真夜中のカーボーイ('69) ジョン・シュレシンジャー <舞い降りて、繋がって、看取った天使、そして看取られた孤独者>

 犯罪を犯した若者は、その場をすぐ立ち去って、リコのもとに戻って行った。

 彼をそのまま担ぎ上げるようにして表に出し、フロリダ行きの長距離バスに乗り込んだのである。

 「殺しはすまいな?上着に血がついてた」
 
 長距離バスの中で、いつもの表情より異様に険しいジョーの顔を見て、リコは彼に犯罪の匂いを感じたのである。

 「その話は止めだ」

 ジョーは自分の犯した罪を、傍らに座る男の命を救うためという大義名分によって、自分の内側で固く封印したのである。リコの顔から汗が吹き出ていて、健康の悪化が歴然としていた。彼の声も虫の息のように聞こえた。

 「思うんだが、向こうで変な名前で呼ばんでくれよ。折角、旅に出れたんだ・・・真っ黒に日焼けして、浜辺を駆けて、泳ごうとしたら、“ネズ公”なんて呼ばれてみろ。どう思う?」
 「親しみがある」とジョー。

 彼の表情に初めて笑みが零れた。
 
 「クソみたいだ。俺はリコだぞ。新しい連中には、必ずリコだ。いいな」
 
 バスの中から見る外の風景が、少しずつ陽光の輝きを増すようだった。傍らに眠るジョーが覚醒したとき、 リコの様子がおかしかった。
 
 「どうした?」
 「漏らした。びしょびしょだ」とリコ。顔面が涙で濡れていた。
 「泣くとこはねえ」
 「フロリダに行くってのに、脚は痛い。尻も、胸も。挙句の果てに小便まみれだ」

 その言葉に、ジョーは吹き出してしまった。

 「おかしいか、ボロボロだ」
 「自分だけ予定より早く、“小便休み”したのさ」
 
 ジョーの慰めにも反応できず、リコは重い咳を繰り返し、表情を歪めた。

 何とかその苦痛を和らげようと、ジョーは努めて明るく反応する。彼はリコのズボンのサイズを聞いて、バスの停車地で、早速、彼の着衣一式を購入してきた。その着衣を、ジョーはバスの中で器用に着替えさせたのである。

 「ありがと」

 力ないリコの反応だった。ジョーは、そんなリコにマイアミでの仕事について語っていく。
 
 「マイアミに着いたら。俺は仕事を見つける。女じゃ食っていけん。もっと簡単な仕事がある。外で働くよ。どう思う?・・・そうする。どうだ?」
 
 そこまで語っても、リコからの反応は全くない。

 不安を覚えたジョーは、リコの顔に触れた。呼吸をしていなかった。視界の定まらないジョーの表情が、画面一杯に映し出されていく。彼は言葉を刻めないのだ。永遠の眠りに就いた友の体を、いつまでも抱き止めている以外になかったのである。そうしなければならないという強い思いによって、抱き止めているかのようだった。

 バスのガラス窓に映し出されるマイアミのビル群が、パラダイスの幻想が千切れて、永遠の眠りに就いた男の顔に重なって、余情を残した映像は、ハーモニカの静かな旋律の中で閉じていった。

(人生論的映画評論/真夜中のカーボーイ('69) ジョン・シュレシンジャー  <舞い降りて、繋がって、看取った天使、そして看取られた孤独者> 」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/11/69.html