DVの犯罪性を構造的に提示した映画「ジュリアン」 ―― その破壊力の凄惨さ グザヴィエ・ルグラン

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1  寄る辺なさ生活拠点を失った男と、男によって奪われた母子の〈生〉の現在性

 

 

 

「両親は離婚して、ママと姉と住んでいます。もうすぐ、姉さんの誕生パーティーです。おじいちゃんの家に住んでます。勉強は一人でちゃんとやっています。友達がいっぱいいて楽しいです。あの男が来るのが怖くて、外で遊べません。おじいちゃんも怒鳴るから最悪です。あの男はママをいじめてばかりいます。ママのことが心配なので、離婚はうれしい。僕がママと姉さんのそばにいないと。僕も姉さんも、あいつが嫌いです。週末の面会を強制しないでください。二度と会いたくありません」

 

これは、離婚後の親権を巡る家裁で読み上げられた、11歳の息子ジュリアンの陳述書である。

 

読み上げたのは家裁の調停員。

 

この嫌悪感に満ちた陳述書を聞いているのは、ジュリアンの父アントワーヌ・ベッソン

 

以下、親権を巡る家裁での、長い離婚調停の弁論の内実。

 

「子供2人の親権ですが、18歳のジョセフィーヌは対象外。しかし、ジュリアンは、まだ子供。それで希望を聞いたのです。夫側の要求には同意できません。ベッソン氏は、共同親権を求めており、近隣に引っ越して来ました。ですが、子供たちは明らかに会いたがっていません。ジュリアンは父親に対し、厳しい表現を使って拒絶しています。子供たちが不安を感じる理由を示すものとして、父親の暴力による長女のケガの診断書を添付しました。従って、子供たちが母親と暮らせるように求めます。ジュリアンが父親と会うかどうかは、彼の意志に任せるよう、取り決めを希望します。彼女は離婚訴訟を取り下げ、精神的負担のかかる調停を選びました。理由は夫に脅されたからです。電話をしたり、実家に押し掛けたりしたのです」

 

ミリアム側の弁護士の陳述である。

 

「証拠はありますか?」と調停員。

「彼女の両親の証言があります」

「脅迫の証拠です」

「いいえ。番号を頻繁に変えたため、録音が残っていないのです。条件の話に戻りますが、妻側は慰謝料は要求しません…貯金もなく、ゼロからの再出発になります…新居を探すための費用も早急に必要なので、共同財産の5000ユーロ分を前金として頂きたい。夫に対し、支払い命令を出すことを要請します」

 

今度はアントワーヌ側の弁護士。

 

「確かにジュリアンは、父を悪く言っています。でも、子供の教育は両親2人の責任です。ベッソン氏は近くに移住し、共同親権を求めただけ。脅迫や娘への暴力で非難されるとは心外です…彼の両親も孫と会えなくなり、被害者と言えるでしょう。また、同僚は彼はリーダーで、穏やかな人物を評価しています…“心が広く自然を愛し、飲酒もしない”とのことです。いたって普通の人間であり、先ほど話に出た人物像とは、全く違います。脅迫の証拠があるなら、警察に訴えて捜査すべきです…控えめに言っても、父と子の絆を断ち切ったのは夫人です。それ以来、彼は子供と話すことさえできません。実家の電話番号も分からない。確かにベッソン氏は、夫人の実家に押しかけ、車中で夜を明かしました。でも子供に会いたいが故にやったことです…(略)ベッソン夫人は、子供の権利を奪ったのです…ですから、要求は変わりません。2週に1度、土曜の昼から日曜午後6時までの面会です。彼は近くに住んでいるので、親権は共同とし、隔週末と休暇に会わせて欲しい。彼女の住所も必要です」

「ジョセフィーヌの診断書ですが、何があったのですか?」と調停員。

「ボーイフレンドのサミュエルと…娘が帰宅するのを待ち、殴ったんです…帰宅するとケガをしていて、翌日、娘が学校でそのことを相談したんです」とミリアム。

「娘は体育でケガをしたんです。他に何を言えと?」とアントワーヌ。

「どちらかが、ウソということですね…子供たちの訴えを、どう証明します?」と調停員。

「なぜか分かりません。何か吹き込まれたのかも」とアントワーヌ。

「お子さんは、あなたの味方のようです」と調停員。

「息子は自分から、陳述書を書くと言ったんです」とミリアム。

「父親を奪うのは、息子のためにならない」とアントワーヌ。

 

以上、あとは家裁の裁定を待つだけだった。

 

この親権問題に直接関わりのないジョセフィーヌは、今、恋人のサミュエルとの恋愛しか関心がなく、彼と会うために学校を休むことで、ミリアムに小言を言われる始末。

 

