秘密と嘘('96)  マイク・リー <「恐怖突入」の「前線」を突き抜けて来た者たちだけが到達した、決定的な「アファーメーション」>

 ロクサンヌの誕生日パーティーでのシークエンスから、ラストカットまでの緊張感溢れる映像のピークアウトを再現してみる。

 固定カメラの長廻しで撮られた、パーティーでの和やかな会食風景は、隠し込まれた「秘密と嘘」と、守り抜かれた「秘密の共有」に近接する危うさを露呈する事態は回避できていた。

 幻想としての家族の物語は、引き続き延長されていたのだ。

 二つの家族(シンシアとロクサンヌの母娘と、モーリスとモニカの夫婦)の、没交渉の状態を修復する目途の過剰さの流れの中で、照れた表情のロクサンヌを祝福するプレゼントが続き、パーティーを独占的に占有する空気が立ち上ることで、その空気に馴染めない者が現出してしまった。

 隠し込まれた「秘密と嘘」の対象人格であり、パーティーでの「客」でしかないホーテンスである。

 「4人(シンシアとロクサンヌの母娘と、モーリスとモニカの夫婦)+1人(ホーテンス)」の複雑な関係の様態の中で、「客」でしかないホーテンスの寄る辺のなさが、彼女の心を弾いてしまったのである。

 トイレに行って、呼吸を整えるホーテンスのクレバーな振舞いを視認したシンシアは、「ワーキング・クラス」の生活風景の中で形成されたに違いない、「秘密」を隠し込むことが不得手な直情径行な本来的性格の故か、遂に、「秘密」を吐露してしまうのだ。

 唖然とする面々。

 当然の如く、ロクサンヌは激怒し、外に飛び出していく。

 そのまま帰宅するつもりなのだ。

 一緒にパーティーに随伴していたロクサンヌの恋人が、必死に後を追う。

 モーリスも後を追って、バス停で姪を説得して、パーティーの「舞台」になった新居に連れ戻した。

 バス停にいるロクサンヌもまた、モーリスの「助け舟」を待っていたのだろう。

 ともあれ、「舞台」が「恐怖突入」の「前線」と化していくのは、ロクサンヌの「帰還」を契機にしてからである。

 ロクサンヌの「帰還」の前に、「舞台」の風景は変容していた。

 まず、シンシアはモニカを嗚咽しながら難詰する。

 「あなたはさぞ満足でしょうね。18年間、私から家族を奪い続けた。まず、父を奪って、その次はモーリス。そして今度は、娘と私の間を割くのね?」

 この難詰に反応しないモニカを見て、更にシンシアはモニカを指弾する。

 「この家は、誰のお陰だと?私がモーリスにお金を譲ったからよ」
 「お父様の保険金よ」

 ここで、モニカは反駁した。

 「私と娘にと。あなたが余計な口出しを」とシンシア。
 「当然の権利よ」とモニカ。
 「私は朝5時から、掃除婦の仕事。娘を学校に出し、また仕事」
 「だから?」
 「あなたは弟のお金を浪費するだけ」
 「有効に使ったわ!」
 「子供を、女手一つで育てる苦労が分る?」

 ここで、ロクサンヌの「帰還」。

 モーリスもいる。

 彼はロクサンヌの心を溶かそうと必死だった。

 「姉さんは愛に飢えていて、ああなったんだ。姉さんはお前を必要としている」

 戻って来た娘を、今度はシンシアが必死に説得する。

 更に、状況は変容していく。

 「ロクサンヌが家に戻って来ない」と言ったモニカを、シンシアは再び難詰するのだ。

 「妻の務めを果たしたら?子供も産まずに自分勝手だわ。弟にも子供を」
 
 実姉にここまで言われたモーリスは、妻に真実の告白を求めるが、それを拒む妻に代わって、自らが夫婦の秘密を暴露した。

 「子供を産めない。検査という検査をした。15年間、身体をいじくり回され手術もしたが、子供ができない。言ったぞ。真実だ。秘密と嘘。皆、傷を負っている。痛みを分け合えば?この世で一番愛している3人が、意地を張って憎み合うのか!」

 暗鬱で、澱んだ空気が払拭された瞬間だった。

 全てを吐き出したモーリスは、今度はホーテンスに語りかける。

 「君は、苦痛を覚悟で真実を求めた。君を尊敬する」

 モニカを抱き締めるシンシア。

 「あなたが羨ましいわ」とモニカ。

 「今日から家族だ」

 ホーテンスに寄り添う、モーリスの決定的な一言が添えられた。

 氷解された空気の中で、シンシアはロクサンヌの父のことを語る。

 「医学部の学生だった。次の朝、消えていた。でも、いい人だった」

 涙が眼に溢れるロクサンヌ。

 「私の父親もいい人だった?」

 ホーテンスの発問だ。

 それは、彼女にとって最も由々しき情報だった。

 「それは答えるのは辛いわ」

 これが、シンシアの答え。

 彼女は嘘を言えない性格なのだ。

 しかし、この一言の持つ意味は重すぎる。重すぎるのだ。

 今度は、モニカがシンシアを抱き締める。

 嗚咽するロクサンヌ。

 そして、忘れ難きラストシーン。

 ほんの少し前に成立したばかりの、異父姉妹の会話。

 「変な感じ」と妹のロクサンヌ。
 「私もよ。真実を話すのが一番ね。誰も傷つかない」と姉のホーテンス。
 「人生って、いいわね」と母のシンシア。

 モーリスという人格造形に仮託した、マイク・リー監督の熱き思いが、ラストカットに収斂されていたのである。


(人生論的映画評論/秘密と嘘('96)  マイク・リー <「恐怖突入」の「前線」を突き抜けて来た者たちだけが到達した、決定的な「アファーメーション」> 」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/11/96_28.html