<身体疾駆するトランスジェンダーの尊厳を守る闘い>
1 裸の写真を撮られ、検査されるトランスジェンダーの歌手
トランスジェンダーのマリーナは、南米チリ、サンディエゴのナイトクラブの歌手として、毎晩、美しい歌声を披露している。
パートナーの実業家であるオルランドがクラブを訪れ、二人はレストランでマリーナの誕生日祝いをする。
そこでオルランドは、マリーナにプレゼントの封筒を渡す。
中には“イグアスの滝へ行ける券”と書かれた便箋が入っていた。
「その滝は、世界7不思議の一つだぞ」
「ステキね。いつ行く?」
「10日以内に」
実は、オルランドは買った切符を入れた封筒を、サウナから出た後、どこかに置き忘れてしまったのだ。
店から出た二人は、自宅で愛し合うが、夜中に突然、オルランドが体の不調を訴えた。
マリーナが病院へと連れ出そうとした玄関先で、鍵を取りに部屋に戻った際に、オルランドは階段から転げ落ちてしまう。
何とか、マリーナは車で病院に運び込んだが、オルランドは意識不明のまま亡くなってしまった。
57歳だった。
動脈瘤破裂だった。
マリーナは失意のうちに病院を出て、弟のガボにオルランドが死亡した事実を携帯で知らせる。
ガボはオルランドの家族には電話をしないようにと、マリーナに告げた。
マリーナが家に帰ると警察が待ち受け、再び病院に連れられ、警官の質問を受ける。
身分証を求められたマリーナは、手続き中と説明したが、警官はマリーナを女性として認知しなかった。
マリーナが病院から早々に帰ったということで、事件性を疑われたが、そこにガボがやって来て、マリーナへの疑念は、一且、払拭されるに至る。
昼はレストランで働くマリーナの元に、オルランドの元妻・ソニアから電話が入り、オルランドが所有する車などを戻すように督促され、マリーナもそれに応じた。
「いつも謎めいてる」
店長の悪意のない言葉である。
仕事中のマリーナの元に、性犯罪捜査班の女性刑事・コルテスが訪ねて来たのは、この直後だった。
「お金の関係?」
「付き合っていたの」
「体だけじゃなく?」
「健全な大人同士の関係です。それが何か?」
「父親ほどの年齢よ。発作の前に、何か薬は?…セックスは?」
「覚えてない」
「肉体的な負荷はなかった?」
「私たちはノーマルよ」
「オネット(オルランド)さんの体には、擦り傷と殴打痕が。両腕、脇腹、首に。頭部に外傷も……そういう人たち…失礼、あなたみたいな女性は心得てる。何もかも。あなたを支えたいの。正当防衛とか?」
コルテスは、仕事が終わってから連絡するように言ったが、電話しなかったマリーナの留守録に、明日、警察署に来るように命令した。
翌朝、マリーナの寝ているところに、オルランドの息子・ブルーノが勝手にアパートに入って来た。
父の死の背景を疑問視するブルーノは、マリーナに悪態をつき、アパートから直ちに出て行くように言い放つ。
「父は気が狂った。いいか、何も盗むなよ」
捨て台詞を吐き、ブルーノは去って行った。
マリーナは約束通り、車をソニアに返しに行く。
その際に、ソニアは率直にマリーナに語りかける。
「この一年間、あなたをずっと想像してた。想像と全然、違うわ…あの人と一緒の姿を想像できない…オルランドとは38歳の時に結婚したの。ごく普通の夫婦で、普通に暮らしてた。そんな彼から、事情を説明された。私は…こう思った。あなたを傷つけたら、ごめんなさい…変態だって。ごめんね。目の前のあなたが、理解できない…神話の怪物(キマイラ)みたい…ごめんね」
「謝らないで。それが普通よ。気にしないで」
慣れている差別言辞に柔和に反応したマリーナは、先に駐車場を出た。
エレベーターを降りて、ソニアとオルランドの葬儀の話になり、マリーナは葬儀場所を訊ねる。
「そっとお別れを」
「来る気なの?」
「行く権利はあるわ」
「今は、もう私の問題よ…悪いようにはしない。お互い、納得のいく方法で…」
「お金は要りません…オルランドを愛してた」
「通夜も葬儀も来ないで…お願い!私たち家族だけで、静かに葬儀をさせて…家族全員、ショックでうちひしがれてる」
その足で、コルテス刑事の元に向かったマリーナは、暴行を受けていないか調べるために裸の写真を撮られ、検査されるのだった。