「芸術世界の天下人」 ―― 利休の凄み

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利休は私にとって、永遠にミステリアスな人物である。



利休の賜死事件の事実を記録する資料すら存在しないからである。

 
だから、この魅力ある男の死について多くの仮説が生まれ、それが文学の格好の題材にもなってきた。
 

そんな文学の中で、映画「利休にたずねよ」の原作である山本兼一の小説は、桁外れとも言うべき創作性に満ちている。

当然の如く、「これもあり」である。

 
以下、山本兼一の小説に縛られることなく、利休と秀吉の関係について、なりの解釈で言及したいと思う。
 
のっけから、心理学的な説明を提示すると、人間の「怒り」の感情が、動物の「縄張り」の防衛行動に発するということを押さえておきたい。
 
進化心理学的に言えば、「縄張り」とは、種が遺伝的に共有する行動の「ルール」を意味する。
 
この「ルール」を守り、且つ、守らせようとするのは、人間の感情の働きの中でも特に重要なものの一つである。
 
野生動物にとって、罰を与える唯一の方法は攻撃を仕掛けることであるが、その場合、「脅かし」の姿勢を見せることで「警告」し、それでも立ち去らない場合に攻撃を加えることになる。
 
人間の場合の「怒り」は、「家」・「国」という形で、集団的に「空間的縄張り」を作るが、人間が作った実質的な「縄張り」の大部分は、寧ろ、自分の「権限の範囲」といった「見えない縄張り」であることが多い。
 
この「権限の範囲」の社会的ルールを持つことで、効果・効用がない無益な紛争を減らす一方、「権限的縄張り」を侵害するものに対して「怒り」を起動する。
 
ここで、利休と秀吉の関係を考えてみよう。
 
単刀直入に言うと、その能力の自然な発動によって、利休が偉くなり過ぎたことが、「政治の世界の天下人」の「縄張り」の侵害を惹起したのである。
 
利休の「権限の範囲」という「見えない縄張り」の肥大が、秀吉の内面世界で、「芸術世界の天下人」に化けていく利休の、その人格総体への恐怖を誘因していったと考えられるのだ。
 
「政治の世界の天下人」と「芸術世界の天下人」。
 
この二つの世界は本来、優劣をつけたり、勝ち負けを争ったりするものではない。
 
しかし、両者が交わり、影響力を行使し合う中で、利休が優位であった当初の関係は、秀吉が「政治の世界の天下人」になることによって変容を来していく。
 
利休は一貫して変わっていない。
 
秀吉が変わってまったのである。
 
「政治の世界の天下人」になった秀吉にとって、物理的に近接(利休聚楽屋敷/自刃の屋敷と言われる)する利休の存在は、芸術的感性が鈍い、農民上がりの秀吉の劣等感を過剰に膨らませてしまう存在になってしまったこと。
 
これが大きかった。
 
だから、今や、全ての権力を手に入れた秀吉は、利休の芸術世界をも占有し、服従させることで、自らの優越性を利休本人と家臣に誇示し、証明すること。
 
それは秀吉にとって、彼の自我に深く澱み、染み付いてる「劣等コンプレックス」(アドラー心理学で言う「インフェリオリティー・コンプレックス」)からの全人格的解放でもあった。
 

心の風景 「芸術世界の天下人」 ―― 利休の凄み より抜粋http://www.freezilx2g.com/2017/04/blog-post_20.html