武蔵野晩秋

 「春爛漫」(その2)の中で、私は「桜花爛漫の季節のときの東京は最も美しい」と書いた。

 しかし、東京が美しいのは桜花爛漫の春の季節ばかりではない。

 晩秋の季節の東京もまた、垂涎するほどに美しいのである。

 知られざる東京の晩秋のビュースポットが多い中で、私が何より驚いたのは、文化財保護法によって特別史跡及び特別名勝に指定されている、小石川後楽園の晩秋の風情だった。

 黄褐色から紅色に紅葉して散っていく、500本以上ものイロハモミジが園内を鮮やかに染めあげて、日本庭園の池に映えて輝くとき、清澄な池の周囲を巡りながら観賞する池泉回遊式庭園の素晴らしさに感動したものである。

 「東京ドーム」の隣に位置する小石川後楽園は、喧騒の東京のど真ん中にあり、そこだけは外界の雑踏とは無縁で、特定的に切り取られたビュースポットになっているのだ。

 だから、自宅のある練馬から簡便に通うことができるこのスポットに、私は飽きることなく足を踏み入れた。

 恐らく現在の事情と違って、当時、拝観料を払って訪れる人たちも疎らなこの公園は、見事な枝垂桜が満開となる春の風情と違って、如何にも和風庭園らしい落ち着いた佇まいを見せていたが、他の人のブログを見る限り、拝観者が列を成す様子が窺えて、今ではもう、「知られざる紅葉名所」ではなくなっているのだろうか。

 また、11月末から12月上旬にかけて色づく新宿御苑の日本庭園もまた、知られざる紅葉名所であると言えるだろう。

 世俗の文化が慌ただしく騒いで止まない繁華街に囲繞されても、そこだけは、俗世間から切れた別天地のような情趣を醸し出してくれるのだ。

 そして、このブログで紹介した、練馬界隈の寺院に燃え盛る黄紅葉の美しさも捨てがたい。

 中でも、足繁く通った石神井長命寺の晩秋は、カエデやイチョウの落ち葉の絨毯の中に埋もれる石仏・石塔(東京都の指定文化財)の完璧な構図は、私の中で決して忘れ得ない思い出になっている。

 その一期一会の風景の繊細な変容と出会うために、これまでもそうであったように、その年に見せる、一つの季節が閉じていくまでの僅かな期間の中で、繰り返し通ったのも、この真言宗豊山派の寺院である長命寺だった。

 そして、その長命寺の近くにある石神井公園

 その公園の一角を占有する三宝寺池の晩秋。

 これは、言葉に表せないほど素晴らしい風景美との出会いを、しばしばず私にもたらしてくれる、それ以外にない最高のビュースポットであることだけを言い添えておこうと思う。

 そして、ここでの写真ブログの最終ランナーは、埼玉県新座市野火止にある、臨済宗妙心寺派の寺院として有名な平林寺。

 「豊かな緑に囲まれた平林寺は、禅修行の専門道場をもつ関東の代表的な臨済宗妙心寺派の禅刹です。境内には、総門、山門、仏殿や川越城主・松平信綱夫妻の墓といった県指定文化財のほか、野火止塚などの見所も点在しています。国指定天然記念物の境内林は、今なお武蔵野の面影を残す野火止の地。アカマツ、コナラなどから成る散策路は約13万坪にも及び、四季折々の美しい移ろいをみせています」

 これは、平林寺の公式サイトの全文だが、そこで紹介されている紅葉の画像を見れば、もう、ここに加える言葉は不要となるだろう。

 この平林寺は東京ではないが、私の認識では、「東京の燃える秋」の最高到達点というイメージに近い古刹なのだ。

 ただ、あまりに有名な古刹なので、桜花爛漫のの美しさを見せる陽春よりも、11月の下旬から12月の初頭にかけて、京都とも思しき紅黄葉の風景美を見せる季節の人気によって、多くの拝観者が列を成すので、しみじみとした味わいの風情が半減されるのが惜しまれてならない。

 それでも平林寺は素晴らしい。

 だから、拝観者で混雑する京都の晩秋の魅力が、それによって半減されてもなお、拝観者を惹きつけて止まない特化された求心力を内在させているように、平林寺の魅力もまた、それに近いイメージを私に抱かせてくれるのである。


[ 思い出の風景 武蔵野晩秋 ]より抜粋http://zilgf.blogspot.com/2011/10/blog-post_29.html