運動靴と赤い金魚('97) マジッド・マジディ <順位を予約して走る少年の甘さにお灸を据えた適性なるリアリズム>

 この日、小学校高学年のアリ少年は、八百屋で買い物をしているとき、修繕したばかりの妹ザーラの運動靴を紛失してしまう。

 八百屋の前を通りかかった屑屋さんが、ゴミと一緒に、運動靴の入った袋を持っていってしまったのだが、そんなこととは露知らず、アリ少年は八百屋の主人に叱られながらも、近辺を必死に探すものの、遂に見つからずに悲嘆に暮れていた。
  貧しい家庭ゆえ、当然、アリ少年は親にも打ち明けられる訳がない。

 それどころか、遅く帰宅したことで、腰痛で難儀する母を手伝えず、怖い父に怒鳴り飛ばされるばかり。

 そんなアリ少年が考えついた結論は、殆ど崩壊寸前の自分の靴を、妹と共有すること。

 「これ、あげる」

 そう言って、アリ少年がザーラに出したのは、未だ使い古されていない一本の長い鉛筆。

 妹の短い鉛筆の代りに、自分の新品の鉛筆を提供し、まんまと「買収」したのだ。

 無論、親に内緒にするという妹との約束をも取り付けていた。

 この辺りの兄妹の遣り取りが、父母の前で勉強する振りをして、ノートに思いを書き合う方法で遂行されたのである。

 妹と共有されるアリ少年の、一足の運動靴。

 それは、妹がまずアリの運動靴を履いて登校し、妹の下校を待つ兄が、それを履いて走って登校するという具合。

 疾走する二人。

 兄は遅刻しないために、妹は兄に怒られないために疾走するのだ。

 「遅刻しなかった?」と妹。
 「ギリギリだ。もっと早く帰れ」と兄。
 「急いで帰って来たのよ。そんな汚い靴、履くの恥ずかしい」
 「じゃ、洗おう」

 一足の運動靴を洗う兄と妹。
  洗いながらシャボン玉を作り、それを吹いて、笑みを交換する兄と妹。

 そこから、運動靴を手に入れられなかったという、幾つかの印象的なエピソードが繋がった後に待機していた、地域の小学校の合同マラソン大会。

 3位入賞者には運動靴が付与されると知ったアリ少年は、体育教師に半べそをかいて強引に頼み込んだ甲斐あって、出場OKということになった。

 かくして、アリ少年は、妹のために4Kmマラソンに臨み、全力を尽くして必死に走るのだ。

 と言っても、3位入賞を狙うという些かハードルの高い競争だから、当然、そこに小賢しい「打算的計略」が求められる。

 然るに、たとえ成績優秀のアリ少年であっても、「純粋無垢」の少年のキャラの範疇では、「打算的計略」を「全面展開」させるのは相当に厄介なテーマであった。

 観る者の予想通りの結末が待っているのだ。
 
 ラストの直線コースで、5人がデットヒートを繰り広げた挙句、あえなく(?)優勝してしまうのである。

 結局、妹の運動靴を手に入れられなかった少年の無念が、赤い金魚が遊泳する池に疲れ切った足を沈めるという、見事な構図で決めたラストシーンに結ばれていていく。
 
 
(人生論的映画評論/運動靴と赤い金魚('97) マジッド・マジディ <順位を予約して走る少年の甘さにお灸を据えた適性なるリアリズム> )より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/04/97.html