隠し剣 鬼の爪(‘04)  山田洋次 <「純愛譚」のピュアな絡みをベースにした「娯楽時代劇」の逸品>

イメージ 11  「暗殺剣」の行使必要とせざるを得ない、拠って立つ立場を相対化したとき



テレビ時代劇に見られるような、権力を笠に着て藩の政治を牛耳る悪徳家老と、嫁を死ぬまで酷使する商家の鬼姑という、典型的な「悪」を設定することで、さして強そうにも見えない、人情深い青年武士の「スーパーマンもどき」と、自分の本音を隠し、好きな男の命令に殉じる、万事控えめな日本女性という、極めつけの「善」を際立たせた、典型的な勧善懲悪の映画。

しかし、極めつけの「善」を象徴させた、後者の二人の「純愛譚」のピュアな絡みをベースにしたためか、この作り手特有の説教臭さが、相当程度、希釈化されていていたことによって、観る者に感情移入をナチュラルに導く人物造形のシンプリズムが功を奏し、ふんだんのユーモアで包み込んだ、ヒューマニズム基調の「娯楽時代劇」の逸品と言っていい作品に仕上がっていた。

とりわけ、この映画の成功は、「純愛譚」を演じた二人の俳優、永瀬正敏松たか子の抜きん出た表現力に因っていたと言っていい。

加えて、本作のスクリプトの中に、説教臭い嫌味な「決め台詞」が捨てられていたことが、「純愛譚」の中で出し入れされた男女の情感の交叉の生命線と化して、相当の訴求力を保証していたと思われる。

 「なども、なしてだがのう、この空しさは・・・俺はこれから、どうしぇばいいのかのう・・・」

 これは、東北の小藩に仕官する下級武士・片桐宗蔵が、かつての同門の友人・狭間弥市郎を藩命によって斃した後、藩政を牛耳る悪徳家老を、「隠し剣鬼の爪」によって一切の証拠を残すことなく、一瞬にして殺害し、件の悪徳家老の犠牲になった者の墓碑の前で吐き出した内的言語。

既に用済みの「暗殺剣」である、「隠し剣鬼の爪」を手に持つ宗蔵が、今、墓碑の前に盛られた土壌の奥深くに、それを埋め込ませていく行為は、このようなツールを必要とする特権的世界からの決別を告げる、決定的なイニシエーションであったと言えるだろう。

もうそれ以外にない「最後の手段」として残されていた、「隠し剣鬼の爪」によるテロを遂行した宗蔵にとって、憎悪に充ちた復讐の唯一のツールである「暗殺剣」の行使は、小藩に仕える下級武士としての、拠って立つ立場を超えたタブーへの自己投入だった。

この時点で、本作の主人公である、「スーパーマンもどき」の片桐宗蔵は、上司の命令に逆らえない仕官武士の、権力構造の末端の立場の悲哀を帯びた物語展開の中で、二人の男を殺害しているが、そこで使用された武器としての剣の役割は、「殺人遂行のためのツール」と化した、「卑怯な剣技」の戦法と見られるような機能を果たしていた。
 

第一の相手である、狭間弥市郎に対して採った戦法は、相手に背中を向け、油断させて斬るという「邪剣竜尾返し」。

「どこで覚えた卑怯な手を!」

狭間弥市郎を怒号させた戦法は、無論、「隠し剣鬼の爪」ではない。

たとえ「卑怯な剣技」であったとしても、元々、剣の究極の役割は、「殺人遂行のためのツール」以外ではないのだ。

「剣の美学」などという、聞こえの良い言辞は、「殺人遂行のためのツール」を全く必要としない時代に、「特権階級」としての武士の権威を保持するための観念系の産物でしかないのである。

また、二人目の悪徳家老の殺害での「殺人遂行のためのツール」は、階級の物理的シンボルとしての、「武士の命」である長い剣身を持つ脇差などではなく、完璧なテロ用の「隠し剣」であった。

それは、緊急時には手裏剣にも変じる、日本刀に付属する便利な小刀の小柄(こづか)のこと。

 いずれも、かつて、藩の剣術指南役だった戸田寛斎からの直伝であり、とりわけ、狭間弥市郎を怒号させた「邪剣竜尾返し」という、「卑怯な剣技」の戦法は、狭間殺しの藩命を受けた宗蔵が、勝ち目がないと悟った上で、急遽、戸田寛斎を訪ねて授与された、言ってみれば、その場凌ぎの俄か剣技でもあった。

「邪剣竜尾返し」を、単なる剣技の範疇に押し込めたとしても、完璧なテロ用の「隠し剣鬼の爪」ばかりは、その範疇を超える最も危険な秘法であると言っていい。
 
従って、二つの殺人を遂行した男の中で、「隠し剣鬼の爪」を必要とする状況下に置かれた者の空虚さが広がって、それを遂行せざるを得なかった、「特権階級」としての自らの身分を相対化し、それと対峙するに至ったのは、人情深い青年武士の必然的振れ方であったと言えるだろう。

「特権階級」としての自らの身分を放棄させた、人情深い青年武士が選択したもう一つの人生は、一切の煩わしい束縛から解放された、自由自在な生き方だったという訳だ。
 
 
 
(人生論的映画評論・続/隠し剣 鬼の爪(‘04)  山田洋次 <「純愛譚」のピュアな絡みをベースにした「娯楽時代劇」の逸品>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2013/03/04.html