サンドラの週末(‘14) ダルデンヌ兄弟<疾病再発の危うさをブレイクスルーした女の、それ以外にない着地点>

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1  人生の新たな局面に向かって、自己運動を繋いでいくまでのシビアな物語
 
 
 
  
 
社会観・世界観が違っていても、ダルデンヌ兄弟の映画は大好きだ。
 
 決してプロパガンダに堕さず、秀逸なヒューマンドラマに仕上がっているからである。
 
グリーフという現代的テーマをを深々と描き切った「息子のまなざし」(2002年製作)がベストだが、「イゴールの約束」(1996年製作)や「ロゼッタ」(1999年製作)を観た時の感動は、今でも脳裏に焼き付いている。
 
今年、私が観た映画のベストである「フォックスキャッチャー」(2014年製作)のように、心理描写で埋め尽くされる作品が居並ぶダルデンヌ兄弟の映像の訴求力の高さは、いつもよりセリフが多い「サンドラの週末」でも保持されていた。
 
―― 以下、梗概と批評。
 
 「泣いちゃダメ」
 
太陽光パネルの工場に勤務するサンドラ・ビア(以下、サンドラ)が、会社から唐突に解雇を言い渡されたときの彼女の独言である。
 
その言葉を洗面室で繰り返しながら、薬(後述)を飲んで、半べそをかいているサンドラ。
 
そこに、解雇を伝達したジュリエットから事情を聞いていた、飲食店勤務の夫・マニュが戻って来て、事態の処理のアドバイスをする。
 
 「月曜の再投票を交渉するんだ」
「認めるわけない」
「現場主任が一人ずつ、脅したらしい」
「当然、ボーナスを選ぶ」
「やり方が汚い」
 
この短い会話の内容は、金曜日から月曜日までの僅か4日間のシンプルな物語の中で明らかにされるが、ここでは、時系列に沿ってフォローしていく。
 
 再び、ジュリエットから電話があっても、冒頭のシーンと同様に横になってしまうが、夫の督促で電話に出たサンドラが、そこで伝達されたのは、決定前だから社長が会うという連絡。
 
泣き崩れるばかりで、「行かない」というサンドラを、必死に励ますマニュ。
 
 飲むことを禁じられている薬を再び飲む彼女は、明らかに依存症の症状を呈していた。
 
 「泣いてちゃ、復職できない。僕だけじゃ、家賃も出ない」
公営住宅へ戻ればいいわ」
「戻ってたまるか。あきらめず戦おう」
 
夫の車で何とか会社に出向いたサンドラは、ジュリエットの案内で、社長と話すが、このシーンで明らかにされたのは、サンドラの解雇を免れる手立てが、16人の従業員の過半数が、自らのボーナス(1000ユーロ=約12万5000円)を放棄する以外になかったという事実だった。
 
 これが、「月曜の再投票」の意味である。
 
自宅に戻って来ても、絶望的感情に捕捉されている妻と、それを励ます夫との対比は全く変わらない。
 
それでも、何とか気力を出し、同僚たちにボーナスを諦めてもらうための説得に乗り出すサンドラ。
 
 「仕事を続けたいから、私に投票してほしい」
 
 こんな風に、携帯で説得するのだ。
 
 同僚たちへの交渉が開かれたのである。
 
 この時点で、「ロベール、ジュリエット、カデール」(サンドラの言葉)だけが、彼女の味方だが、訪ねても居留守を使う同僚もいた。
 
 「恨まないでね」と言って、断る同僚もいる。
 
 社長経由の主任の恫喝も影響しているが、実際のところ、ボーナスを頼りに生活費の補填をする労働者のリアリズムが最大の原因である事実が、断られるたびに判然とする。
 
そんな中で、「ボーナスを選んで後悔している」と言って、泣き出す同僚のティムールが出現したことで、サンドラの表情から、初めて笑みが漏れた。
 
 これで、サンドラの味方が4人になったのである。
 
 しかし、現実は甘くない。
 
 スーパーでもぐりのバイトをしている他の同僚に、「光熱費まで滞納している」と言われても、「完治したから、また働いて稼がないと」と自己主張するばかりのサンドラ。
 
彼女の射程には今、同僚たちの生活の現状よりも、自分の生活の現状が破綻する厄介な事態の解決しか捕捉されていないのだ。
 
 イヴォンという名の同僚への説得に向かった際に、長期間の休暇を取った疾病が鬱病である事実が判明する。
 
 従って、彼女が執拗に過剰服用した薬剤は精神安定剤(或いは抗鬱剤だが、以下、安定剤とする)だったのである。
 
後述するが、要するに、常に過剰な反応をし、それが、この厄介な問題を解決するために動く彼女の身体が、しばしば、過呼吸や情緒不安・倦怠感・悲観的傾向などの症状を顕在化したのは、腑に落ちる描写と言っていい。
 
