1 「娑婆は我慢の連続ですよ。我慢の割に、大して面白ろうもなか。だけど、空が広いち言いますよ」
「平成16年収監されて、13年ぶりの社会だね。今後は、こういうところに二度と来ないように、頑張ってもらいたい。ところで、起こした事件については、今、どう考えてる?被害者に対して、申し訳ないと思ってるだろうね」
「はい。後悔しています。あんなチンピラのために服役させられて」
「要するに、反省しているわけだ」
「自分は今でも、判決を不当と思ってます。向こうが夜中に日本刀を持って押しかけて来たんですよ!…自分は一匹狼で、当時はどこの組にも入ってませんでした!」
声高の反応を置き土産にして、雪深い旭川刑務所から出所した三上が向かう先は、首都・東京。
「俺はもう、極道じゃなか。今度ばっかりは、堅気ぞ」
オープニングシーンである。
東京。
「何ですか?身分帳って」
「刑務所に入った人が、必ず作られる個人台帳でね。生い立ち、犯罪歴、服役中の態度、受刑者のあらゆることが書き込まれているらしいのよ…人探しの番組で、母親を見つけて欲しいんだって…こういう人が心を入れ替えて、涙ながらに、お母さんと再会したら 感動的じゃない?」
元テレビディレクター・津乃田(つのだ)が、現役のテレビプロデューサー・吉澤から、殺人犯の三上の取材を依頼され、躊躇する。
作家志望だが、不安定な生活を送る津乃田は、断り切れずに仕事を引き受けることになった。
三上の身分帳を読み込んでいる津野田。
「…母親は、福岡市内において、芸者をしていた。交際関係にあった男性との間に本人を出産するが、父親による認知がなされず、戸籍が存在しないまま生育した。物心を覚えた4歳ころ、母親と離別した。養護施設に預けられたまま、音信が途絶えたのである。小学校5年生頃から、放浪癖が生じ、各地の盛り場を転々としている。この頃から、関西の暴力団事務所に出入りし始め、賭博、債券取り立ての手伝いをするようになる。昭和49年6月、京都宇治少年院に入所。この時14歳…」
身元引受人の弁護士・庄司夫妻に温かく迎えられ、アパートが決まるまで、厄介になることになった。
「母は、迎えに来たはずなんです。それを待たずに、自分が施設を飛び出したもんで」と三上。
「お母様も、あなたのことを考えない日はなかったと思いますよ」と妻・敦子。
庄司は三上を伴い役所に赴き、生活保護の申請をするが、三上本人は保護の申請を嫌い、立ち去ろうとした際に、書架にもたれかかり転倒する。
高血圧で倒れ、MRIを撮るに至る。
「先生、自分の体は、もう社会では通用しませんか?」
医師に安静にするよう求められ、不安を抱える男が、そこにいる。
入院した三上の元に、津乃田が恐々と訪ねて来る。
笑みを絶やさない三上の表情を見て、津乃田は安堵し、庄司夫妻と共に、アパートや生活の世話をするなど、少しずつ関係を深めていく。
「毎日毎日、判で押したような生活の中で、今、世間で人が何をやってて、自分が何をできるのかも分からんで。頭ん中、真っ白になっていきました」
津乃田に対する三上の吐露である。
三上は、少年院で身に着けた縫製技能を生かし、ミシンで内職をしようと考えている。
そんな三上は、アパートの階下の住人が騒いで眠れず、部屋を訪ねてトラブルを起こし、暴力団との繋がりを匂わせ、暴力性を剥(む)き出しにしてしまうのだ。
就職先も見つからず、改めて、社会復帰の難しさを認知させられる。
ケースワーカーの井口の協力を得て、仕事探しをすることになる三上。
「大事なのは、誰かと繋がりを持って、社会から孤立しないことです」
この井口の言葉に、三上は晴れやかな表情で頷いた。
「事件は13年前に起きた。妻の久美子と経営していたスナックに、ホステスの引き抜きでもめていた暴力団員が殴り込んだのである。三上が自ら救急車を呼んだ時、相手にはまだ息があった。殺してしまったという認識すらなく、さほどの重い罪にはならないと思っていた…」(津乃田のナレーション)
三上は、裁判の場で、夫を庇おうと証言する久美子を回想する。
