イヴの総て('50) ジョセフ・L・マンキウィッツ <「ちんけな夢想家」という範疇を突き抜ける、抜きん出てクレバーな野心家の物語>

 1  「ちんけな夢想家」という範疇を突き抜ける、抜きん出てクレバーな野心家の物語



 本作の実質的なヒロインであるイヴが、自己破壊的な行動をも随伴する「演技性人格障害者」ではないことを確認しておく必要があるだろう。

 彼女を、そのような「精神疾患者」であると見るなら、殆どの人間が、何某かの「精神疾患」を具有していると言っていいに違いない。

 自我による情動制御を困難にする「人格障害」の厄介さとは切れて、イヴという名の女には、遠大なる野心を実現するに足る緻密な戦略を持ち、その戦略を遂行し得る、相当に高度でクレバーな知略を保持しているのだ。

 緻密な戦略を遂行し得るクレバーな知略と、その知略の成就を保証するに足る強靭な精神と度胸が備わっているが故に、彼女の遠大なる野望は、ちんけな夢想の範疇を突き抜けていたのである。

 要するに、彼女は相当にしたたかな野心家なのだ。

 野心家とは、夢を具現するために、日常的努力を不断に惜しまない人物の別名であると言っていい。

 その意味で、したたかな野心家とは、前述したように、夢を具現するに足る緻密な戦略を持ち、その戦略を遂行し得る、相当に高度でクレバーな知略を保持する者であるが故に、この「野心」という能力を自己コントロールし得る、最も肝心な能力をも保持する者である。

 但し、野心があっても、その野心を具現していく先に待機する、最終到達点である本来的能力の内実が具備されていなければ、その者は、単なる「ちんけな夢想家」という範疇で括られるだけだろう。

 ところが、本作のなヒロインのイヴは違っていた。
 
 彼女は、「ちんけな夢想家」という範疇で括られる次元を超えていたのだ。
 
 まさに、イヴという名の女こそ、抜きん出てクレバーな野心家だったのである。

 犯罪に手を染めることなく、自分の遠大な野望を具現していく、したたかな女のバイタリティー溢れる生き方は、そこに、社会的に支持された規範であるモラルの観点を挿入しさえしなければ、欺瞞と虚飾に充ちたショービジネスの世界において、相応の成功を手に入れる手段として有効だったという訳だ。
 
 
(人生論的映画評論/イヴの総て('50) ジョセフ・L・マンキウィッツ <「ちんけな夢想家」という範疇を突き抜ける、抜きん出てクレバーな野心家の物語> )より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/08/50-l.html