1 地雷回収を差配する少年 心の闇を引き摺る少女
「空まで奪われちまった。水もなければ電気もない。どれもこれも、サダムのせいだ!戦争が始まろうとしているのに、ニュースも見られない」
初老の男が、そんな愚痴を叫んでいた。
女房がトルコ側にいると言う、村の世話役を任じるエスマイルである。
繰り返される戦争で荒廃した小村に、再び新たな戦争が開かれようとしているが、「にゅースも見られない」と嘆く村人のために、一人の少年が、松葉杖をついて歩く仲間のバショーらを率いて、衛星アンテナの設置という「ビジネス」に勤しんでいた。
少年の名はサテライト。
俗称であるが、言い得て妙である。
時は、フセイン政権崩壊直前の、最も緊張した2003年春。
一人の孤児を探しに、イランから来た男がいる。
パラボラアンテナの「情報価値」を信じず、戦争の開始時期を予言できる孤児を探せば、「金になる」と言うのだ。
村人と共に、パラボラを買いに、町に行くサテライト。
ラジオと現金で手に入れたパラボラを仕入れて、村に持ち帰って商売をするのである。
ところが、村にパラボラアンテナを設置し、衛星放送を受信するものの、肝心のニュース番組が、村民の誰も理解できない英語放送なので要領を得ない。
片言の英語を話すサテライトも理解できず、通訳の役割を演じ切れなかったというエピソードだった。
それでも、大人顔負けの抜きん出た才能は、先進諸国のように、一方的な保護の対象期としての、「遊び盛りの子供時代」を持ち得ない厳しい貧困の歴史的条件が生んだものと言っていい。
「私もクルド人ですが、私たちは生まれた時から大人になっています。いっさい子供時代を味わえないんです。生まれた時から二十歳くらいの感じなのです。生まれた途端に、大人と接触しながら生きていかなければならない状況に育っていっているので、教育面でも遊びの面でも、ひとつも子供らしいことをしてきてないんですね」(バフマン・ゴバディ監督記者会見)
この痛烈な言辞は、経験した者でなければ分らないメッセージとして受容するしかないのだろう。
まさに今、その経験を刻んでいるサテライトは、手足を喪った子供たちが多いこの小村で、地雷を掘り起こし、その地雷を業者の介在を経て、国連事務所に買ってもらう「ビジネス」にも熱心である。
「アジズさんの土地へ行って、地雷を掘り起こせ!作業をサボった子には、僕がお仕置きをするぞ!」
こんなことを、難民の子供たちを含む大勢の「仲間」に、マイク片手で指示するサテライト。
地主たちから地雷除去を依頼されている彼の「仕事」の価値は、危ぶまれつつも、村の無力な大人たちからの支配力を越えていた。
充分過ぎるほどのアイロニーだが、飢えを凌ぐためには、どんなことでも熟(こな)して生きていく。
自明の理であることは論を待たないであろう。
サテライトらが、視力を持ち得ない幼児を背負う難民の少女と出会ったのは、地雷を掘り起こしている時だった。
「ハラブジャ事件」(クルド住民虐殺事件)で悪名高いハラブジャから逃れて来たという、難民の少女の名はアグリン。
地雷を回収する際に、このエリアを仕切るサテライトに文句を言われて、頭突きを食らわした両腕のない少年の名は、ヘンゴウ。
アグリンの兄である。
サテライトが、有刺鉄線に絡まれ、泣き叫ぶ幼児を救って、アグリンに戻しても、誤解されたのか、終始無言の兄妹。
アグリンに関心を寄せるサテライトの明るさと、頑なに心を閉ざすアグリンの態度の陰翳感の対比が、貧困の状況下でも闊達に振舞う子供たちの律動を追う物語の中で、いよいよ際立っていく。
夜明け前の闇に抜け出して、村人たちから「汚れた水」と噂される泉で、灯油を被って自殺未遂を図ったアグリン。
「汚れた水」とは、3人の子が溺れた事故に由来する。
昼間、水を運ぶのを手伝ってくれた、サテライトに教えられた話である。
そのアグリンが、幼児の泣き声を聞く。
幻想であるが、アグリンにとって、幼児の存在は、一貫して憎悪の対象でしかなかった。
その憎悪の対象が、今、自殺の障壁と化し、自分の前に立ち塞がっていたのだ。
ヘンゴウも妹の思いを理解しているから、リガーという名の幼児の足を、紐で括りつけている。
リガーが夜中に出歩かないためである。
そのリガーを、「汚れた水」から帰って来たアグリンが折檻する。
「サダムの兵隊の子なんか、どうでもいい」
鼻血を出しているリガーを視認したヘンゴウが、朝早く出かけて行った妹を詰問したときの、アグリンの反応である。
「サダムの兵隊の?まだ、そんな言い方を?」
「本当のことだわ。家族を殺して、あたしに乱暴した人の子よ。産めば、母親なの?じゃあ、父親はどこ?」
この会話で、アグリンの心の闇が明かされた。
この会話に、加えるべき何ものもない。
泣き続けるリガーを抱いて、難民キャンプの粗末なテントから出たヘンゴウ。
妹を大切にする兄にとって、今や、リガーの御守をする行為は、「家族」の紐帯を繋ぐ唯一の愛情表現だったのだろう。
2 「赤い金魚」と「予知夢」、米軍という「救世主」に奪われたアイデンティティ
既にこの時点で、ヘンゴウの予知能力が噂になっていて、それを信じるサテライトは、近々、イラク戦争が開かれることを、村民たちに大声でアナウンスする。
「戦争が始まるぞ!裏山へ登ったら、動かずに、じっとしてるんだ!」
一斉に裏山へ登っていくが、ヘンゴウたちだけが動かない。
「予言は本当なんだろうな?はずれたら、僕のメンツは丸つぶれだ」
サテライトはヘンゴウに不安げに尋ねたが、ヘンゴウからの反応はない。
“弾圧と貧困の日々はこれで終わりだ。我々は君たちの一番の友人であり、兄弟である。そして我々に抵抗する者は、すべて敵だ。この国を楽園に戻すため、君たちの苦しみを取り除くために、我々は来た。我々は世界一だ。他者の追随は許さない”
大国意識丸出しのビラを読むサテライト。
予想された変化の渦中で、サテライトは忙しなく動く。
町の市場に出て、所有する対戦車用の多くの地雷と引き換えに、機関銃のレンタルを求め、調達していくのだ。
沢山の「手下」を動員し、村を守る「基地」を構築しようとするサテライト。
銃の訓練をする「基地」である。
「今は、戦い方を学ぶ時なんだ」
勉強を放棄したサテライトに注意する、村の教師に放った言葉である。
自らを守り抜く意志を持つ逞しさに圧倒される。
そこに、アグリンの子・リガーが、地雷原にいるという報告があった。
リガーを憎むアグリンが、我が子を遺棄したのである。
その事実を知らずに、ここでも「手下」を動員して、リガーを救いに行く。
地雷原にいるリガーを必死に救助しようとするサテライトの努力も空しく、移動してしまうリガーに手を貸そうとした瞬間、地雷が炸裂する。
リガーは助かったが、大怪我をするサテライト。
そのサテライトに、ヘンゴウからの予言が届く。
「明日の朝、すべてが終わる」
ここから物語は、一気に反転的な画像を連射させていく。
(人生論的映画評論・続/亀も空を飛ぶ(‘04) バフマン・ゴバディ <「赤い金魚」と「予知夢」、米軍という「救世主」に奪われたアイデンティティ>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2014/07/04.html