 ボーナスの一件で、親子喧嘩まで見せられて、ようやく6人の味方を集めたことで、再び、その脆弱な身体を動かし、5人目の味方の同僚・アンヌを訪ねたときだった。
 
「リフォーム代が高くて、ボーナスで払いたいの」
 
 サンドラの気分が一気に劣化するが、他の同僚の味方を得て、辛うじて、脆弱な身体を動かす自己運動は延長されていく。
 
 一進一退なのである。
 
 ジュリアンを入れて、「あと5人と話す」と切り出し、そのジュリアンと話すが、相手のくすんだ表情が能弁に物語るように、いつもの理由で、きっぱりと断られる。
 
 「16人で足りてるのに、君を雇うかな」
 
 このジュリアンの言葉に衝撃を受けたサンドラは、夫が運転する車内で、気力を失ったようにもたれていた。
 
 「誰とも会いたくない。残りの人は明日、会う」
「会社は残業代を確約しない。君の戦意を挫くための言葉さ。見事にハマった。カネが欲しいだけさ。アンヌが賛成すれば、あと2人。7人まで口説けば、ほぼ半数だ」
「説得するのは私よ」
 
 本質を衝く夫の言葉に反発したサンドラは、諦め切った自分の思いを反転させ、安定剤を口に放り込み、自己運動を繋いでいく。
 
 アンヌの家を再訪するのだ。
 
 結局、夫が出て来て、強引にアンヌを室内に入れ、徒労に終わる。
 
 戻って来た車内でのサンドラの表情は、いつもと違っていた。
 
「面倒、かけたくない。病み上がりは使えない」
 
 サンドラの心理に微妙な変化が見られる言葉である。
 
 それは、そのまま帰宅し、子供の部屋を片付ける直後のシーンで明らかになる。
 
 しかし、明らかになったのは、何錠もの安定剤を砕き、それをコップの水で、一気に飲み干したのだ。
 
「面倒、かけたくない」という彼女のこの言葉が、自殺企図に振れたのである。
 
 アンヌが夫婦の家を訪ねて来て、サンドラの味方になる意思を伝えたのは、その直後だった。
 
 「薬をひと箱、飲んだ」
 
嗚咽が漏れ、感謝の言葉を伝えた直後のサンドラの言葉である。
 
慌てた夫は、妻を吐かせて、救急車を呼び、病院に搬送する。
 
大事に至らず済んだサンドラは、夫に「あと3人会うわ」と、きっぱりと言い切った。
 
アンヌが翻意した理由は、暴力的な夫と離婚する決意をしたことで、自分の本意に従ったのである。
 

「人の言いなりは止める。あなたのお陰で、私は変わった」

そう言い切ったアンヌの思いに感動し、サンドラの運動は、夜になっても繋がれるのだ。


以下、次に訪れたアルフォンスの言葉。

 
「“ボーナスに賛成しないと、同僚とモメルるぞ。皆が望んでる”と。君に入れたかったが、怖くて…」
 
彼だけが金目的ではなく、主任の恫喝によって反対票を投じた唯一の同僚だった。
 
だから、無記名投票とサンドラから聞いて、「君に入れる」と答えるアルフォンス。
 
これで、8人目である。
 
そして、いよいよ、その日がやってきた。
 
「サンドラかボーナス」を選んで、16人が無記名投票する。
 
サンドラと主任が室外に出て、開票は二人の女性。
 
室外では、サンドラと主任が論争する。
 
「混乱させて満足か?再投票など必要ないのに」

「皆を脅したでしょ」
「何のことだ?」
「私が復職したら、誰かクビになるって」
「言うわけない」
「この週末、電話までして説得しようとした」
「何だと?誰が言った?」
「誰でもいい。人でなし」

全く噛み合わない感情的衝突が意味するのは、この映画が、どこまでもサンドラの視線で描かれている事実を示したことによって、「誰が悪者か」・「誰が善人か」という詮索を相対化したことにある。
 
そのことは同時に、サンドラの内面に侵入し、彼女の精神的変容を描く映画であった事実を物語る。
 
 
二人の感情的衝突の直後に、開票の結果が出る。
 
「8対8」
 
1票、足りなかったのである。
 
「一生忘れないわ」
 
そう言って、自分に8票入れてくれた仲間と抱擁し、帰宅しようとするサンドラが社長から呼ばれ、社長と面会する。
 
「半数にボーナスを断念させるとは、お見事だ。社員でモメてほしくない。ボーナスを出し、君を復職させる。すぐには無理だが、君の休職中に、16人で稼働できると分った。9月に臨時雇いを切るから、復職は、その後だ」
 
この社長の申し出に対して、そこだけはきっぱりと、サンドラは言い切った。
 
「誰かをクビにするなら、断ります」
 
この時点で、「臨時雇い」がアルフォンスである事実を、サンドラは察知する。


会社を出て、夫に結果を報告するサンドラ。

 
「苦しくなるわね。今から探してみる。マニュ、善戦したわよね」
 
2日間の「戦争」の結論に満足しつつ、笑みを湛えたサンドラが、人生の新たな局面に向かって、自己運動を繋いでいくシーンがラストカットとなって、映像は閉じていく。
 
 

人生論的映画評論・続/サンドラの週末(‘14) ダルデンヌ兄弟<疾病再発の危うさをブレイクスルーした女の、それ以外にない着地点> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/05/14.html