祇園囃子(’53) 溝口健二 <「弱さの中の強さ」が際立つ女たちの応力の強さ>

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1  〈状況〉を突き抜け、
ジェネレーションギャップの狭隘なスキームを超え、リセットされた芸妓と舞妓の物語
 
 
  
秀作揃いの溝口健二監督の作品の中で、私は「近松物語」と並んで、本作の「祇園囃子」が一番好きだ。
 
小品ながら、クローズアップ(大写し)を排したカメラワークは素晴らしく、何より、全く無駄な描写がないのにも拘らず、祇園の生態を精緻に描き出した秀作の切れ味は出色だった。
 
そして、何と言っても、この映画は、主演の木暮実千代の魅力に尽きる。
 
「艶・誇り・人情」を併せ持つ芸妓を演じた木暮実千代が、この映画を支配し切っていると言っていい。
 
紛れもなく、彼女の代表作である。
 
 
―― 以下、梗概と批評。
 
 
「鰻の寝床」(間口が狭くて、奥行きの深い場所)と呼ばれる、京都独特の家屋が並立つ祇園の路地を、一人の少女・栄子が歩いて来る冒頭の情景のシーンが、観る者を、一気に古風な日本の風景に誘(いざな)っていく。
 
そこでは、屋形(芸妓・舞妓が所属する置屋のこと)で、祇園の芸妓(げいぎ)・美代春が、未練がましい馴染み客の男・小川に、絶縁する啖呵を切っていた。
 
「あんたみたいなだらしのない人、大嫌いや。三月もお茶払いためといて、まだ未練たらしゅう、のこのこ芸者の館に遊びに来て。色街はねえ、綺麗にお金の使えるときだけ来るとこどっせ。芸者の嘘は嘘やあらへんの。お商売の駆け引きや。お客さんの気持ちに相槌打って、面白う遊ばせて上げてんのが分りゃしませんのか」
 
これでもう、男はダメになり、早々に退散する。
 
以上のはエピソードは、少女・栄子が、舞妓(まいこ)志願に訪れるところから開かれる物語の冒頭のシーンである。
 
同様に、美代春の馴染み客だった栄子の父親・沢本の零落(れいらく)した現状を聞かされ、父親の許可を取ることを条件に、栄子の舞妓の「仕込み」を認可するが、沢本を訪ねる男衆芸妓の身の回りの世話をする男)に向かって、肝心の沢本は保証人にはなることを拒んでしまう。
 
「うち、お姉さんに縋るよりしょうがないんです。どんな苦労も辛抱します」
 
母親が逝去し、厳しい生活苦を強いられている現状の中で、頭を下げてまで頼む栄子の熱意を目の当たりにし仕込む決意をする美代春。
 
かくて開かれた、栄子への舞妓の「仕込み」。
 
1年後、母親譲りの芸妓の素質を持つ栄子の努力を評価する美代春は、栄子の「見世出し」(「店出し」=芸子としての初お披露目)を考え、「吉君」(よしきみ)という茶屋の女将に相談に行く。
 
目的は、「見世出し」のための衣装代を借りることだった。
 
女将から30万円の金を借り、いよいよ、美代栄という舞妓名をもらった栄子の、「見世出し」の日がやってきた。
 
「おたの申します」と言って、顔見せする栄子の「見世出し」は、無難の滑り出しを見せた。
 
「見世出し」してまもなく、お茶屋の座敷で、栄子車両会社(鉄道車両メーカー)の専務・楠田に見初められる。
 
その座敷には、運輸省国土交通省の前身)の中間管理職・神崎も同席していたが、この構図は、楠田の事業のための営業接待であるという事実判然とさせる。
 
妖艶な色気を備えた美代春に、一目惚れする神崎。
 
同時に、美代栄のチャーミングさに惹かれる楠田。
 
その楠田が、美代栄の「旦那」になることを求め、「吉君」の女将から話を受ける美代春。
 
そこで「吉君」の女将から、30万円の金が楠田から出ている事実知らされて、美代春は言葉を返せない。
 
当然、美代栄には、その気がない。
 
そんな状況下で楠田の部下の佐伯の画策で、美代春狙いの神崎、美代栄狙いの楠田の意を汲み、東京への上京を具現する下衆な男たち。
 
無論、「8000万の大仕事」という営業絡みでもあった。
 
「俺が生きるか死ぬかの境目なんだ。目を瞑ってくれよ。その代り、今後、絶対不自由はさせないよ」
 
その東京で、神崎と二人だけの座敷を持つことを、美代春に強要する楠田の言葉である。
 
楠田には30万の借金がある事実を知る美代春には、拒絶する意志も萎えてしまうのだ。
 
そして、余裕含みの楠田は美代栄に近づき、強引に体の関係を求める行動に走るが、「遊女」であることを拒絶する美代栄は、楠田の唇を噛んでしまうという事件を起こす。
 
この一件で、一切を失う美代栄と美代春。
 
ひたすら、謝罪するばかりの「吉君」の女将。
 
営業第一の楠田の怒りの矛先は、自分に危害を加えた美代栄よりも、神崎との座敷を反故にした美代春に向かっていく。
 
「8000万の大仕事」を逃す危機を感じ、「吉君」の女将に怒り捲る佐伯。
 
「よろしゅうおす。今度はきっと、まとめまっさかい」
 
神崎が気分を害していると聞かされた女将は、二つ返事で引き受ける外になかった。
 
一方、楠田が入院する病院に見舞いに行っても、美代春は追い返される始末。
 
「そやけど、ああするより他に道はなかったんやもん」と美代栄。
 
「あんた、楠田はん、嫌いやったんか?」と美代春。
 
頷く美代栄。
 
東京に行ったことを後悔し、嗚咽するばかりだった。
 
その直後、「吉君」の女将から呼ばれた美代春は、きつく叱責されるに至る。
 
女将の要件は、神崎のもとに出向くことだった。
 
「そやかてお母さん、好きでもないのに、そう簡単に…」
「それはな、お金のある人間の言うことえ。お金もないくせに、生意気なこと言わんとおき。そんな偉そうなこと言うのやったら、美代栄が出るとき、立て替えた30万円のお金、あんた、払えるか?」
「何とかして、お返しします」と答えた美代春に対するペナルティが、この一件以来、座敷への出入り禁止という形で、二人の女の生活基盤を崩していく。
 
座敷への出入り禁止を受けた美代春と美代栄は、屋形に閉じこもるような、寂しい日々を送る現実を余儀なくされるが、「吉君」の女将の画策で、楠田への謝罪の取り次ぎを求め、「吉君」を訪ねていく美代栄。
 
その美代栄を引き取りに行くために、否が応でも、美代春は動かざるを得なかった。
 
この時点で、明らかに、美代春は覚悟を括っている。
 
神崎の座敷に出向くことなしに、事態の決着がつかないことを認識しているからである。
 
美代栄を引き取った美代春は、既に、本を読みながら、女将が用意したお茶屋の布団で待つ神崎の座敷に入っていく。
 
帯を解(ほど)き、足袋を脱ぎ、襦袢姿になる美代春。
 
このワンシーンのみで、美代栄が待っている屋形に戻って来る美代春を映し出し、感銘深いラストシークエンスに流れていく。
 

人生論的映画評論・続/祇園囃子(’53) 溝口健二 <「弱さの中の強さ」が際立つ女たちの応力の強さ> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/09/53.html