「母」との短い共存の時間を偲び、想いを込めて世界で舞う「娘」 映画「ミッドナイトスワン」('20)  内田英治

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1  「私が怖い?私、気持ち悪い?あなたなんかに、一生分からない…なんで、私だけ…」

 

 

 

トランスジェンダーの凪沙(なぎさ)は、新宿のショーパブ「スイートピー」で、ショーガールとして働いている。

 

チュチュ(バレエ服)を纏(まと)い、4人組でバレエダンスを踊るのだ。

 

そんな凪沙は、育児放棄される少女・一果(いちか)を預かることになった。

 

一果は、凪沙の従姉妹・早織(さおり)の娘である。

 

広島から上京してきた中学生の一果が、新宿駅で待っていると、写真とは違う女性が迎えに来た。

 

「似てるわね、お母さんに」

 

その一言を放つや、一人でさっさと歩いていく凪沙。

 

無言で付いていく一果。

 

「ちょっと、だらだら歩かないでくれる?あのさ、来るの、来ないの?好きであんた、預かるんじゃないんだから。言っとくけど、私、子供嫌いなの。田舎に余計なこと言ったら、あんた殺すから」

 

凪沙は、一果の持つ「健二」の写真を取り上げ、破り捨てた。

 

これが、二人の最初の出会いとなり、以降、アパートの一室での二人の共同生活が開かれていく。

 

転校先の学校に一果を凪沙が連れて行くや、周囲から奇異の目で見られた一果は、教室で男子生徒に対して、無言で椅子を投げつけ、帰校した。

 

帰り路でバレエ教室を見かけ、練習風景を覗いていると、バレエ講師・実花(みか)が走り去ろうとする一果にチラシを渡す。

 

家に帰ると、学校から呼び出しを受けた凪沙は、問題を起こした一果を説諭し、留守中に掃除をしていなかったことを責める。

 

「やじゃ」

 

そう言うや、一果は投げつけられた雑巾を投げ返すのだ。

 

「マジ、ムカつく、あなた。誰んちにいると思ってるのよ!」

「別に、頼んどらんけん」

 

反抗する一果を残し、出勤する凪沙。

 

「帰って来た時、綺麗になってなかったら、本当に追い出すから」

 

再び、バレエ教室に足を運ぶ一果。

 

古いシューズを生徒にもらい、早速、体験練習に参加するのである。

 

凪沙がアパートに帰ると、部屋の全てが奇麗に片付けられていた。

 

驚く凪沙。

 

学校で、一果はりんという生徒に声をかけられた。

 

バレエ教室で、シューズをプレゼントしてくれた少女である。

 

りんは同じ学校の生徒だったのだ。

 

裕福な家庭のりんの家に行った一果は、りんの服を貰い、彼女が密かに通う写真スタジオに連れていかれた。

 

家の事情でお金がないと知ったりんが、自分の趣味のバイトを紹介したのだった。

 

そこで一果は、マニアに写真を撮らせ、金銭を得る。

 

一方、凪沙は、週に一回ホルモン注射を受けに行っているが、常に体調が思わしくない状態にある。

 

ふらふらになって帰って来た凪沙は、急いで薬を飲みながら、咽(むせ)び泣く。

 

それを見つめる一果。

 

「私が怖い?私、気持ち悪い?あなたなんかに、一生分からない…なんで、私だけ…」

 

そう言って、さめざめと嗚咽を漏らすのだ。

 

凪沙を見つめる一果の柔和な視線が、凪沙の辛さを包み込むようだった。

 

バレエ教室で、頗(すこぶ)る上達し、実花先生に目をかけられている一果に嫉妬するりんは「個撮」のバイトを勧める。

 

コンクール参加のために資金が必要な一果は、りんの勧めに応じるが、客の求めを拒絶し、ここでも椅子を投げつけ、大声で叫んでしまう。

 

警察沙汰となり、一果とりんはスタジオで警察に聴取され、駆けつけた凪沙は事情が分からず、動転する。

 

りんは一果を庇うが、バレエ教室で話し合いをするりんの母が、お金に困っている一果が誘ったと決めつけ、帰ってしまうが、この一件を機に、実花は、一果がバレエを続けることを凪沙に進言する。

 

バレエ教室に通っていることすら知らなかったな凪沙は、知らされなかった不快感も手伝って、一蹴(いっしゅう)する。

 

不貞腐(ふてくさ)れて出て行った一果を追い駆け、一果を掴み、叱りつける凪沙。

 

この直後、凪沙は、一人にしておけないと考え、一果を「スイートピー」へ連れて行く。

 

同僚たちに可愛がられる一果。

 

凪沙ら4人組のバレエのショーが始まった。

 

そこに泥酔した客が絡んでショーの邪魔をするので、凪沙らと揉み合いになった。

 

空っぽになったステージに一果が上がり、優雅にバレエのダンスを踊って見せるのだ。

 

それに見入る客と、凪沙たち。

 

初めて見る一果のダンスに魅了された凪沙は、以後、一果のバレエの継続を支えていくことになる。

 

一方、一果とりんの友情は深まるばかりだったが、りんは足の骨を負傷し、バレエを断念せざるを得なくなった。

 

涕泣(ていきゅう)しながら、もたれ掛かるりんに、そっと寄り添う一果。

 

本気で就職活動を始めていく凪沙。

 

一果の、バレエのコンクール出場のための資金を捻出(ねんしゅつ)するためである。

 

二人の関係が、大きく変容していく。

 

外に出て、バレエの練習をする一果に教えてもらいながら、一緒にオデットを踊る凪沙の表情が輝いている。

 

一方、りんが教室に来なくなったことで、バレエに身が入らなくなってしまった一果。

 

そんな折、凪沙は髪を切り、一果のバレエを支えるために男性として就職したことを話す凪沙に、一果は激しく反発する。

 

自己を偽ってまで「男」に化け、そこで得た金でコンクール出ることの意味を、少女は感覚的に否定するのだ。

 

荒れる一果を優しく抱き留め、宥(なだ)める凪沙。

 

凪沙の熱い思いを受け止め、一果は再び厳しい練習に励むのだった。

 

そんな一果の元に、広島から母親が迎えにやって来たが、振り切ってしまう。

 

そして迎えた、コンサートの当日。

 

りんから頑張るようにと電話を受ける一果。

 

一回目の演目「アレルキナーダ」を、一果は見事に踊り切った。

 

この時、りんは親戚の結婚式で、一果が踊る「アレルキナーダ」に合わせて、自分の踊りをシンクロさせていた。

 

見事なバレエを披露するりんは、そのまま、ビルの屋上の柵を越えてしまうのだ。

 

バレリーナ」を夢見る少女たちからバレエを奪ったら、自我が凍り付き、全てを失うのである。

 

「バレエ命」の少女たちの悲哀の風景の一端が、そこにある。

 

そして今、一果の身体もまた、凍り付いていた。

 

どうしても踊りたかった「白鳥の湖 第二幕 オデットのバリエーション」の舞台に立ったが、客席にりんの姿が見えたからである。

 

演奏が始まっても、立ち竦むだけの一果。

 

そこに、走ってステージに上がって来た母・早織が、一果を抱き締めるのだ。

 

客席から、その様子を見ていた凪沙は、会場を後にする。

 

凪沙もまた、凍り付いてしまったのである。

 

  

人生論的映画評論・続: 「母」との短い共存の時間を偲び、想いを込めて世界で舞う「娘」 映画「ミッドナイトスワン」('20)  内田英治 より