1 「今回のクール、視聴率から何まで全部勝って、覇権を取ります!」
「どうしてアニメ業界なんですか?」
「誰かの力になる、そんなアニメを作るためです」
「国立大学を出て県庁で働いているでしょ?なんでわざわざ?」
「王子千晴(おうじちはる)。王子千晴監督を超える作品を作るためです」
斉藤瞳の転職先である、アニメ制作大手「トウケイ動画」の面接での会話である。
7年後。
編集スタジオ ピー・ダック。
チーフプロデューサーの行城理(ゆきしろおさむ)に抜擢された瞳は、初めて新人監督の作品として、『サウンドバック 奏(かなえ)の石』(以下、『サバク』)のテレビ放送に向け奮闘しているが、スタッフとの意思疎通がうまく取れず、ストレスを溜めている。
彼女の覇権争いの対象作品は、憧れの王子千晴監督の『運命戦線 リデルライト』(以下、『リデル』)であり、その王子を支えるプロデューサーは有科香屋子(ありしなかやこ)。
物語は、同じ土曜5時に放送される両者のテレビアニメの視聴率を巡る覇権争いとして展開する。
【「覇権」とは、アニメ業界で、1クールもしくは1年間の間で、映像ソフトを最も売り上げたとされるアニメ。 それぞれ、クール覇権と年間覇権と呼び分けられ、クール覇権は「冬」「春」「夏」「秋」の4作品のこと】
肝心な王子は時々行方をくらます悪癖があり、今回もまた、連絡が全く取れないで有科を悩ませている。
行城はアニメ雑誌の『サバク』の表紙の作画を、スタジオ「ファインガーデン」の「神作画」で有名なアニメーター並澤和奈(なみさわかずな)に強引に依頼し、引き受けてもらう。
「日本を代表するエンターテインメント、アニメ。その市場規模は2兆円とも言われ、毎クール50本近い新作が、今、この瞬間も生み出されている。制作現場で働く人々は、最も成功するアニメ、つまり、『覇権』を取るアニメを生み出すために日夜戦っている。彼らが目指す最高の頂。それがハケンアニメなのだ!」(ナレーション)
コンテ撮→作画打ち合わせ→線撮→美術・CG打ち合わせ→美術→仕上げ→撮影。
これがアニメ制作の行程である。
そのアニメ制作の監督の立場にある瞳は、スタッフに細かな指示を出すが、上手く伝わらない。
相手に聞く耳を持たせる力量不足もあるが、「無意識の偏見」(女性・新人監督)によって、端から相手にされていないようだった。
脚本会議が終わり、残って絵コンテを描きたいと言う瞳を、行城が強引にフィギアの打ち合わせとファッション誌の取材に連れ出す。
四季テレビの製作局長・星に、一週間音沙汰のない王子について詰問される有科。
「王子監督。何年か前に急に降りてるよね。戻って来なかった場合、あなたに責任取れるの?億単位の金がかかってるんだよ!」
何も答えられない有科は、『リデル』の監督交代候補リストを渡される。
一方、録音スタジオで、主役担当の声優・群野葵(むれのあおい)のセリフの音入れで、何度もダメ出しする瞳。
群野はついに泣き出し、スタジオを出て行ってしまった。
「私は反対したんです。ルックスだけで実力のないあの子入れるの」
「彼女は人気があります。客を呼べる。そうでもしないと、無名監督のあなたは、王子千晴に勝てません」と行城。
自宅に帰ると、アパートの隣室に住む小学生のタイヨウが、瞳の飼い猫と遊びにベランダに上がり込んでいた。
「好きなアニメとかある?」
「ない」
「あまり好きじゃない」
「て言うか、好きじゃない。アニメってみんなウソじゃん。現実にはヒーローとかいないし、あんなの信じて、みんなガキだよ」
瞳は自分が子供の頃のことを思い起こす。
友達の差し出す魔法のステッキを拒絶し、「この世界には魔法なんてないんだよ」と言い返す少女・瞳。
そして、瞳と王子の対談の当日。
然るに、この期に及んで姿を見せない王子に、有科は諦めの境地になっていた。
そこに突然現れた王子を、思い切り殴り飛ばす有科。
