文句なく素晴らしいドラマだった。
【その生涯をかけ千人を超える被爆者の「声」を録音し、未来へ遺した一人のジャーナリストがいた。長崎の放送局を退職した辻原保(本木雅弘)は、重い録音機材を携え日本全国を渡り歩いていた。活動を周囲から理解されない孤独の中、彼は一人の被爆者・九野和平(阿部サダヲ)と出会う。その感動的な被爆者体験は辻原の心を強く揺さぶり「声」を遺すことへの決意を新たにさせる。しかし、その「声」は謎に満ちたものだった(NHK公式ホーム)】
被爆者の声をラジオで流す仕事に生きがいを感じていたが、上司との確執で左遷され、番組を降ろされたことで、長崎放送局を退職した辻原は、単身で原子爆弾被爆証言をカセットテープに収録する日々を送っていた。
この辻原のモデルは、「被爆者の声を記録する会」の代表を務めた伊藤明彦さん。
NHKのドラマ「八月の声を運ぶ男」は使命感を抱き、被爆者の声を記録する伊藤明彦さんの活動を淡々と描く秀作として観る者の心を深々と抉(えぐ)っていく。
テーマが明瞭で、俳優の素晴らしさが想定以上の感動をもたらした。
以下、梗概。
1 「僕は皆に見捨てられ、長い間、病院で同じ被爆した人たちと一緒におってですね、皆、辛い思いをしていて、それを見て、聞いて、皆、僕と一緒で…僕も皆、一緒で、一緒なんだ」
「浦上の方の空を見た訳ですよ。その火柱がずうっと消えるのと一緒にですね。上からなくなり、下からなくなり、ずっと消えて縮まってですね。あのキノコ雲がずうっと上がったわけですよ」
「諦め切れずに来ちゃいました。お話、聞かせていただけませんか?」
辻原の熱意が伝わって、録音に成就するカットとなる。
「27年前の8月。僕の故郷・長崎に原爆が投下された。僕が10歳の時だった」
まもなく、被爆者団体の事務員・恵木幸江(えぎさちえ)から辻原に24の病気を抱えている九野和平(くのかずへい)を紹介され、早速、会いに行く。
1日1時間という制約の中で、九野からの聞き取りが始まっていく。
「壕の中で遊んでたら、お母さんが壕の入り口でね、僕の名前読んだんです。それで凄い爆発音がして、僕捨てたんですね。ひょいと上見たらお母さんの姿どこにもなくて…僕も立てんで…這って、這って、壕の外に出て…吹き飛ばされて泥まみれの人が沢山おって…」
「…それで、どうされましたか?」
「山の上までいって、家が焼けて、近所も丸焼けで、あ、あれだけ晴れていたのにガスのようなものが立ち込めて、はっきり見えないけど浦上の天主堂も表だけ残って、あとは落ちこんどったし…僕の中で消え去らないのは、赤ちゃんを抱いて道端でお母さんが死にかけてるんですね。それでも子供に飲ませる牛乳瓶をのませようとして、口の中にはめとるんですよ。それを子供がごくごく飲んでいて…それで黒焦げの裸の人たちが裸で通っているのに…姉さんたちがいるんじゃないかとね。それで列の中に入って探したんですけど、どうしても探しあてられんですね。そしたら近所の人たちが僕を見つけて…顔が血だらけだからって言って、救護所に連れていくんですね…ちょっと口に出せないですよね。目の玉がぶら下がって、か、体の皮膚が垂れ下がって…そういう人がどんどん運ばれて来て」
間を空けて、寛ぐ九野の聞き取りが再開されていく。
「生き残ったのは姉さんと僕。二人きり。それからずっと、姉さんは僕の傍におってくれてですね…」
1日1時間という制約を超えた九野の聞き取りを終えて、帰路に就く辻原。
映像は一転して、這い蹲(はいつくば)って動く弟を「大丈夫」と言って励
ます九野の姉の優しさが回想される。
そして、2回目の九野の聞き取り。
姉の話から開かれていく。
「とても強い人です。もう家族もおらんし、住む家もないし、いっちょんね、僕と一緒に生活するかぁと言ってですね、床にゴザを敷いて病院からもらった毛布を着て、そこに寝泊まりして、学校で習った編み物をして、それをどこかに売りに行って、僕の入院費を…」
明るい表情が弾けていた。
姉の存在の大きさが九野の中枢を支えているようだった。
そんな姉に甘えるばかりに、無理難題を強いて困らせた過去を吐露するのである。
「姉さんは二十歳の時、白血病で死にました。ずっと僕に隠してたんですね。病気だということで…被爆してました」
「諦めちゃ、いけんよ。きっと歩けるようになるけん。歩くとよ。私もね、一緒に歩くけん」
そう言って弟の手を握る姉。
「亡くなって僕のところに連絡があって、その日のうちに僕のところに骨が届けられて…」
「九野さんは、お姉さんの生涯を考えてみられて、今、どんなお気持ちでいられますか?」
「もう…それを言われること自体、僕にとって残酷過ぎますね。自分も働いているのに、一生懸命、僕の行く末を案じ、力尽きて…もう、どうしょうもないですね」
荒げた言葉が連射した。反応できない辻原。
「今でも姉さんは僕の中では生きていて、歩け歩け、前へ進むんだぁって背中押してくれて…」
「九野さんは延々と喋った」(辻原のモノローグ)