ミリアムは家族と新居の見学中に、裁判所で共同親権を認める裁定の知らせを受ける。

 

早速、週末にアントワーヌが車でジュリアンを迎えに来た。

 

父に会いたくないジュリアンの気持ちを汲み取り、腹痛を理由にミリアムが携帯で断るが、「それなら訴える」という一点張りのアントワーヌ。

 

当然の如く、ミリアム自身もジュリアンを会わせたくない。

 

そのやり取りを聞いて、やむなく車に乗り込み助手席に座るジュリアンは、露骨に嫌な顔をしている。

 

アントワーヌの実家に着くと、両親が待ち構えて歓待する。

 

「パパ、週末を交換しようよ。僕も姉さんのパーティーに出たいし」

 

ジュリアンの提案に何も答えず、無視するアントワーヌ。

 

アントワーヌはジュリアンのバッグを勝手に開け、学校の連絡ノートに父親の欄が修正液で消されているのを目視する。

 

翌朝、家に送る車の中で、アントワーヌがジュリアンを追求する。

 

「俺は、あの男か?パーティーに行きたいか?なぜママは、お前に言わせて、自分で頼まない?普通は親同士で話し合うもんだ」

 

「ママは携帯ない」と嘘を言って誤魔化すジュリアンだったが、アントワーヌは高圧的に連絡ノートを出させ、ミリアムの携帯に電話をかける。

 

ミリアムと話し合うために、家の前に車を止めて待つが、置き忘れたカバンを取りに戻ったジュリアンはママは居ないと言う。

 

「ママは普通じゃない」

「出かけたって。カバンを返して」

「パーティーに行けないのはママのせいだ」

 

そう言うや、カバンをジュリアンに投げつけ、車で走り去る。

 

再び週末がやって来て、アントワーヌは明るい調子でジュリアンを迎えた。

 

パーティーに行けることを匂わせながら、ミリアムとの会話を持ちかけるが、ジュリアンは、ママは留守だと頑なに拒絶する。

 

「クソッタレ!」

 

助手席に座り、思わず吐き捨てるジュリアンだが、アントワーヌは何も反応せず、車を出す。

 

実家に着き、食事をしながらも、ジュリアンたちの行動をアントワーヌが監視していることが露わになる。

 

新居の場所を探ろうとしているのだ。

 

その行き先を執拗にジュリアンに問い質すアントワーヌに対し、祖父の制止を無視したことで、父子は激しい言い争いを始めてしまう。

 

「子供たちがお前に会いたがらないのも当然だ!二度と家に足を踏み入れるな!」

 

ジュリアンの手を引き、実家から足早にで行くアントワーヌを、彼の父は罵倒する。

 

怯(おび)えるジュリアン。

 

「俺を怒らすと、どうなると?ママが間違ってるんだ。コケにするなら、痛い目に遭わせてやる!俺は、お前たちの家を知る権利がある!」

 

引っ越し先を教えようとしないジュリアンに、シートを叩きながら恫喝し、ジュリアンは泣きながら、その場所を教えざるを得なくなった。

 

ジュリアンの誘導で車を新居に止めたところで、鍵を暴力的に奪ったアントワーヌは、その建物に近づくが、そこでジュリアンは逃げ出した。

 

ジュリアンは嘘をついたのだ。

 

少し走って、ジュリアンは父親の様子を見に戻ると、鍵をかざして、家まで送ると言うアントワーヌの車に再び乗り、鍵を返すように訴える少年。

 

それに答えないアントワーヌは、レティシアがジュリアンたちを見たという場所に車を止めた。

 

「ママを殴らないで」

「探し出す」

 

結局、ジュリアンはアントワーヌから首根っこに手を回され、観念して新居のアパートに連れていき、エレベーターに乗り込んだ。

 

鍵を返されたジュリアンは、アントワーヌを伴って家に入っていく。

 

「何の用?」

「子供の部屋を見に来た」

 

怯えるミリアムに対して、アントワーヌは、突然、キッチンで嗚咽する。

 

「俺は変わった」

 

そう訴え、ミリアムを抱き締め、号泣するのだ。

 

「もう行かないと」

「明日、迎えに来る」

「いいわ」

 

実家に戻ると、父親がアントワーヌの荷物を、塀の外に積み上げていた。

 

寄る辺なさ生活拠点を失った男は、完全に行き場を断たれてしまったのである。

 

以下、人生論的映画評論・続: DVの犯罪性を構造的に提示した映画「ジュリアン」 ―― その破壊力の凄惨さ グザヴィエ・ルグランより