望み('20)   堤幸彦

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<深刻な仮定への考察を奪い取った物語の「約束された収束点」>

 

 

 

1  団欒が崩されていく

 

 

 

12月17日(火)

 

埼玉県戸沢市。

 

建築デザインの仕事をしている石川一登(かずと)は、商談中の顧客を、事務所に隣接する自宅の見学に連れて行く。

 

出版社の校正の仕事に専心する妻・喜代美(きよみ)が顧客を出迎え、一登は2階の長男・規士(ただし・高一)、長女・雅(みやび・中3)の子供部屋を案内した。

 

夕食時、客に愛想よく接する雅と切れ、不愛想な態度だった規士に対して、一登はオブラートに包むように注意した後、怪我でサッカーを止めて以来、目標を失い、反抗的になっている規士に説教する。

 

「何もしなかったら、何もできない大人になるだけだ。考え方次第で、未来は変えられるんだ…」

「時期が来れば、真面目にやるわよ。ね」と喜代美。

 

黙って聞いていた規士は、突然、箸を置いて、2階に上がって行ってしまった。

 

「お父さんからも、ちゃんと聞いてよ。顔のアザのこと」と喜代美。

「話したくないこともあるんじゃないか」と一登。

「この前、友達と怖い話してたよ。なんか、やらなきゃ、こっちがやられるとか」と雅。

 

12月19日(木)

 

喜代美は、規士の部屋の掃除中、切出しナイフのパッケージが捨てられるのを見つけた。

 

一登がその切出しを見つけ、規士に問い質(ただ)す。

 

「何に使うんだ」

「何って、色々だよ」

「なんか、揉(も)め事に関わってないか。顔のアザのことと関係あるのか?」

「ない」

「…使う目的な言えないなら、預かっとく…どこで、誰と遊んでる?」

「名前出したって、分かんないでしょ」

 

1月5日(日)

 

朝食時に規士が帰っていないことで、一登は夜遊びを止めるように言わなかったのかと喜代美に質すが、何度も言っていると反論する妻。

 

夕方、喜代美は、帰宅の遅い規士にLINEをすると、「心配しなくていいから」とメッセージが届き、電話をかけてみるが応答がなかった。

 

夜、戸沢市の車道の側溝に乗り捨てられている車のトランクから、ビニールで包まれた若い男性の死体が発見されたというテレビニュースを夫婦で観る。

 

高校生くらいの2人の男の子が逃げて行ったとの目撃情報と、殺害された男性が激しい暴行を受けた可能性が高く、被害者が10代半ばから後半などという情報を耳にして、喜代美は極度の不安に駆られる。

 

かくて、一登は戸沢署に電話を入れる。

 

団欒が根柢から崩されていくのだ。

 

1月6日(月)

 

翌朝、朝刊で昨日発見された被害者の顔写真入りで、「倉橋与志彦」という高校一年生であると確認し、安堵する一登と喜代美。

 

新聞を見た雅が、規士の友達かも知れないと話すや、戸沢警察署の刑事2人が訪問して来た。

 

「実は、倉橋君の友人関係を調べていくと、複数の遊び仲間と日頃から行動を共にしていたことが分かってきています。そこに規士君も加わっていたようです。今、分かっていることは、その遊び仲間のうち、一昨日から所在が掴めなくなっている子が複数いることです。そして、規士君も、その一人であるということです」

「規士が、事件に関わっているということですか?」

「規士君と事件の関連性については、まだ、何の事実も判明しておりません。ただ、事件の事実関係を知っている可能性は高いと考えています」

 

規士の携帯番号と機種名を聞かれ、パトロール中の警察官が見つけやすくなるので、「行方不明者届」を出すように促される。

 

「それじゃあ、まるで…私たちは、今、このようになっていると聞かされて、気持ちの整理もつかないんですよ。警察は疑うのが仕事でしょうけど、まるで規士が事件を起こして、逃げ回っているみたいな言い方をされて、家族の気持ちも考えてください」

 

しかし、一登は行方不明者届を出すことを申し出る。

 

警察が帰り、一登と雅が家を出た後、週刊誌の記者が自宅に訪ねて来た。

 

「事件があってから、行方が掴めない少年は何人かいます。規士君で3人目です」

 

喜代美は玄関口で、被害者と同じサッカーチームで遊び仲間だった規士について、執拗に聞き出そうとする記者を追い返そうとするが、警察が教えてくれない情報を知っていると話すのだ。

 

雅が通う進学塾では、事件関係の生徒の画像が出回り、噂になっていた。

 

