強盗に襲われ、瀕死の状態で病院に運ばれた一人の男。
脈拍が停止して、「植物状態になるなら死なせてやろう」と医師に宣告された、その男が突然、病床から起き上がり、折れた鼻を元の状態に戻して、アンドロイドの如く蘇生するのだ。(画像)
既に、この設定自身が充分にお伽話であった。
それは、「過去との決別した男の、その後の人生の希望の可能性」をテーマ化している物語のマニフェストと言っていい。
ここから、事件によって記憶喪失した「過去のない男」の、「現在の〈生〉」のエピソードを拾ってみよう。
港湾のコンテナを改造した、粗末な家の厄介になった「過去のない男」の生活が開かれた。
「ありがとう」と男。
無論、「名」がない。
「話せるのね」と奥さん。
港湾の貧民地区の水辺で倒れている男を保護した、コンテナ・ハウスの女房との会話である。
「今まで話すべきことがなかった。親切な人だ」と男。
「さあ、どうかしら。恵まれているのよ。住む所も、夫に職もあって・・・仕事は?」
コンテナ・ハウスを「住む所」と言ってのけたり、僅かな勤務の夜警の仕事を「夫に職もあって」と言ってのけたり、等々、その強(したた)かさは筋金入りである。
それでも、そのコンテナ・ハウスの亭主は、「過去のない男」に「人生は前にしか進まない」と、一端(いっぱし)の人生訓を垂れるのだ。
この人生訓に込められたメッセージこそ、本作の基幹テーマを収斂させるものだが、それをコンテナ・ハウスの亭主に語らせるところが、如何にもアキ・カウリスマキ監督らしい物語の世界であった。
今度は、コンテナ・ハウスの亭主と「過去のない男」との会話。
男の過去を尋ねる亭主に、男は無表情に一言。
「分らない」
「と言うと?」
「頭を打たれたせいで、自分が誰かも分らない」
「そんな・・・気の毒に」
「コーヒーでも飲む?」
「いや、いい」
一貫して、無表情で答える男。
「過去のない男」に、ビールを奢る男はコンテナ・ハウスの亭主が先に放った、「人生は後ろには進まん」という台詞に象徴されるように、いつまでも「不幸」を引き摺ってみたところで、「時が後ろに進むことはない」と、作り手もまた、自戒する者のように語って止まないのだ。
「金曜だ。ディナーに行こう」
コンテナ・ハウスの亭主が、「過去のない男」を誘うが、何と二人が向かった先は、救世軍の炊き出しの現場。
港湾の貧民地区の連中の強(したた)かさは、ここに出て来る「住人」たちに共通するメンタリティなのである。
「金は払う。死と同じで確かだ」
これは、港湾地区の私有地の警備員の男。
貪欲な警備員は、コンテナ・ハウスの「家賃」を「過去のない男」から納めさせることになった。
「警察で何を聞かれても、俺は知らないふりをする」
「暗黙の契約」でコンテナの「家賃」を取りに来た男は、1週間の出張のため、「ハンニバル」(食人鬼)という雑種犬の世話を「過去のない男」に命じたが、その手荒さは、胸倉を掴んでの恫喝によるもの。
「手なずけてみろ。今度こそ咬み殺す」
ところが、この「ハンニバル」がメスだったため、逆に、「過去のない男」に懐(なつ)くというオチがつくのだ。(画像)
以上のように、港湾の貧民地区に蝟集(いしゅう)する連中の強かさは、尋常ではなかったという話の一端だった。
脈拍が停止して、「植物状態になるなら死なせてやろう」と医師に宣告された、その男が突然、病床から起き上がり、折れた鼻を元の状態に戻して、アンドロイドの如く蘇生するのだ。(画像)
既に、この設定自身が充分にお伽話であった。
それは、「過去との決別した男の、その後の人生の希望の可能性」をテーマ化している物語のマニフェストと言っていい。
ここから、事件によって記憶喪失した「過去のない男」の、「現在の〈生〉」のエピソードを拾ってみよう。
港湾のコンテナを改造した、粗末な家の厄介になった「過去のない男」の生活が開かれた。
「ありがとう」と男。
無論、「名」がない。
「話せるのね」と奥さん。
港湾の貧民地区の水辺で倒れている男を保護した、コンテナ・ハウスの女房との会話である。
「今まで話すべきことがなかった。親切な人だ」と男。
「さあ、どうかしら。恵まれているのよ。住む所も、夫に職もあって・・・仕事は?」
コンテナ・ハウスを「住む所」と言ってのけたり、僅かな勤務の夜警の仕事を「夫に職もあって」と言ってのけたり、等々、その強(したた)かさは筋金入りである。
それでも、そのコンテナ・ハウスの亭主は、「過去のない男」に「人生は前にしか進まない」と、一端(いっぱし)の人生訓を垂れるのだ。
この人生訓に込められたメッセージこそ、本作の基幹テーマを収斂させるものだが、それをコンテナ・ハウスの亭主に語らせるところが、如何にもアキ・カウリスマキ監督らしい物語の世界であった。
今度は、コンテナ・ハウスの亭主と「過去のない男」との会話。
男の過去を尋ねる亭主に、男は無表情に一言。
「分らない」
「と言うと?」
「頭を打たれたせいで、自分が誰かも分らない」
「そんな・・・気の毒に」
「コーヒーでも飲む?」
「いや、いい」
一貫して、無表情で答える男。
「過去のない男」に、ビールを奢る男はコンテナ・ハウスの亭主が先に放った、「人生は後ろには進まん」という台詞に象徴されるように、いつまでも「不幸」を引き摺ってみたところで、「時が後ろに進むことはない」と、作り手もまた、自戒する者のように語って止まないのだ。
「金曜だ。ディナーに行こう」
コンテナ・ハウスの亭主が、「過去のない男」を誘うが、何と二人が向かった先は、救世軍の炊き出しの現場。
港湾の貧民地区の連中の強(したた)かさは、ここに出て来る「住人」たちに共通するメンタリティなのである。
「金は払う。死と同じで確かだ」
これは、港湾地区の私有地の警備員の男。
貪欲な警備員は、コンテナ・ハウスの「家賃」を「過去のない男」から納めさせることになった。
「警察で何を聞かれても、俺は知らないふりをする」
「暗黙の契約」でコンテナの「家賃」を取りに来た男は、1週間の出張のため、「ハンニバル」(食人鬼)という雑種犬の世話を「過去のない男」に命じたが、その手荒さは、胸倉を掴んでの恫喝によるもの。
「手なずけてみろ。今度こそ咬み殺す」
ところが、この「ハンニバル」がメスだったため、逆に、「過去のない男」に懐(なつ)くというオチがつくのだ。(画像)
以上のように、港湾の貧民地区に蝟集(いしゅう)する連中の強かさは、尋常ではなかったという話の一端だった。
(人生論的映画評論/過去のない男('02) アキ・カウリスマキ <温もりのある〈生〉の確かさを再現させたお伽話>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/05/02.html