橋のない川 第二部('70)   闘い切った映画作家の本領の眩さ

スケッチブックを抱えて、川の対岸を歩いている杉本まちえ(以下、まちえ)の姿を見て、畑中孝二(以下、孝二)は、「まちえさ~ん!」と何度も呼びかけるが気づいてもらえない。

 

夢だった。

 

高等科を優等で卒業した孝二は18歳となり、ガラス工場で熱心に働いていたにも拘らず、皆が部落出身者と一緒に働きたくないという理由で、職場を解雇されてしまう。

 

列車の中で、相変わらず酒浸りの永井藤作(以下、藤作)に声をかけられ、藤作が靴の修理で身を立てていることを知る。

 

孝二の祖母・畑中ぬい(以下、ぬい)は、孝二が解雇された件で、安養寺の秀賢和尚(しゅうけんおしょう)に相談する。

 

「あの子は今度で5篇目だんね。わい、工場の親方に文句言いに行きたいねん」

「…なんぼ四民平等、言うたかて、部落のもんも世間に嫌われようにせんにゃあかんな。早い話が、永井藤作や…子供は学校にあげん、娘はオヤマ(遊女のこと)に売るわ、家は汚のうて、風呂にも入りよらん。小森でも嫌われ者じゃ」

 

孝二は、大阪の米店で働く兄の誠太郎の職場を訪ねた。

 

誠太郎の店の旦那は、誠太郎が小森出身と知って、長年雇い続けてくれている理解がある人だと話し、孝二を紹介すると誘うが、兄に迷惑がかかるからと辞退する。

 

小森出身を隠して就職する者もいる中、孝二はバレるのをビクビクするのは嫌だと言って、出自を隠さず就職活動をするが上手くいかず、結局、草履作りを止め、今は靴作りをしている小森の志村国八の店で働くことになった。

 

そんな孝二は町の本屋で、島崎藤村の『破戒』を買いに来たまちえの声を背中で聞いたが、一瞬振り向いただけだった。

 

まちえは坂田小学校の教師になっていた。

 

その夜もまた、まちえの夢を見る孝二。

 

傍らで母のふでとぬいが、シベリア出兵(ロシア革命に対する列強の軍事干渉)の話をし、近々、兵役検査を受ける誠太郎を案じる。

 

そんな折、誠太郎は旦那の安井徳三郎から、7年の年季明けの祝儀を受け取った。

 

徳三郎の妻・みきからは、兵役検査で着る着物を贈られ、誠太郎は感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。

 

「7年間も同じ釜の飯を食うてきたんや。親子みたいなもんやないか」

「何をおしゃいますねん。わてみたいな生まれもん」

「それを言いないな。それを言うたらあかんねん。どんな生まれかて、人間ちゅうものは精神や。お前くらいの人間やったら、どこへ出したかて立派なもんや」

 

みきにも、「…どんな生まれかて、人間に変わりはあらへんやさかい」と言われた誠太郎は、涙ながらに深々と頭を下げるのだった。

 

更に徳三郎は、兵隊検査を終わって入隊するまで、番頭として働いてもらうと話すのである。

 

甲種合格した誠太郎が実家を訪れ、父の仏壇に報告する。

 

【戦前の徴兵検査には、甲種(身体頑健)・乙種(甲種に劣るが兵役に適する)・丙種(合格だが現役に適さず)・丁種(障害者/兵役に適さず)・戊種(ぼしゅ/病気持ちのことで、翌年に合格見込みあり)の5種類ある】

 

ところが、シベリア出兵で米が高騰し、更に東北の凶作で金持ちの問屋が米を売らず、益々米の値段が上がるだろうという話となった。

 

「朝鮮から米を買い上げてな、代わりにまずい南京米を朝鮮人に売りつけているんや」

「えげつないこと、しよるもんやな」とふで。

 

志村で誠太郎の甲種合格の祝いを開き、そこに秀賢和尚も参加した。

 

秀賢は共同風呂を提案し、部落の衛生観念の向上を訴えたが、身体を洗っても部落は消えないと反論する者も出る。

 

それよりも、部落の若い女たちが村から出て行き、自分たちが結婚もできない現実を改善すべきだと訴えるのだ。

 

「ほんまのとこな。わしら在所の娘に惚れることだってありまんねん。ほんまに後ろから抱き付きたいぐらいの娘に会いまんねん。そやけどな、おのれが部落やと思うと、水を浴びたように寒うなりまんねん。せやからな、わしの嫁はん、部落の娘しかおらへんねん。その娘がいんようになったら、わしら一生嫁もらえへんがな。部落改善言うんやったら、こっからやっておくんなはれ」

 

ここで若者たちの拍手が起こる。

 

藤作は、売りに出した娘のお夏の店に金を無心に訪ね、夏はいつものように借金を重ねて金を工面するのに待っている間に渡された小銭も、すぐに焼酎代に使ってしまう始末。

 

その夏には小森出身の杉本清一(きよいち)という恋人がいて、客として訪れた清一が肺結核を患っており、夏もまた身籠った体で、追い詰められた二人は将来を悲観して心中してしまうのだ。

 

その知らせを受けた清一の母・かねは藤作の家に走って来て、一人息子が夏のために殺されたと、さよに怒りをぶつける。

 

ぬいがそれを因縁だと宥(なだ)めると、「わいは、あの子一人が頼りやったんや」と泣き崩れた。

 

遺体の本人確認の帰りの汽車で、別々に座っているさよにかねが声をかけ、隣に座らせる。

 

