こわれゆく女(‘74) ジョン・カサヴェテス<「囚われ感」の強度が増すたびに、限りなく演技性を帯びていく女の二重拘束状況>

イメージ 11  退行的に「白鳥の湖を踊る女と、感情コントロールの限界の際(きわ)で妻を愛する男の物語
 
 
 
インディーズ・ムービーの一つの到達点を示す、殆ど満点の映画。
 
意思疎通が上手くいかない夫婦の思いが沁みるように伝わってきて、言葉を失うほど感動した。
 
夫婦を演じたピーター・フォークジーナ・ローランズのプロの演技力の凄みが圧巻だった。
 
―― 以下、梗概と批評。
 
水道工事など土木作業の現場監督・ニックの妻・メイベルの異変が目立って顕在化したのは、水道管の破裂事故で夫のニックが徹夜作業を強いられたことで、「女房と約束したんだ。今夜は2人きりで楽しもう」(ニックの言葉)という約束を反故にせざるを得なかった、ほんの些細な出来事が契機になっていた。
 
「彼女は皿を割り、泣き叫ぶ。メイベルは情緒不安だ」と現場仲間。
「女房は変わってるが、イカれてるわけじゃない。理解に苦しむこともあるが、まともな女だ。とにかく俺に惚れてる」
 
そう言いながら、ニックはメイベルに電話する。
 
「埋め合わせはするよ。明日は君のそばにいる」
 
この電話を受け、了解するメイベルだが、彼女のフラストレーションは解消できなかった。
 
メイベルが夜の街に出て、バーで見ず知らずの男に声をかけ、酩酊状態の中で、その男と一晩限りの関係を結んだのは、その直後だった。
 
覚醒したメイベルが、事務所を兼務する自宅での交接の相手がニックではない事実に苛立ち、その男を追放する始末だった。
 
帰宅したニックを暖かく迎えるメイベルに、安堵するニック。
 
ところが、ニックが現場の仲間を随行して来たことで、「2人きり」になれない状況に苛立ちを隠しながら、スパゲティの食事を振る舞い、このパーティの演出で彼女なりに必死にもてなそうと努力する
 
考えてみるに、徹夜作業で疲労し切っているにも拘らず、仲間を随行して帰宅したニックの行為には、メイベルの疑心暗鬼を払拭する心理が垣間見えるが、このような振る舞いが裏目に出てしまう辺りが、この夫婦の意志疎通の拙さを露呈していると言えるだろうか。
 
そんな予想だにしない事態に直面し、感情コントロールが困難なメイベルには、食事での柔和な団欒を構築することは至難の業(わざ)だった。
 
一切は、愛するニックのためであると信じる彼女の行為であったが、疲労し切っている作業員たちに執拗に絡むことで、ニックの苛立ちはピークアウトに達する。
 
静まりかえる食事の場が安寧をもたらすことなく、澱んだ空気を読んだ作業員たちは一斉に帰ってしまうのである。
 
「彼らは誘われていると勘違いしたのさ・・・君は病気なんだ」
「私は悪くない?なぜなの?正直に言って欲しいの。どこを直せばいい?言われた通りにするわ。あなた好みになる」
 
この短い会話で、この一件は収束する。
 
それでもなお、この一件が収束しても、メイベルの行動の異常性は収束しない。
 
子供たちを迎えに行くと言って、普段着で白昼の街路に出て、訝(いぶか)る通行人に時間を聞くが、全く相手にされない始末。
 
そればかりではない。
 
妻が病気のため、自分の子供を預けに来たジェンセンという人物の前で子供たちの遊びの延長上に白鳥の湖を踊るのだ。
 
「あなたの振る舞いは、少し変だ
 
全裸で走り回っている孫娘の扮装遊びを見て、呆れ、怒り捲(まく)るジェンセン。
 
たまたま、自分の母親を随伴して帰宅してきたニックが、メイベルの行動の異常性に対して、思わず頬をはたいてしまった。
 
文句を言うジェンセンにも暴力を振ったことで、ニックと喧嘩になる始末。
 
ニックの感情コントロールの限界が露呈されたのである。
 
「あなたは自分自身で勝手に恥をかいたのよ。許してあげる。初めてあなたに殴られたわ。でも、傷ついたのは、あなたの心ね。長い時間をかけて、私たちはぴったりと結ばれてるの」
 
