希望のかなた('17)   並外れて優しき者たちの利他的行為の結束力

 

1  「戦争のないこの国で暮らしたい。言葉を覚え、仕事をして、妹も呼びたい。ここなら妹の未来がある」

 

 

 

ヘルシンキの港に着いた貨物船のコークスに紛れて密入国したシリア難民のカーリドは、街に出て駅下のシャワーを浴びてから警察へ行き、難民申請をした。

 

一方、ヘルシンキでセールスマンとして働くヴィクストロムは、アルコール依存の妻に鍵と結婚指輪を渡して家を出た後、簡易宿泊所に泊る。

 

車に積んだシャツを得意先の店に届けるヴィクストロムは、馴染みの洋品店の女店主に、「商売替えをする。在庫を引き取らないか。半額でいい。シャツ3000枚だ」と話をもちかけた。

 

「ムリよ。クリスマスに辞めてメキシコへ。日本酒を飲んでフラを踊るの。毎日が穏やか過ぎて飽きちゃった。どんな商売を考えてるの?」

「レストランをやりたい。表向きはね」

「儲かるわ。不景気だと皆飲むし。好景気なら尚更よ。私がメキシコへ行ったら、お別れね」

 

収容されたカーリドの入館管理局の面接が、カーリドのアラビア語を通訳しながら始まった。

 

「僕は修理工で、アレッポのはずれの修理工場で働いていた。去年の春の4月6日、仕事から帰ると大変なことが起きていた。大勢の人が集まっていて近づいてみると、家が粉々に破壊されていた。誰のミサイルか、政府軍か反政府勢力か、米国かロシアか、ヒズボラかISか、パンを買いに出た妹のミリアムも戻ってきた。すぐにガレキを掘った。近所の人も手伝ってくれた。朝までに父と母と弟が見つかった。一緒にいたおじ夫婦と子供たちも。その翌朝、ボスに6000ドル借りて埋葬した。僕らはいとこの運転でトルコ国境へ行き、歩いて越えた。幸運にも国境警備兵はいなかった。2週間後、密航業者に3000ドル支払い、船でギリシャへ。歩いてマケドニアからセルビアに入ったが、ハンガリー国境で混乱に巻き込まれ、妹を見失った。国境は封鎖されるところで、見ると妹は反対側に。僕は警官隊をかき分けて戻ろうとしたが、警官につかまれ投げ飛ばされた。手錠をされ留置所へ」

「暴力を受けたことは?」

「ずっとだ。妹は3回もさらわれかけたが…(善意の人に守られた:書記の通訳)」

「なぜボスは大金を貸してくれたのですか?」

「婚約者の父だ」

「今、彼女はどこに?」

「内戦が始まった頃、死んだ」

「留置所のあとは?」

「連中に殴られたが、4日後に解放された…妹は見つからない。難民キャンプを尋ね回ったが手がかりもない。2カ月間、ハンガリースロヴェニア、ドイツも回った。妹が僕を探しているかと、セルビアも」

「どうやって国境を?」

「簡単だ。誰も僕らを見たくない。厄介者だから」

「どこかの国で難民申請は?」

「してない。自由に動いて妹を捜したかった。きっと生きてる。ここで感じるんだ」

 

カーリドはそう言って、妹の写真を見せた。

 

審査官はをそれを見て、妹の名前と生年月日を訊ねた。

 

「それと姿形を詳しく。捜査願を出します」

 

倉庫のシャツを売り払ったヴィクストロムは、手に入れた金でポーカーの店へ入ると、年寄りだらけの客がカードを興じていた。

 

ヴィクストロムは朝まで賭けポーカーで勝ち続け、大金を手にした。

 

「二度と来ないでくれ」

「心配するな。もう来ない」

 

ヴィクストロムがイカサマ師でないことを知って追い返したというユーモア含みのエピソードだが、その足で不動産屋へ行ったヴィクストロムは、“ゴールデン・パインント”というレストランの物件を買った。

 

ウェイターのカラムニウス、調理人のニュルヒネン、ウェイトレスのミルヤの3人の従業員も契約でそのまま雇うことになる。

 

前の支配人の男は、従業員たちに明日給料を必ず振り込むと約束して店を後にすると、そのまま空港へと向かった。

 

