ドラマ特例 今朝の秋('87)    善意の集合がラインを成した物語の、迸る情緒の束

 

1  「おめえにゃあ、ひと月は何でもにゃあかも知れんが、年寄りは明日をも知れん!」

 

 

 

1970年代。

 

隆吉は息子の理一の転勤に伴い、名古屋から富山に引っ越すことになった。

 

隆吉の妻・もと(以下、便宜的に「モト」にする)は入院中のため名古屋に残り、その身の回りの世話を娘の悦子がしている。

 

理一と、その妻・美代子、息子・淳一郎と共に、名古屋から富山へ出発する列車の中で、浮かない表情の隆吉。

 

見送りに来た悦子が、窓の外から「お父さん、お母さんは大丈夫だから!」と大声をかけると、手を挙げて見せる隆吉。

 

「お母さん、お願いしますねえ」と美代子が悦子に向かって挨拶する。

 

高校2年で転校となって憂鬱そうにしている淳一郎に、美代子が気分が悪そうだと薬を飲ませようとすると、精神的なものだから必要ないと理一に言われ、淳一郎が大声で反発する。

 

そんな家族の遣り取りも上の空の隆吉。

 

悦子はその足でモトが入院する病院を訪れ、理一らの見送りの様子を話す。

 

「おじいちゃん…来なんだなぁ」

「いやぁだ。来たって言ったでしょ」

 

昨日、モトが検査中で40分待ったが、理一がジリジリしているので、隆吉は病室を出て帰ろうとどんどん歩いて行くのを理一が追いかけて止めようとした。

 

理一は、富山に行ったら簡単に面会に来られないので、もう少し待ってお別れを言った方がいいと訴えたが、頑固な隆吉は、「まあええ、まあええ」と意地になって帰って行ったのだった。

 

悦子から説明を聞いたモトは、笑みをこぼす。

 

「お母さん、病気良くなれば、富山に行ってすぐに一緒に暮らせるんだから、お別れ言うことはないって言えば、そりゃそうだけど。ほんでもねえ…」

「富山には行けれんよ…治らん」

「治る。治るって先生も言っとるでしょ」

「まあ、この世では、おじいちゃんに会えんなあ」

「とろくさい(バカバカしい)こと、言わんといて」

「40分、待っとったか、おじいちゃん…そりゃあ、よう待っとってくれた方だわ」

 

富山に到着した理一らは、市内とは言え、不便な立地の古い一戸建ての借家で弁当を食べる。

 

悦子は家の不満を言い、淳一郎は気持ちが悪いと弁当を残すと、理一は営業で新規開拓する大変さをぶちまけ、「不満そうな顔ばっかりするな」と怒り出す。

 

翌日、隆吉は家のゴミを片付け、夕方になると、夕陽に染まった美しい田園で、稲を植えてる夫婦を眺め、笑みを浮かべる。

 

隆吉は家に戻り、理一の説得を振り払い、モトに会わずに病室から帰って行ったことを思い起こしていた。

 

隆吉は理一と美代子がいる居間に入っていく。

 

「用事を思い出してな。明日、名古屋へ行ってきたい…金をくれんか」

「昨日名古屋からここへ来たんですよ…何ですか?用事って」

「おみゃあに、全部金を渡してまったで」

「…金はあるよ。金あるけど、何も明日名古屋行くことはないんでないですか?」

「いや、ええ」

 

隆吉はそのまま部屋を出る。

 

家の片付け作業をしながら、モトの苦痛な表情を思い浮かべる隆吉。

 

買い物へ行きかけた美代子に「やっぱし、名古屋へ行ってきたい」と訴えるが、「せめてひと月我慢してください」と一蹴されててしまう。

 

思い詰めた隆吉は、引き出しの金を探して手に掴んだところで、帰って来た美代子に見つかってしまう。

 

「おめえにゃあ、ひと月は何でもにゃあかも知れんが、年寄りは明日をも知れん!」

「大げさなこと言って。何の用がだって言うですか…」

 

名古屋へ行けば悦子のところに泊まることになるが、悦子の家の中は上手くいっておらず、それどころではないと、隆吉を説得して引き留めようとする。

 

しかし、隆吉は腕を抑える美代子を突き飛ばし、3千円を持って家を出て行ってしまった。

 

慌てた美代子は理一に電話をしてから、富山駅に駆け付けたが、名古屋行きの切符を買った形跡はなかった。

 

理一は、木彫りの欄間職人だった隆吉が、取り壊された家の自分が彫った傑作の欄間を心配して名古屋へ行ったのではないかと、悦子に電話で事情を話す。

 

【欄間職人とは、天井と鴨居の間の開口部(欄間)を美しく完成させる職人のこと】

 

隆吉は急行券なしで列車に乗っていたが、車掌に提示を求められ見つかり、「猪谷」で途中下車させられてしまう。

 

次の普通列車は2時間待ちだったので、一旦駅の改札を出て町を歩いていたが、時間に遅れて乗り損ねてしまった。

 

再び、隆吉は町に戻って彷徨う。

 

一方、病状が悪化して個室に移されたモトを、夜になって見舞いに来た悦子は顔に痣(あざ)を作り、出がけに夫に殴られたと言って嗚咽を漏らすのだ。

 

「つまらんなあ。夫婦なんて。ほんとにつまらん…おばあちゃんも、つまらなんだったでしょう。ろくに口もきかんじいちゃんと50年の余も暮らして。病気したってここへ来て10分もおらんもんねえ。気まぐれに、ひょうっと来て、何にも言わんうちに、またひょうっといなくなって」

「照れくさいんだわ」

「一心同体なんて、よう言ったもんだね…」

「おじいちゃんがな、なんだ知らん、来るような気してしょうねえ…行ったばっかしだもんな、来るわけねえな」

「じいちゃん、来るとか言っとったの?」

「うんやあ」

「ただ感じるのかね。ただ、そんな気するのかね」

「来るわけねえなあ」

 

悦子は理一に電話をし、モトの死期が迫り、隆吉は虫の知らせがして出て行ったのではないかと話し合う。

 

陽が落ちて、隆吉は駅の傍の旅館に泊まり、翌朝一番で名古屋へ行くことにした。

 

隆吉は事情を話そうとしたが言いそびれ、食事を運ばれても正座をしている。

 

不器用な隆吉の旅が、ここから繋がっていくのだ。

 

人生論的映画評論・続: ドラマ特例 今朝の秋('87)    善意の集合がラインを成した物語の、迸る情緒の束  作・山田太一