1 「うっ血性心不全よ。ここままでは週末までに死ぬ。死んでしまう」「僕は最悪な人間だ。分かってる。すまない」
オークリー大学の遠隔始動プログラムのオンライン講師をしているチャーリーは、学生たちに向けた講義をしているが、アップされた生徒たちの画像に囲まれた画面中央の講師枠は真っ黒で、チャーリーの姿は写し出されていない。
月曜日
ゲイのポルノ動画を観ながら、オナニーする巨漢のチャーリーの元を、雨の中、突然一人の若者・トーマスが訪ねて来た。
苦しそうにしているチャーリーを見て、「救急車を呼びます?」と声をかけるが、これを読んでくれと紙を渡す。
「“見事な小説『白鯨』で、語り手は海での体験を話す”…」
呼吸が落ち着いてきたチャーリーは、再びトーマスに病院へ行くように勧められるが、それを断って、エッセイを読んでくれたことに感謝し、帰るように促す。
「本当に大丈夫?」
「君は誰なんだね?」
「福音をご存じです?キリスト教の教えを人々に…」
トーマスは伝道師だった。
それを聞いて、チャーリーは看護士の友達を呼ぶからと言うので、トーマスは帰ろうとするが、まだ何が起こるか分からないと不安になり、しばらく留まってもらう。
トーマスがどうして文章を読ませたかを聞くと、「死ぬなら、もう一度最後に聞きたくて」と答えるチャーリー。
友人の看護士のリズが来て、「救急車を呼んで」とチャーリーに指示するが、「健康保険がない」と言って断る。
血圧は上が238、下が134に達していた。
様子を見ていた若者が帰ろうとすると、リズが「“ニューライフ”の人ね?」と声をかける。
その新興宗教の教会役員はリズの父親で、リズは赤ん坊の時に養子になったのだった。
「クソ教会」と罵るリズ。
「バカげた終末論ばかり…手助けには感謝するけど、彼を改宗させる気なら…」
「改宗ではなく、人々に希望を」
「あなたはいい人だけど、聞きたがらない…彼、すごく苦しんだから…彼氏が死んだの」
「つまり教会が…」
「彼のボーイフレンドを殺したのよ。私もニューライフには、散々苦しめられたから、あなたには来てほしくない。特に今週はね」
「なぜ?」
「来週は彼、たぶんいない」
トイレから出て来たチャーリーに、再度、病院行きを促すリズ。
「うっ血性心不全よ。このままでは週末までに死ぬ。死んでしまう」
「僕は最悪な人間だ。分かってる。すまない」
リズは宣教師を返し、再三再四、病院行きを進めるが、保険保険に入っていないチャーリーは何万ドルにもなるであろう治療費を返せないことを理由に行こうとしない。
「見てるのは、つらい。友達だもの」
夜になり、一人テレビを観ていたチャーリーは、上着を脱ぎ、『白鯨』についてのエッセイを暗唱しながら寝室に向かう。
「彼の人生のすべては、その一頭のクジラを殺すこと。悲しいと思う。なぜなら、クジラには感情などないのだ。ただ大きく、哀れな生き物だ。エイハブ(船長)のことも気の毒に思う。なぜなら彼は、自分の人生がクジラを殺せば、よくなると信じているからだ。でも、実際にはどうにもならない。私はこの本を読んで、自分の人生を考えた…」
ベッドに横たわったチャーリーは眠りに就く。
火曜日
パソコンで「うっ血性心不全」を検索し、血圧を入力したら、ステージ3であると知り、一旦は引き出しに戻したスナック菓子を再び取り出し、暴食するチャーリー。
電話をかけ、高校生になった娘のエリーを自宅に呼ぶ。
母親に内緒で訪れたエリーは、学校の様子を訊かれ、実習仲間の悪口を投稿して、今朝退学になったと話すのだ。
「高校なんか、くだらない」
「大事だぞ。卒業しないと…」
「今頃、親ぶるの?」
「違うよ。悪かった。一緒に過ごしたいと思っただけだ」
「私はイヤ。おぞましい姿…外見じゃない。太ってなくてもサイテー。8歳の私を捨てて、家を出たクソ野郎。学生とヤるために。」
帰ろうとするエリーを「金を払う」と引き留め、卒業に必要な単位のために勉強も教えると提案すると、エリーはそれを受け入れ、エッセイの手直しを頼んでくる。
エリーに幾らくれるのかと訊ねられたチャーリーは、銀行にある12万ドルすべてを母親には内緒で渡すと言い、自分のために何か書いてくれと要求する。
「君は頭がいいから、一流の書き手になれる。ぜひ何かを得てほしいんだ」