傷害致死のはずが、検察の追及にカマをかけられ、殺人罪にされてしまったということ。
そんな三上は今、スーパーで盗みを疑われ、店長の松本に食ってかかるが、それが間違いと分かり、怒りを押し込める。
昔、半グレだったと言う松本は三上に詫び、社会復帰の支援を申し出て、以降、相談相手になっていく。
失効した運転免許の取得に、必死に取り組む三上。
運転免許センターでの一発試験を受けるが、乱暴な運転によって呆気なく頓挫してしまうのだ。
何をやってもうまくいかない三上を、津乃田と吉澤が訪ねて、ホルモン焼き屋に誘う。
三上の頑張っている姿を全国放送で流したいと、吉澤は改めて説得し、三上を励ましていく。
帰り道だった。
サラリーマンに絡む2人組のチンピラを目にした三上は、助けに入って激しい暴行を加えてしまった。
その様子をカメラに収めていた津乃田は、恐怖に駆られ中断するが、吉澤はそのカメラを取り上げ撮影を続行する。
津乃田は、カメラを取り戻し、走って逃げていく。
それを追い駆けて、追い付いた吉澤が津乃田を罵倒する。
「お前、終わってんな。カメラ持って逃げてどうすんのよ。撮らないんなら、割って入って、あいつ止めなさいよ!止めないんなら、撮って人に伝えなさいよ!上品ぶって、あんたみたいなのが、一番何も救わないのよ!」
意気消沈する津乃田が、そこに置き去りにされていた。
激しい暴行を加えた後もケロッとしている三上は、スーパーに行って、松本にテレビ出演する話をする。
ピンときた松本は、テレビに食い物にされるだけだと、三上に説諭する。
「国から保護も降りてるんだから、焦ることないじゃないの…夢みたいなこと考えないで、地道に生きるんだよ!」
その言葉を受容できない三上は、いつでも暴力団の仕事に戻ると凄んで見せるのだ。
頭を冷やした三上は、松本に言われた通り、正業に就くための「生業扶助」を受けようと庄司と井口に相談するが、ハードルの高さと多忙さで相手にされなかった。
津乃田に電話して、テレビ出演の前借りを頼むが、もう企画が通らないと断られるばかりか、心胆(しんたん)を寒からしめる言辞を浴びてしまう。
「結局、三上さん、懲りてないんじゃないですか?人を痛めつけたり、腕力でねじ伏せることにですよ…何で、闘ってぶちのめすしか策がないと思うんですか?逃げるのだって、立派な解決手段ですよ…そこが変わらない限り、あなたは社会じゃ生きてけない…聞きたいのはね、どうして自分がそんな風になったと思います?それって、やっぱり、生い立ちに関係があるんでしょうか。怒りや暴力を抑えられない人の多くは、子供の頃にひどい虐待を受けて、脳が傷ついているそうですね。でも、子供は、どんな目にあっても、たった一人の母親を慕うことは止めない。あなたは、お母さんが自分を迎えに来たとか、捨てたんじゃないとか、ずっと庇ってるけど、本当にそう思ってますか?あなたの母親はどう考えても、あなたを…」
そこまで言われ、逆上した三上は電話を一方的に切ってしまう。
身震いするように凍り付いた男は、食べかけのカップラーメンを投げ捨て、へたり込んでしまうのだ。
もう、限界だった。
完全に行き場を失った男が、最後に縋(すが)ったのは、暴力団組長で、兄弟分だった下稲葉(しもいなば)だった。
再会した下稲葉は糖尿で足を切り、車椅子生活だった。
「今は、ヤクザで食うてはいけませんもん。銀行口座は作れん。子供を幼稚園にも入れられん。すっかり人間もおらんようになりました」
下稲葉の妻の言葉である。
そんな時、津乃田からの電話を受けた。
施設に連絡が取れて、古い名簿を探してもらえると言うのである。
三上の顔色が一変する。
組長が事件に巻き込まれて、パトカー騒ぎの現場に駆けつけようとする三上を、下稲葉の妻が必死に止める。
「うちら、もう、なるようにしかなりません。やけど、あんた、これが最後のチャンスでしょうが。娑婆は我慢の連続ですよ。我慢の割に、大して面白ろうもなか。だけど、空が広いち言いますよ。三上さん、ふいにしたらいかんよ」
そう言って、三上に金を渡し、送り出すのだ。