息子のまなざし('02) ダルデンヌ兄弟 <男の哀切な表情を凝視して―― 或いは、くすんだ天井の広がり>

 職業訓練所で木工を指導する中年男がいる。名はオリヴィエ。

 彼のもとに新人が入所して来ることになった。勿論、少年たちばかり。彼はその名簿を見て、「もう4人いる。こっちは無理だ」と断った。手持ちのカメラは、彼の後姿か横顔を映すのみで、その表情を伝えない。

 しかし、一瞬振り向いたその顔には、動揺が見え隠れしていた。

 彼は喫煙しながら、新人たちの様子を覗いに行く。

 彼は映像に映らない少年の姿を見て、慌てて教室に戻って来た。走って来たのである。教室に戻った彼は、いつものように少年たちへの指導を続けていく。その態度は、既に職業訓練所の指導教官の普通の振舞いを見せていて、そこに特段の感情の乱れを窺わせるものは微塵もなかった。
 
 「次は窓枠だ。縦横6.5センチの木材を使え」

 オリヴィエの的確な指示で、少年たちは作業を続けていく。突然、彼は教室を離れて、何かを覗うような素振りで別の教室に出向いたが、映像はそれ以上語らない。
 
 恐らく昨日もそうであったように、彼は定刻どおりに帰宅した。

 そこには、誰も待つ者はいなかった。代わりに多くの留守電が、彼を迎えてくれる。その中には、職業訓練所の少年の声も混じっていた。それは、彼が訓練所で信頼されている様子を示すようにも思われる。

 そこに一人の訪問客。女性である。

 「さっき下で見かけたわ」
 「そうか、気づかなかった・・・コーヒー飲むか?」
 「いらない」 
 「スープは?」
 「いいの・・・まだ勤めてたのね・・・背中は痛む?」

 円滑に進まない会話。理由は判然としない。
 
 「座れよ」とオリヴィエ
 「いいの」と女性。
 「再婚するの。やり直そうと思って・・・」

 彼女は、男にそう言った。

 「良かった」

 男の答えは一言。感情が殺されているのか、その心理を窺うことができない。
 
 「あなたは誰かいないの?」
 「ああ・・・まだスタンドで?」
 「ええ・・・それと・・・子供が生まれるの」

 女性はそう答えた後、場面は一瞬にして変わった。男はアパートの階段を走り降りて、女が運転する車の発進を止めた。
 
 「なぜ、今日来たんだ?」
 「話そうと思って・・・」
 「なぜ、今日なんだ?」
 「水曜定休だから」
 「なぜ、今週なんだ?」
 「検診の結果が出たからよ」
 「そうか・・・」

 男は一言呟くのみ。車は発進されて行った。

 その夜、男は職場に電話した。

 「今朝、言ってた木工クラス志願の子は?溶接クラスに?また明日」

 電話を切った男は、自室で懸命に体を鍛えている。腹部に巻いたコルセットを取って、腹筋を繰り返すのだ。何かが、寡黙な男を突き動かしているようにも見える。


(人生論的映画評論/息子のまなざし('02) ダルデンヌ兄弟 <男の哀切な表情を凝視して―― 或いは、くすんだ天井の広がり>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/10/02.html