キャラクター/孤独な人の肖像('96) マイケ・ファン・ディム <宿命的な「似た者性」が自己完結するとき>

 1  青年の足が止まったとき



 一人の青年が、急ぎ足でとある建物の中に入って行った。彼が辿り着いた大きなデスクの前に、男が座っていた。その男のデスクに、青年はナイフを突き立てた。
 
 「今日来たのは、私の弁護士就任の報告だ。悔しいだろうが、ここに来るのも今日限り。あなたに会うのも今日が最後だ」

 青年はそれだけ言い放って、その場を立ち去ろうとした。

 「おめでとう」

 青年の後ろから、ひと言、声が届いた。 

 「おめでとう?」

 青年は怪訝そうに後ろを振り返った。男は右手を差し出していた。

 「握手なんて。私の邪魔をしておいて」

 青年は、再び立ち去ろうとした。

 「協力だ」

 立ち去ろうとする青年を、男の言葉が止めた。更に振り返る青年に、男は同じ言葉を繰り返した。

 「協力だよ」
 
 その言葉を無視して、青年は街路に出た。
 青年の足は止まった。彼は再び建物の中に入り、男のもとに走り寄って、凄い形相で飛びかかっていった。

 その瞬間、スロー映像の画面は消失して、大きくそのタイトルを映し出した。

 タイトルの名は、「KARAKTER」。オランダ語である。英語で言えば、「CHARACTER」。因みに、邦題名には「孤独な人の肖像」というサブタイトルがつくが、そんなイメージの陰鬱だが、しかし刺激的なファーストシーンの導入は観る者の心を鷲掴みにしていくのに充分だった。

 ともあれ、サスペンスフルな映像の暗鬱な流れの中で、青年の内面の緊張感を象徴するかのような静かな旋律と溶け合った画面が、クレジット・タイトルを随伴させながら印象深く繋がれていく。

 青年は雨に打たれて、ずぶ濡れの体をコートの襟で深く包み込みながら、薄暗い街路を突き抜けて行く。雨が上がって大きく映し出された青年の顔には、血糊にべっとりと付着していた。

 その青年、ヤコブ・ウィレム・カタドローフはまもなく捕えられて、警察の厳しい取調を受けることになった。
 
 「あなたに、過失致死の疑いがかかっています。被害者は、ドレイブルハーブン。あの、泣く子も黙る執行官だ・・・あなたと氏との関係を教えて下さい・・・」
 
 取調官の質問に、青年ヤコブは、ドレイブルハーブンとの因縁の関係を振り返っていく。



 2  情け容赦のない税官吏



 1920年代のオランダ、ロッテルダム

 ドレイブルハーブンは、情け容赦のない税官吏として悪名を轟かせていた。

 彼の胸には、ひと際目立つ執行官のシンボルである大きなバッジが、その太い首から下げられている。彼は税金を滞納した貧民の家屋に押し入って、有無を言わせず、権力を遂行した。病人をベットごと外に引き摺り出して、冷たい街路にその病人を投げ捨てたのである。執行官が差し押さえの紙を貼ったとき、捨てられた病人が飛びかかってきた。
 
 「畜生。こん畜生!薄汚れたハイエナめ!」

 それを平然と交わして、男は黙々と権力を遂行するのみ。

 
 ―― ヤコブの取調の中での供述。
 
 執行官との関係を聞かれて、青年はその出会いから語っていく。
 
 「女中がいた。名はヤコバ、略してヨバ。無口で無愛想な女だったが、主人も無口。よく似ていた。彼女が働いて、一年が過ぎたある夜・・・たった一度限りの関係だった。その6週間後・・・」
 
 ヤコバは妊娠していた。
 そのことを主人に告げたのである。その主人こそ、ドレイブルハーブンだった。女はそれを機に、女中を辞めて男のもとを去って行った。女は男を頼らずに、一人の子を産んだのである。その子は望まれないで産まれてきた子だった。その男の子こそ、青年ヤコブである。

 事件は、ヤコブの「父親殺し」の様相を呈してきた。

 出産後、ヤコバは“東地区”に部屋を借り、医者の家政婦をして自活の道を選んでいく。その行き先をドレイブルハーブンは突き止めて、彼女に手紙を出した。
 
 「いつ結婚する?」
 
 彼は、郵便為替と共に、ヤコバに求婚したのである。

 しかし彼女は、その金を本人に送り返した。一ヵ月後に再度送られた金も、彼女は送り返す。それでも執行官は、翌月になってまた金を送り、そして送り返されてくる。これが一年以上続いたのである。

 13回目にして、ヤコバは手紙を書いた。
 
 「断固、拒否いたします」
 
 それが、青年の母の回答だった。

 ―― 青年ヤコブは、少年時代を思い起こしていた。

 彼は「娼婦の息子」と友だちから蔑れていたのである。少年は繰り返し、母に父の存在を尋ねている。
 
 「私たちには必要ない」
 
 それが、母の答えだった。

 寡黙な母と激情的な息子。度重なる虐めに、息子は常に攻撃的に振舞った。母はただ耐えて、哀しむ夜を送っている。それを察知した息子は、以降、感情の抑制を心に誓った。母子は感情のラインを同じにして、まもなく東地区を去って行った。

 新しい家は、執行官の家の近くだった。
 
 家賃を稼ぐために、ヤコバはミシンを買って、自活の道を拓いていく。一方息子のヤコブは、新しい家で、前の持ち主が置いていった外国語の本を手に入れた。これが彼の後の人生を拓く契機となっていく。少年は読書にのめり込む生活に入っていったのである。それは、寡黙な母のもとで唯一見出した、少年の娯楽だった。少年は、そこで英語を学んだのだった。

 「私の存在が母を寡黙にするのではなく、性格の衝突だと気づいた。常に不自然で堅苦しいほど、二人は正反対だった」(ヤコブの供述)

 少年が母と港の付近にいるとき、港の方から、「ヨバ!」という声がかかった。ドレイブルハーブンだった。
 少年が父を見た最初の瞬間だった。以降、少年は港の近くに立ち寄って、父と思しき男に会いに行った。

 ある日、少年の隣に男が立ち、そのまま去って行った。少年は男の後をついていく。そして、男が入った建物の入り口に書いてあった名は、「ドレイブルハーブン」。父と思しき男の名を確認したのである。

 その日、少年は万引きのパンを掴まされて、警察に補導された。少年はドレイブルハーブンの名を警官に告げたが、本人が直ちにやって来て、一言、言い放った。

 「すまんが、身に覚えのない子供だ」

 これが、少年が父から拒絶された最初の出来事になった。

 
(人生論的映画評論/キャラクター/孤独な人の肖像('96) マイケ・ファン・ディム <宿命的な「似た者性」が自己完結するとき>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/12/96_09.html