このメイベルの言葉には、一切が夫・ニックの常軌を逸した行動にあるという決めつけが支配している。
 
当然、ニックは我慢できない。
 
それでも、必死に我慢するニックに、悪罵を投げつけるメイベル。
 
「あなたは無鉄砲で、可哀想な坊やね」
 
ニックの我慢の限界が切れそうなときに、この家にやって来たのは、主治医の精神科医だった。
 
「子供たちのことを考えて、この女を追い出すのよ!この女は壊れてる。正気じゃないわ!」
 
見知らぬ男を連れ込んだあの夜の一件をも嘲罵(ちょうば)する、ニックの母親の言葉である。
 
ここで、この一件をも含むメイベルの異常な行動について、ニックが自分の母親に相談していた事実が判然とする。
 
その事実を知っていても、ニックは情動の身体的表出を抑え、彼なりにメイベルへの適正な対応を考えていたのである。
 
「話を聞け!俺の気持ちは分ってるだろ?」
 
だから、こんな言辞に振れるのだ。
 
しかし、理性的能力を劣化させた今のメイベルには、ニックの思いが伝わらない。
 
メイベルがパニック障害を起こしたのは、このときだった。
 
「愛してるよ。君のためなら死ねる。傷つけたなら謝るよ。心から愛してるんだ。正気に戻れ!目を覚ませ!」
 
完全に自我機能を失ったメイベルを抱擁し、自分の心情を表出するニック。
 
かくて、件の医師によって、メイベルは強制入院(日本の「措置入院」と同義)されるに至る。
 
愛する妻を失ったストレスが、ニックの心の重荷になっていくのは必至だった。
 
このニックの心情が、工事現場で炸裂する。
 
メキシコ人に八つ当たりしたことで、そのメキシコ人が崖下に転落してしまうのだ。
 
ここで我に返ったニックは、 慌てて仲間と共に、ロープ伝いに崖下に降り、メキシコ人を救助する。
 
ニックの心の重荷を描くこのシーンは素晴らしい。
 
ニックはその心の重荷を少しでも軽減するために、3人の子供たちを早退させ、仲間の一人に手伝ってもらいながら、海に連れて行く。
 
「ママの事はすまん。悪かったな」
 
本人ばかりでなく、長男と二男にビールを飲ませながら、全く盛り上がらない雰囲気の中で、長男に謝るニック。
 
半年後。
 
メイベルが退院する日である。
 
仲間や主治医などを自宅に集めて、メイベルを迎える「びっくりパーティー」を開こうとするニック。
 
このサプライズ企画がメイベルを喜ばせようとするニックの思いだったが、その企画に不満を持つ母や友人の批判を受け付けないニックの「無鉄砲さ」(メイベルの言葉)だけが、相互に知り合わない連中たちのスポットの渦中で浮いていた。
 
結局、母の批判を受け入れ、大勢集まった客人たちを帰宅させるに至るのだ。
 
まもなく、親戚一同に歓迎されながら、緊張した面持ちで自宅に戻って来たメイベルだが、不安感を隠し切れなかった。
 
子供と再会し、嗚咽するメイベル。
 
そのメイベルを不安げに身守るニック。
 
「家族っていいわね」とメイベル。
 
映像で初めて出て来る父親と熱い抱擁を交わした後、ニックと二人だけになる。
 
「俺がついてる。君は何をしてもいいんだ。自分らしく振る舞え。君の家だ。他の連中なんか気にするな!本当の自分を出せ!」
 
怒鳴りながらハッパをかけるニックの言辞に、嗚咽するばかりのメイベル。
 
そんなメイベルが、キッチンでお茶の用意をしていの所に行き、突然、テンションが上が「どうしてそんなに太ったの。痩身教室に行って、痩せなきゃダメよ。すごいお尻だわ。本当にびっくりよ」などと言い出すのだ。
 
「皆、帰ってくれる。ニックと寝たいの」
 
これも、メイベル言葉。
 
親戚一堂が会した食事会が開かれようとするにも拘らず、TPOをわきまえないメイベルの言動は、入院前と全く変化していない彼女の現実を露呈してしまうのである。
 
 
  
人生論的映画評論・続こわれゆく女(‘74) ジョン・カサヴェテス「囚われ感」の強度が増すたびに、限りなく演技性を帯びていく女の二重拘束状況)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/01/74.html