ハワイに行っていたという王子は、11話までを描き上げており、最終話はこれからだと言うや、有科に絵コンテを渡す。
大勢のファンたちが集合する会場の舞台に登壇するのは、圧倒的人気を誇る王子と、おまけのような無名の新人・瞳。
それぞれのアニメ映像が流れ、作品について自ら解説する。
アニメは「オタクや一部のファンのものではなく、普通の人の一般的なものへ変化しつつあります。更に、一億総オタク化という言葉すら生まれています」という司会者の物言いに異を唱える王子。
「ずいぶん、上からの言葉ですね。あのさ、世の中に、普通の人なんていないすよ…暗くも不幸せでもなく、まして現実逃避するでもなく、この現実を生き抜くための力の一部として俺の作品を必要としてくれるんだったら、俺はその人のことが自分の兄弟みたいに愛おしい。なぜなら俺もそうだったからね。だから、総オタク化した一部の人々なんていう抽象的な表現じゃなくて、そういう人のために仕事ができるんなら、俺は幸せです」
約束されたように沸き起こる万雷の拍手。
今度は、王子監督の『光のヨスガ』に憧れてアニメ業界に入ったという瞳に話が振られる。
「私、子供の頃、アニメに全然興味なくて、魔法少女に選ばれるのはいつも最初からキレイな家で、可愛い顔している一部の女の子だけだって思ってました。でも、『ヨスガ』は違った。団地に住んでる何でもない子が主人公で、私の子供の時と変わらなくて。『ヨスガ』に会って、初めて今までの自分の人生が肯定されました。魔法にかけられた。私がこの業界に入ったのは、見てくれた人に魔法をかけられるような作品を作るためです。だから、憧れの王子監督が裏の枠にいるのは光栄です」
「どうもありがとう。でも、そっちが裏ね。こっちは表」
「それは視聴者が決めることだと思います」
「確かに。じゃ、視聴者に決めてもらおう。どっちが表か」
ここで瞳は立ち上がり、王子に宣戦布告する。
「私、負けません!!」
「どうした急に」
「…今回のクール、視聴率から何まで全部勝って、覇権を取ります!」
会場を包み込むような哄笑(こうしょう)の渦。
その様子を真顔で見つめる行城。
対談が終わり、王子は有科に訴える。
「最終話でさ、主人公殺しちゃダメ?今度こそ、ちゃんと殺したいなって」
「夕方5時は、子供が観る枠です」
「有科さんって、枠とかで内容変える人なんだ」
一方、瞳は「言い過ぎた」と悔いて、悄然(しょうぜん)として俯(うつむ)くことになる。
放送局の幹部会議で、有科は王子の最終話の意向を、主人公の死を例えとして伺いを立てるが、呆気なく却下されるのは自明だった。
その直後、王子の家を訪ねた有科は、土産を買ったレシートからハワイには行かず、ホテルにいたことを知るに至り、本音を吐露する王子。
「描くことの壁は、描くことでしか超えられないんだ。気分転換なんて、死んでもできない。ひたすら、噛り付くようにやるしかないんだ」
初回放送の日の、それぞれのイベント。
『サウンドバック』公開招待上映会は、アイドルの群野を目当てに多くのファンが集まり、登壇した瞳は、群野の音頭で万雷の拍手を浴びる。
初回の視聴率は同率1位。
しかし、2回目は早くも『リゲル』が1位となり、SNSの話題は「リゲル」を絶賛するものばかりとなり、その差はどんどん開いて『リゲル』の独走状態となる。
声優の群野とは相変わらずしっくり行かず、王子にも彼女のインスタやツイッターをチェックしたかと心配される始末。
スタッフも匙を投げ始め、「新人で、しかも女の監督」で元々反対だったと話しているのを耳にしてしまう瞳。
「所詮、代打か」と宣伝担当の越谷。
「次はないっすね。こんな大舞台でコケたら」と制作デスクの根岸。
精神的に追い詰められていく新人監督が、意地でも捨てられないスポットで辛うじて呼吸を繋いでいた。
人生論的映画評論・続: ハケンアニメ!('22) 「義務自己」「理想自己」を粉砕する原点回帰への時間の旅 吉野耕平 より