「夏ちゃんのお骨な、清と一緒に埋めたらどやねん」

「そら、ほんまだっか?」

「何もかも因縁やでな」

「そうしてもろたら、この子はどない喜ぶか知れまへんけどな」

「…こうなったらな。夏ちゃんは清の嫁はんや。わいら親類になったんやでな。仲ようしてな」

「おおきに」

 

抑えていた感情が吹き上げ、さめざめと泣くさよ。

 

同じ列車の中で、まちえが小学校時代の恩師・柏木はつと再会していた。

 

孝二と会っているかと聞かれたまちえは、「いいえ」と答える。

 

「畑中さんは、私のことを憎んでいらっしゃると思います」

「あのことで?」

「…私が悪かったのですわ。好奇心であんな失礼なことをしてしまって」

「あなた、今でもそう思ってらっしゃるの?」

「はい。受け持ちの生徒に、やはり小森の子供がおりますから。忘れたくとも…」

 

柏木は、一度孝二と会って話をしてお詫びをすれば、気持ちもすっきりするのではないかと進言する。

 

【「あのこと」とは、前作で描かれていた、まちえが好奇心で孝二の手を握った一件。後で、まちえは、以下のように謝罪する。「うち、御大喪(ごたいそう)の晩、あんたの手握ったやろ。あれな…うちな、あんたらの手、夜になったら蛇みたいに冷(つめ)となるって聞いたんや。そやさかい、畑中さんの手、試したんやわ。堪忍な。堪忍してな」】

 

こうして二人は、神武天皇御陵で会うことになった。

 

「藤村の『破戒』、手に入りましたか?」

「いいえ。どうしてそのことを?」

 

孝二はその本屋にいて、どうして声をかけられなかったのかと言えば、「それは、僕が部落の人間だからです」と、子供の時は知り得なかった部落の歴史について話し始めた。

 

「ここは部落民にとっては試練の土地です…部落民が試されたんです。この御陵は国家が最近大掛かりな改造を行っています。その時、昔からあった部落は強制的に取り払われました。恐らく部落は汚いということからだと思いますが、部落は他の場所に移されたんです…ここを追い立てられた部落は、国の手で新しい部落が作られました。家は新しくなり、元の部落にはなかった共同風呂もできました。しかし、部落の人たちの気持ちは複雑です。そうしたことを国の恩恵として喜ぶ人たちと、反対に屈辱に感じる人たちに分かれたからです…部落の歴史は、部落の屈辱の歴史です。狭い土地に押し込められ、仕事を選ぶ自由も与えられず、世間の人たちが捨てるようなものを食べて生きてきたのです。いつの時代でも、部落民は最低の人間でした。いえ、人間以下に扱われていたと言ってもよいかも知れません。ですから部落の人間は夜になると、蛇のように体が冷たくなると信じられてきました」

「それをおっしゃらないで」

「僕はまちえさんを責めているのではありません。世間の人たはそう思っていても、僕らに向かっては、決して口には出しません。ただ、その目で僕らを見るのです。あなたは正直にそれを僕に教えてくれました」

「お詫びのしようもございません」

「いえ、今の僕には寧ろ楽しい思い出なんです」

 

その明治天皇の大喪礼の日を回想する孝二。

 

そして、対岸を歩くまちえの名を呼ぶ夢の話をし、まちえは涙を零しながら聞いている。

 

「気がついてみると、あなたは川の向こう岸を歩いているのです。僕はこちら側の岸を走りながら、あなたを呼び続けました。でも、あなたには聞こえません。川には橋がなかったのです」

 

まちえは「紅葉(もみじ)」を歌い始め、孝二もそれに続き、二人は小学生の頃のように、並んで合唱する。

 

一方、藤作の家に、死んだ夏の店から借金の取り立てが来て、その形に妹のしげみが大阪へ奉公に出ることになった。

 

自ら進んで行くというしげみは、自分がいなくなれば食い扶持が浮くと考えたのである。

 

志村の店では、秀賢の息子・秀昭(ひであき)が社会主義者となって警察に追われているという噂が話題に上っていた。

 

その頃、高騰した米価と品不足で人々は困窮し、小森の村民たちの生活も脅かしていた。

 

南京米(高アミロース米だから粘り気が少ない)すら手に入らなくなり、さよと岩造は町に買い出しに行くが、馴染みのない顔で小森出身と分かると即座に断られるのだ。

 

「米の代わりに泥でも食うとれてぬかすねん」と岩造。

 

腹を空かした藤作の息子2人が、西洋料理店に入って、食べ逃げしようとするところを、数年ぶりに小森へ帰って来た秀昭が支払って救っていた。

 

一方、徳三郎の家では、誠太郎が兵役で不在となるので、娘のあさ子の婿取りの話を進めていたが、叔父の元次郎(もとじろう)が持ってきた縁談話に乗り気でないあさ子には、他に好きな人がいたのである。

 

その様子を察した元次郎は、それなら力になると言うので、誰とは言い出せないあさ子は手紙で知らせることになる。

 

配達へ行く誠太郎を外で待っていたあさ子が自分の思いを伝えると、誠太郎は泣きたいほど嬉しかったが、それが許されないと分かっていた。

 

しかし、あさ子は叔父も力になってくれると言って、誠太郎を説得する。

 

「わて、夢見てるんやないだろうか」

「誠太郎はん、大丈夫やな?」

 

誠太郎の手を握るあさ子の手を、誠太郎は満面の笑みで握り返すのだった。

 

青春が弾け、何かが変わり、何かが起こりつつあった。

 

人生論的映画評論・続: 橋のない川 第二部('70)   闘い切った映画作家の本領の眩さ  今井正