さよなら、アドルフ(‘12) ケイト・ショートランド  <不安と恐怖を堪え切って完結した旅の、その精神的風景の反転的収束点>

イメージ 11  時代環境の劇的な変化の渦に翻弄された少女のドイツ縦断の旅
 
 
 
1945年5月7日
 
ドイツが連合国に降伏した日である。
 
このドイツの敗戦を前にして、ナチス親衛隊(SS)の高官を父に持つ家族の生活は一変する。
 
愛犬を射殺し、「遺伝性疾患 断種法」などという書籍の一切を廃棄処分した父は、自分を含む家族7人を田舎の農家の元に疎開させる。
 
それまで何不自由なく育ってきたであろう14歳の長女・ローレは、この事態の急激な変化を敏感に感じ取っているから、全く笑みを見せない母に、「最終勝利は本当に来るの?」と尋ねるほど、彼女の思春期自我は不安を隠せない。
 
そんなローレと対照的に、ローレの弟妹(次女リーゼル、双子の弟たちと赤子)は、長閑な田舎の自然に溶融し、存分に遊び回っていた。
 
「もうダメ。終わりよ。亡くなったの。総統がよ・・・」
 
嗚咽の中で吐露する母のくすんだ表情の中に、長女・ローレが入り込む余地がなかった。
 
食料も尽き始め、近隣の農家に買いに行くローレは、「ママは刑務所かと」などと言われ、明らかに、自分の家族が置かれたシビアな状況を理解せざるを得なかった。
 
「お父さんの所へ行く。私が戻らなかったら、お婆様を訪ねて。汽車でハンブルクへ行きなさい。誇りを失わないで
 
この母の言葉を受け、「そんな北へ」と反応するローレに対して、「出頭しなきゃ捕まるの」と答える母は、持ち金を渡すのだ。
 
今や、連合軍に捕捉されている父と同様に、出頭命令が下され、収容施設に送られていく母をも失うことで、今や、14歳の少女が、産まれてまもない赤子・ペーターを含む、年端の行かない弟妹たちを随伴し、脱出行の旅を余儀なくされたのである。
 
南ドイツのシュヴァルツヴァルトから、ハンブルクまでのドイツ縦断の旅である。
 
ここから、10歳からの加入が義務付けられ、当然の如く、自らも「ヒトラーユーゲント」(ローレの場合はドイツ少女団)に加盟していたローレの、想像を絶する脱出行の旅が開かれていく。
 
まもなく、アメリカ統治下の村に入り、廃屋の中で、レイプされたドイツ人女性の凄惨な死体(注)を視認し、衝撃を受けるローレの旅の苛酷さは、徐々に、「世界最強の国家」に住み、守ってくれていると信じた幻想を打ち砕く風景を露わにしていく。
 
 “この残虐行為の責任は君たちにもある!”
 
多くの者たちが集まる避難所で、ローレが目にした掲示の新聞には、この文字と共に、目を背けたくなるほど痛ましい、ホロコーストの写真が何枚も張り付けられていた。
 
あまりの衝撃の大きさに動揺するローレだが、あろうことか、その写真の中に父が写っていたため、それを切り取ってしまうのだ。
 
それでなくても、南京虫トコジラミ)に刺され赤い痕跡のある、赤子を連れた子供たちだけの旅の困難さは、日々の糧を繋ぐ厳しさでもあった。
 
母から受け取った指輪などの貴金属を、農家で食料に変えていくローレ。
 
それでも不足する食料を得るために、銃撃された遺体から時計を盗むローレ。
 
彼女にとって、その能力の範疇を超える酷(きび)しい旅を突き抜けていくには、キリスト教の教えに背く行為から免れようがないのだ。
 
「赤ん坊連れは食料がもらえるの」
 
ローレの言葉である。
 
その赤ん坊を連れたローレの長旅が、前触れもなく米軍兵士に止められ、通行証の提示を求められた。
 
通行証を保持していないローレの難局を救ったのは、ユダヤ人の若者だった。
 
ユダヤ民族を象徴するダビデの星の記号が、身分証の隙間から垣間見えたからである。
 
何より、個人識別番号を示す入れ墨スタンプが映像提示されていたことでも、この男の出自が判然たる証拠になっていた。
 
それまでも、この男に付きまとわれていたローレたちは、彼を兄と呼ぶことで、最初の難関を通過するに至る。
 
「歩いて食料を探していたんだ」と男。
「彼らの身分証は?」と米軍兵士。
「失くした。ブーヘンヴァルトで。強制収容所にいたんだ」
 
時代の風景の劇的な一変によって、今や、ユダヤ人であるという事実は、各国の占領下、とりわけ、米軍の管轄下にあるドイツ領内では「善なるもの」の記号であったのだ。
 
若者の名はトーマス。
 
そのトーマスが、彼が言うように、ブーヘンヴァルトの強制収容所から解放された男かどうか不分明だが、少なくとも、ユダヤ人であるという事実を証明するトーマスの身分証明書を見たローレは、「父が来たら怒るわ」と言って、彼に対する差別感情を隠せない。
 
その辺りが、「食料をくれる」と言って喜ぶ次女・リーゼルとの違いであった。
 
それは、思春期中期に踏み込んでいた姉と、児童期後期、或いは、思春期前期心理的・身体的成熟に留まっている少女の差異でもあった。
 
それ故にか、成熟した身体を見せる思春期中期の少女・ローレが、異性としての若者を意識する感情を抑制するのは難しい。
 
この微妙な距離の中で、ローレとトーマスが困難な旅を共有するのだ。
 
その困難な旅の渦中で、ローレは掲示板から切り取った父の写真を、家から持ち出して来た軍服姿の父の写真と共に、土塊(つちくれ)の中に埋めるに至る
 
それは、「尊敬する父」との訣別を意味するメタファーとも考えられるが、今や、「禁断」の象徴である「ナチス」という否定的記号を持つことの危うさを感受したローレが、「埋葬」の思いを込めて埋めたとも思われる。
 
まもなく、そのローレとトーマスの旅が大きな転機を迎える。
 
初老の漁師に船を出してもらおうと頼むローレには、もう、自分の体を提供する以外になかった。
 
ローレの傍でこのアンモラルな行為を目視していたトーマスが、その漁師を撲殺したのは、漁師がローレの若い体を貪ろうとするときだった。
 
衝撃を受けるローレ。
 
全く顔色を変えず、平然とした表情で、ローレのワンピースのボタンを嵌めるトーマス
 
そんな中、トーマスを加えた一行は河を渡っていくが、殺人を犯すトーマスへの恐怖感を拭えないローレ。
 
盗みで刑務所に入っていたと言う本人の言葉が想起されたのか、ローレの恐怖感は、一時(いっとき)トーマスへの拒絶の意思に結ばれる。
 
トーマス心理的距離は離れていても、折にふれて、ローレの体に接触してくるトーマスに対して、一線を越えない程度において少女の身体が受容するのだ
 


人生論的映画評論・続/さよなら、アドルフ(‘12) ケイト・ショートランド
 不安と恐怖を堪え切って完結した旅の、その精神的風景の反転的収束点>)より抜粋 http://zilgz.blogspot.jp/2015/05/12_17.html