店は繁盛しているが、給料を払われていないカラムニウスは、新しい支配人となったヴィクストロムに給料の前払いを申し出る。

 

「分かった。ほかの者には内緒だぞ」

「約束します」

 

カラムニウスが小切手を受け取り支配人室から出ると、順番に並んで待っていたミルヤが部屋に入って行き、後ろにはニュルヒネンも待機していた。

 

カーリドは収容所で知り合ったイラクの避難民であるマズダックに携帯を借り、いとこに電話をかけたが、ミリアムからの連絡はなかった。

 

カーリドが飲みに誘うと、マズダックは馴染みの店へカーリドを連れて行き、フィンランド語を上手に駆使して注文する。

 

ギターの演奏が始まるが、ここでも老人が弾き語りをしている。

 

マズダックは一年もいるのに身動きが取れないと話す。

 

家族を呼ぶには仕事を3つ掛け持ちしないと。今の俺じゃ、誰一人幸せにできない」

「満足してそうに見えるけど」

「装っているのさ。暗い顔をしてると真っ先に狙われる。全員送還されたよ。俺は若いんだ。死にたくない…家が襲われた時、街に出てて助かった。その翌朝、俺は荷物をまとめて逃げたんだ」

「俺もニコニコしたりして、楽しそうに見せるべきか?」

「ああ、その方が身を守れる」

 

管理局審査官の面接で宗派を聞かれたが、「好きにしてくれ」とカーリドが言ったので「無宗教」とされた。

 

「なぜフィンランドへ?」

「偶然だ。ポーランドグダニスクの港のそばで、スキンヘッドのネオナチに襲われた。それで逃げ込んだのが貨物船だ。疲れて眠ってしまい、気づいたら海の上だった。船員の一人に見つかったが見逃してくれた上に、食事も運んでくれた。舟はフィンランド行きだった。彼にどんな国か尋ねたら、誰もが平等でいい国だと。内戦を経験していて、自国の難民も生んだ。国民は決してそれを忘れない。とにかくいい人々のいい国だと」

「どう思った?」

「僕は幸運と」

「今は?」

「戦争のないこの国で暮らしたい。言葉を覚え、仕事をして、妹も呼びたい。ここなら妹の未来がある」

「あなたの未来は?」

「関係ない」

 

警察に呼び出され、審査の結果を言い渡される。

 

アレッポでは…“重大な害”と言えるほどの危険は発生していない…保護の必要性は認められない。あなたは明日、我が国の費用負担でトルコのアンカラへ移送のこと。トルコ当局がシリア国境へ送る。これから施設へ戻すが、明朝まで外出は禁止とする」

 

カーリドは手錠を嵌められ施設に移送された。

 

「国連はシリア情勢を憂慮しています。この24時間でまた、多くの犠牲者が出ました。昨日、政府軍がアレッポの小児病院を空爆したのです。停戦は崩壊の危機です。政府軍と反体制派の先頭により、この水曜と木曜で61人が死亡。最も壊滅的な被害の出たのが小児病院です。政府軍の無差別空爆で27人が死亡。支援物資の輸送はさらに困難となるでしょう…ロシアの支援により政府軍は、東部の反体制派の支配地域を攻撃。市民には食料も燃料も医薬品も不足しています。少なくとも歴史は、5年に及び殺戮を強く非難するでしょう。現在、民間人への焼夷弾や、特に地中貫通爆弾(バンカバスター)の使用は戦争犯罪とされています…」

 

このテレビ放送のニュースを、虚ろな眼差しで見つめるカーリド。

 

マズダックに気晴らしに楽器を弾くように言われたカーリドは、シリアウード(弦楽器)を奏で、その美しい音色が聴く者の心を浄化するようだった。

 

【シリア内戦の趨勢を決する戦闘と化した「アレッポの戦い」(2012年―2016年)は、アレッポ市内を東西に分断する政府軍と反体制派との激しい軍事衝突だったが、アサド政権を支持するロシア空軍による空爆によって戦況が一変し、政府軍が勝利を収めるに至る。この間、多くのシリア難民を生み出し、最悪の人道危機を招来する。なお化学兵器禁止条約に調印していながら、この戦いでアサドは化学兵器を使用した事実が分かっている】

 

 

人生論的映画評論・続: 希望のかなた('17)   並外れて優しき者たちの利他的行為の結束力  アキ・カウリスマキ