「昭和29年に東大病院に移され、寝たきりでは駄目だと思って這うことを始めたこと。病院の床を這い回って医師たちを困惑させる。やがて車椅子に乗せられ、リハビリを受けることになった。6年かけて、ようやく歩行に辿り着いたことなど、入院生活と合わせて、実に15年に及んでいた。九野さんがようやく退院を果たし、曲がりなりにも社会に足を踏み入れたのは、昭和35年の初夏だった」(辻原によるナレーション)
「その時、働きながら考えたんですね。原爆がなければこんなに苦労しないで、姉さんや家族皆で普通に暮らせて…なぜ人間は戦争して原爆落として…僕なりにですね…」
「約束します。九野さんの声を必ず多くの人に聞いてもらえるよう、私も力を尽くします」
そこまで言い切った辻原が九野の言辞の齟齬(そご)に気づき、東京の恵木幸江を訪ね、九野に兄がいることを知らされる。
反核を訴える国会へのデモの叫びが二人の耳に届いたのは、その時だった。
その中に、プラカードを掲げ、幟旗(のぼりばた)を立てて行進する九野を目の当たりにして凝視する辻原。
新たな被爆者の情報を得て、当該人物が住む鹿児島に向かいたいが、キャバレーのバイトのみが収入源の辻原にとって、旅費を賄いきれず、バイト先のキャバレーのホステス・立花ミヤ子から借金して鹿児島に向かうが、取材を断られるばかり。
旅先でも、辻原の脳裏から九野のことが離れない。
「ここまですべきではないという気持ちと、明確にしておきたいという気持ちが争っていた」(辻原のモノローグ)
「九野家の家族の全容が、そこにはっきり記されていた。九野さんの両親は戦後も生きていた。兄が今でも生きていること。姉に当たる人物はどこにも記されていない。つまり存在していないということ」(辻原のモノローグ)役所で戸籍謄本を取って、知り得たのは予想だにしない驚くべき情報だった。そして、3度目の訪問。危険を冒してまで、煙突を登って子供の風船を取りに行く九野を見て、案じる辻原。55・49風船を取って拍手を浴び、感謝される男がそこにいた。「風船を掴む時、空が見えたんです。空が近いと思ったんですね。そん時、よーく分かったんです。空は平和だと。この空を見るために歩けるようになったんだ。嬉しくてね、やっぱり世の中を変えなくちゃいけないと」
家に入り、辻原は自分の思いを率直に語っていく。
「こういうことをしていて、時々自信を失うことがあります…今の日本って、こういう話を聞きたいと思う人がどれだけいるのか…でも、九野さんにお会いして、とても胸を打たれて、これを続けていこう。そう思い直して…お分かりですか?」
頷く九野。
「ただ、お話の中でもう少し深くお聞きした方が良いかと思う部分に気がつきまして。九野さんはお姉さんの名前を一度もおっしゃらなかった。なんという名前でしたか?」
この問いに答えられない九野は、突然、レコードをかけ、踊り出す。
「一緒に聴きませんか?ショスタコーヴィチの『森の歌』です。戦争で焼けた森に木を植える話です」
その誘いに辻原は、レコード音を掻き消すように、些か声を荒げて反応する。
「これだって、聞けば誰でも感動しますよ。九野さんが僕に話してくれた言葉、全部この中に入ってます。しかし正直申し上げると、今、僕はこの中身に自身が持てません」
言って、九野の目の前に収録したテープを提示する辻原。
自らレコードを消した辻原は、今度は静かに話しかけていく。
「実は、ここに来る途中、あなたがいた病院に行き、主治医の先生に話を伺いました。間違いなくあなたは、重い症状で長く苦しんでおられた。しかしこのテープの中には、僕が一番胸を打たれたお姉さんの名前は分からないのです。だから僕は思った。これはひょっとして、あなたが想像したお姉さんの話ではないかと」
「想像?違いますよ。全部、本当の話です」
「お父さんの話も、お母さんの話もですか?」
「そうです。皆、本当の話ですよ!」
そう断言して、窓際(まどぎわ)に近づき、語っていく。
「見てください。ここに小さな蜘蛛がいるんです。蜘蛛はね、僕がいくら巣を破っても、すぐまた新しい巣を編むんです。どんなにひどい目に遭っても、次の日は生きていくために、体が新しい糸を出してですね、その出す糸が自分の足と合うんだと分かってですね…僕はこの蜘蛛のように生きたいと思う。どんどん新しい糸を出して自分の足と合うように…」
この瞬間、炸裂する辻原。
「九野さん!僕が聞きたいのは!」
「お答えしてるでしょう!全部、本当の話ですよ…ぼ、僕は辻原さん尊敬してるんです。僕の話、真剣に聞いてください。今まで誰も僕のこと目を向けている人などおらんかった。僕は皆に見捨てられ、長い間、病院で同じ被爆した人たちと一緒におってですね、皆、辛い思いをしていて、それを見て、聞いて、皆、僕と一緒で…僕も皆、一緒で、一緒なんだと…そういうことを辻原さんにお話しようと」
「それで…」
「だから!その話は全部同じなんだ!全部、全部、全部、本当にあった話なんだ!」
九野はクラシックに身を預けていく一方、もう、反論すべき何ものもない辻原は、豪雨の中でブランコで項垂(うなだ)れていた。
最後の訪問は、こうして閉じていく。