、そのまま町へ運び、病院の前で降ろして、置き去りにしたまま引き返した。

 

帰宅後、行政担当者の思いを受け止めたグミーは、キディーの飼育場を無断で清掃する。

 

まもなく、キディーが車で送られ、帰宅して来た。

 

グミーの家にやって来たキディーが、地下室の羊の秘密を知ったのは、その直後だった。

 

キディーに目撃されたと知るや、グミーは家に戻り、銃を手にして待機する。

 

ガルプルを絶対に守るという、一心の行動である。

 

ところが、キディーの行動は決定的に反転する。

 

この村の羊の血統が守られることを歓迎するのだ。

 

そんな折、保健所の職員がトイレを借りに、キディーの家に入って来た。

 

予測困難な事態が惹起したのは、この時だった。

 

地下室の羊たちが暴れ、その音を聞いた職員は黙って帰って行ったが、グミーは急いで羊たちをキディーの家に移動させた。

 

「キディー、助けてくれ。獣医たちが来る」

「中に入れよう」

 

兄弟が協力して羊たちを匿うや、グミーは家に戻り、地下室を片付ける。

 

そこにカトリンを中心に獣医たちがやって来て、地下室を遍(あまね)く捜索する。

 

羊の捜索が始まって、ほどなく職員に発見されるが、キディーがスコップで職員の頭を打ち、気絶させてしまう。

 

キディーとグミーは4輪バギーに乗り込み、羊たちを山へ誘導させていくのだ。

 

猛烈な吹雪の中、バギーが故障してしまい、真っ暗な山の上で羊たちを見失ってしまった。

 

薄っすら夜が明け、ガルプルを探し求めて力尽きたグミーは、雪の斜面に横たわっていた。

 

キディーは急いで穴を掘ってグミーを運び入れ、服を脱がし、自らも裸になって、動かなくなったグミーを固く抱き締め、心血を注いで体を温めていく。

 

「もう大丈夫だからな」

 

極限状態に捕捉されたキディーの声である。

 

持てる力の全てを出し切ったキディーの震え声が、残響音となって、虚空に消えていった。

 

ラストカットである。

 

人生論的映画評論・続: ひつじ村の兄弟(‘15)    グリームル・ハゥコーナルソンより