一方、一登は建築中の家の様子を見に行った先で、担当する高山第一建設の社長から、被害者の高校生が、会社の取引業者である花塚塗装店の社長の孫であると聞かされる。

 

居ても立ってもいられない喜代美は、近所のファミレスで、規士と同じ高校の生徒たちに規士の所在を聞き回るが、成果なし。

 

一登が帰宅するや、メディアスクラム(集団的過熱取材)の攻勢を受け、振り切って自宅に戻ると、喜代美から、取材を受けた雑誌記者から、逃げている2人以外に、もう一人が事件に関わっているという重大な情報を知らされる。

 

隣の家から電話で苦情が入り、一登は家を出てメディアの取材を受けざるを得なかった。

 

そこに、規士のクラスメートの女生徒が心配して訪ねて来た。

 

一登はその女生徒から、規士が被害者の他に遊んでいたのが、中学時代のサッカークラブの生徒らのグループであると教えられた後、スルーできない事実を知るに至る。

 

彼女は、サッカーで規士が怪我をした時の試合を見ており、その様子をスマホの動画で撮っていた。

 

そこで明らかになったのは、先輩が故意に、エースナンバーを付けた規士に怪我を負わせたという事実。

 

更に、その先輩は部活帰りに襲われ、足を折られたと言うので、一登は規士を疑ったが、彼女は「そんなことをする人ではない」と言い切った。

 

一方、例の雑誌記者は規士について、生徒たちに取材を進め、その中で、病院送りになった先輩の話を知る。

 

「事件のこと、色々、ネットに書かれている。逃げてるのは誰だとか色々。もう一人死んでいるかも知れないって」

 

夕食時、雅は、そう言って、ネット情報を両親に見せたことから、一登も喜代美もSNSの情報を漁るのである。

 

1月7日(火)

 

家に卵が投げつけられ、担当刑事に相談しても新たな情報も得られず、埒が明かない。

 

愈々(いよいよ)メディアスクラムが膨張し、家族3人は追い詰められていく。

 

受験生の雅もまた、塾に行くことに迷いが生じている。

 

言い争いになる中年夫婦。

 

憔悴し切っているのだ。

 

そんな折、喜代美の母が手料理を持って訪ねて来た。

 

号泣する娘を、母が励ます。

 

「何がどうなっても、たっちゃんを守る覚悟をしなさい。覚悟さえあれば、怖いことはないから」

 

その後、死んだ与志彦を連れ回していたのが規士であると決めつけ、高山が一登に詰め寄り、今後、仕事を引き受けられないと匂わされた挙句、自社のホームページには脅迫まがいの書き込みで溢れ返るのだ。

 

追い詰められた家族の風景が、今、大きく変容していくようだった。

 

逃走しているのは兄であり、家族が犯罪者だと志望校に受からないとまで塾の生徒に言われ、不安に苛(さいな)まれる雅の様子を見て、母もまた決定的な言辞を放つ。

 

「どうなってもいいように、心の準備はしておきなさい…今まで通りにいかないこともあるんだから、雅は雅で、考えておきなさい」

 

ここで、父に吐露した本音を吐き出した雅は、「昔から、お母さんは私よりお兄ちゃんの方が大事だから!」と叫び、泣きながら自分の部屋に戻っていくのだ。

 

喜代美は、規士が加害者か被害者か分かった時点でインタビューを受けるという交換条件で、雑誌記者から取材した情報を得るが、そこで、規士は被害者というより、寧ろ加害者であるだろうと聞かされる。

 

規士が加害者である場合、刑期は5年から10年、億単位の損害賠償が請求されるが、それでも生きていて欲しいかと問われた喜代美は、「生きていて欲しいです」と毅然と言い切った。

 

1月8日(水)

 

冒頭で、住宅デザインを注文した顧客からキャンセルの電話が入る。

 

予想の範疇だったから、特段の反応はない。

 

一登が、規士から取り上げた切り出しが工具箱からなくなっているのを発見したのは、その直後だった。

 

社員に電話で確認すると、規士が4日に持って行ったと聞かされる。

 

そんな折、逃走中の主犯格の17歳の少年が捕捉された。

 

動揺を隠せない家族3人。

 

そんな渦中にあって、女は強かった。

 

反転していくのだ。

 

程なくして規士も捕捉されると確信する喜代美は、スーパーへ買い物に行き、差し入れする弁当を料理する。

 

「どこ、逃げてるんだろうな」と一登。

「望みはあるわよ」と喜代美。

 

どんな状況でも動じなくなった喜代美の強さが、際立っていた。

 

 

人生論的映画評論・続: 望み('20)   堤幸彦 より