その言葉を無視して、「理解できないよ」と玄関のドアを開けたエリーは振り向くや、チャーリーにここまで歩行器なしで歩いてくるよう命令する。
チャーリーは言われた通り、ソファから立ち上がろうと手をついたサイドテーブルが壊れてしまう父の姿を目視したエリーは、ドアを閉めて帰って行った。
夕方、リズがやって来て、娘が来たことを知り、今は関わるべきではないとチャーリーを諭す。
「8歳で別れたきりよ。宿題で絆を取り戻すの?こんな状態の時はダメ」
リズがセットした、リラックスしてストレスをコントロールするために深呼吸や汗の管理する機器を外してしまうチャーリー。
「あの子が心配なんだ」と吐露し、エリーが投稿しているブログを見せる。
とにかく来させてはダメと言うリズに、分かったと答え、リズに渡された夕食のサンドウィッチにかぶり付くや、喉に詰まらせ窒息しそうになり、リズが思い切り背中を叩き吐かせたことで、チャーリーは一命を取り留めた。
水曜日
オンライン授業で講義するチャーリー。
「…よく考えて書き、推敲し、主張の真実性を問うこと。バカらしいと思うだろうが、とても重要なことだ…」
その直後、エリーが宿題を持って来て、チャーリーが母親のことを聞こうとすると、帰ろうとする。
「帰りたいなら、帰れ。お金はあげる」
「私を知る気は?」
「あるとも。だがムリは言わない。君次第だ」
エリーは再びソファに座り、ママは元気で、酒があれば幸せ、11歳の時に町の反対側へ引っ越し、パートナーはいないなど、チャーリーの質問に答える。
「なぜ太ったの?」
「親しい人が亡くなり、そのことで影響を受けたんだ」
「彼氏ね」
「パートナー」
「教え子」
「大人だよ。夜学だし」
「彼を覚えてる」
なぜ死んだかを聞かれたチャーリーは、「今は話したくないよ」と答え、エリーに思いのままに書くようにノートを渡し、バスルームへ行って嗚咽する。
その声を聞いたエリーは、「大丈夫?死にそうなら、入るけど」と声をかける。
チャイムが鳴り、教会のパンフレットを届けに来たトーマスにエリーは、明日も来るようにと言って、帰って行く。
トーマスはニューライフの教義を語り始めるが、チャーリーは既に出版物は凡て読んでいた。
「救済に興味がないんだ。月曜のことは感謝するが、帰ってくれ」
「神が僕をここへ導き、あなたが必要な時、僕はドアを叩いた。力になれることはないですか?そのために宣教師になったんです」
「…トーマス、正直にいえ。私はおぞましいか?」
「いいえ。力になりたいです。力にならせて下さい」
チャーリーは落とした部屋の鍵をトーマスに拾ってもらうと、リズが肥満用の車椅子を運んで来た。
トーマスがいるので、リズは帰そうとするが、気が変わって話をすることにした。
外のデッキの椅子に座り、トーマスがアイオワのウォータールーから、大学の前に宣教師の活動をするために一人でやって来たことなどを聞き出す。
リズはトーマスの正面に座り直し、話を始めた。
「兄はニューライフの宣教師で、南米へ行った。私は“厄介者”で、12歳で教会を拒否した。父は私を見限ったけど、兄は心からニューライフを愛してた。数か月して“疲れた”と手紙が来たけど、結婚を嫌がり帰らなかった。父が決めた相手は兄がよく知らない教会の人の娘。帰国後、兄は別の人に恋し、新たな人生を築いたけど、父は教会と家族から兄を追い出した。兄は教会のことを忘れられると思ったけど、まるで癌のように心を蝕(むしば)まれ、夜も眠らず、食事もせず、痩せ細っていった。ある晩、戻ってこなくて、数週間後、ジョギング中の男性が、川岸で何かを発見した。アランだった。チャーリーの最愛の人で、私の兄…父は未だに認めない。信徒たちに“アランの死は、不幸な事故”と話した。兄のことを、最後まで否定する気よ」
涙を眼に溜めながらリズが話し終わると、下を向いていたトーマスが応える。
「あなたは僕を信用しないし、僕は彼を数日しか知らないけど、最も必要とする今、神が僕を彼の元へ。救うために」
「いいこと!彼に救いは必要ない。数日できっと死んでしまう。あなたは引っ込んでて!私だけが力になれる」
チャーリーが「リズ」と声をかけると、トーマスは帰って行った。
リズも夜勤へ出かけ、いつものようにピザ屋のダンが届けに来て郵便受けからお金を持って行く。
今日もまた、こうしてチャーリーの短い一日が閉じていくが、この短かさは男の命を縮めゆく時間の短かさだった。