得意淡然、失意泰然 ―― 2009 松井秀喜の最高到達点

 そして2009年。

 新ヤンキースタジアム元年である。

 より左打者に有利な球場設計として悪評も絶えないが、新スタジアム元年を祝うべく、代変わりしたスタインブレナー一族の絶対命題として、2000年以来のワールドチャンピオンの奪取が例年になく声高に叫ばれ、3年契約ながら、2年目のジラルディ監督のラストチャンスの年とも言われた。

 CC・サバシア、A.J.バーネット、マーク・タシエラという大型補強に成功した結果、新スタジアム元年のこの年、ヤンキースは103勝を挙げ、強豪ぞろいのアメリカンリーグ東地区をぶっちぎりで1位通過し、定番行事的なプレーオフ進出を難なく果たした。

 そして、選ばれし8チームに所属する全てのメジャーリーガーにとって、最もタフな精神力が問われる「苛酷な10月」の幕が切って落とされたのである。

 これまでメンタル面の弱さ(?)から、プレーオフに結果を残せなかったA・ロッド(アレックス・ロドリゲス)の大変貌や、中3日で登板したCC・サバシア等の大車輪の活躍が原動力となって、新スタジアム元年のヤンキースは、少なくとも、近年のこのチームで露呈されていた、競り合いの弱さとは打って変わった勝負強さを遺憾無く発揮して、「今年のヤンキースは違うぞ」という印象を与えたのである。

 「苛酷な10月」のファーストステージであるディビジョンシリーズ(地区シリーズ)を3連勝で勝ち抜いたヤンキースは、セカンドステージであるリーグチャンピオンシップシリーズを激戦の末、ロサンゼルス・エンジェルズを4勝2敗で下し、遂にワールドシリーズという名の頂上決戦のステージまで上り詰めていった。

 頂上決戦の相手は、フィラデルフィア・フィリーズ

 バリー・ボンズの後継者としての呼び声高いパワーヒッター、ライアン・ハワード擁する、この前年の覇者は、ヤンキース同様、底知れぬ破壊力で最終ラウンドにまで上り詰めてきた。

 頂上決戦のゲーム1の先発は、この年の夏にクリーブランド・インディアンスアメリカンリーグ中地区)から移籍して来て、既にプレーオフに入って連勝し、1点に満たない防御率によって圧巻の投球を見せていたクリフ・リー。

 前年には、22勝3敗の抜きん出た成績によってサイ・ヤング賞を獲得していたこの31歳のサウスポーは、緩急の上手な出し入れによって、打たせて取る典型的なコントロールピッチャー。

 この手の投手に弱いヤンキースの強力打撃陣は、予想通り、彼の完璧な投法の手玉に取られ、エラー絡みの1点を取るのが限界の四苦八苦の有り様を露呈し、エースのサバシアの好投虚しく、大切なゲーム1を落としてしまった。

 「あまりに完敗。そういう意味では切り替えやすいかも知れない」

 このコメントを残したのは、クリフ・リーから少ないヒットの中の1本を放った松井秀喜

 この男は、常に監督目線でゲームを見る冷静なリアリストであると同時に、「今、この状態下で何ができるか」ということを考える能動的思考者でもある。

 「あまりに完敗」というゲーム1を落としたヤンキースにとって、引き続き新スタジアムで開催されるゲーム2は、決して落とすことが許されない、必勝を期して臨んだ試合であった。

 必勝を期して臨んだ試合のヤンキースの先発は、A.J.バーネット。

 ブレーブスとの争奪戦を経て、ヤンキーストロント・ブルージェイズからFA移籍の末に勝ち取ったこの32歳の投手は、前年のアリーグ奪三振王というタイトルホルダーの称号が示すように、ハードカーブが得意の典型的なパワーピッチャーで、マーリンズ時代にはノーヒットノーランを達成している本格派右腕。

 故意による危険球によって出場停止処分を受けたエピソードにも表れているように、強気の投球が災いし、自制の効かないムラッ気が露呈し、時としてゲームを壊すこともあるA.J.バーネットだが、そんな男に相応しいゲーム2での対戦相手の先発は、レッドソックス在籍時代から5年ぶりにビッグゲームの場に帰って来た、38歳のペドロ・マルティネス

 喧嘩投法の現役の32歳の男と、その面影が希薄になった38歳の、技巧派に転じつつある男との対決は、ゲーム序盤、予想通り投手戦の様相を呈していたが、その中で注目されたのが、松井秀喜とペドロとの因縁の対決だったと言える。

 2004年の屈辱を忘れていないだろうヤンキースナイン、とりわけ松井秀喜にとって、この対決は5年ぶりにリベンジする絶好の機会になったが、この懐深い男には、恐らく、そんな過去の感情の呪縛など微塵もなかったに違いない。

 それよりも、このゲーム2を落としてはならないという強い思いと、そこに感情を束ねる堅固な意志の方が遥かに勝っていたと思われる。そして、そのときの相手チームの先発投手が、偶(たま)さか、ペドロ・マルティネスという「恐怖のハンター」であったに過ぎないとも言えるのだ。

 それにも拘らず、このゲーム2において、私自身が勝手に作る物語のイメージラインである、「松井秀喜とペドロとの因縁の対決」が開かれたのである。


(「心の風景/得意淡然、失意泰然 ―― 2009 松井秀喜の最高到達点 」より)http://www.freezilx2g.com/2009/11/blog-post.html(2012年7月5日よりアドレスが変わりました)