常識的なことだが、「クラインフェルター症候群」(後述)のような染色体異常による疾患さえなければ、ヒトの染色体は23組46本と決まっている。
この中の一組が性染色体であり、男性はXY、女性はXX。
しかし、私たちは、この理解で留まってはならない。
「男と女の体は、どのようにして作られるか」
この問題意識をもって、現代の基礎生物学の知見の許す限り、性分化の生物学的機序(生物学的メカニズム)について知っておく必要性がある。
要するに、「男性化・女性化」という、性分化の機序は極めて複雑であり、幾多の険しい関門を突破していくということである。
そして、その突破すべき険しい関門は、たった一つの段階においてさえ十全に機能しなければ、異常を起こし得るリスクを抱えているが故に、ヒトの性は、常に想定される状態に性分化し、発達するとは限らないということだ。
ヒトの性分化への道程は、幾多の険しい関門突破なしに済まないのである。
多くの胎児は、正常に性分化し、発達するが、私たちの性には、性分化疾患のトラップに嵌る危うさと同居しているのである。
〈生命〉の厳密な定義が確立されていない現実を踏まえて書くが、その関門を突破して、私たちの世界にデビューし、固有名詞を有する自我にまで辿り着いた全ての人間の〈生命〉には、存在するだけの何某(なにがし)かの理由があったのだ。(拙稿「同性愛者は存在するだけの理由がある」の一部引用)
以下、性分化の突破すべき険しい4つの関門に言及したい。
ヒトの性分化の4つの険しい関門の第2のプロセスは、雄では精巣・雌では卵巣になる「生殖腺の性」、次に、身体の生理学的な性に分化する「身体的な性」であり、最後に、細胞・シナプス(刺激を他の細胞に伝達する神経細胞)の数・領域の形や大きさなど、「アンドロゲン」(性欲の発達に関与し、精巣から分泌される雄性ホルモン)が作用しない雌と異なり、「アンドロゲン」が作用し、構造や機能に性差が生じる「脳の性」の分化が続くということ。
当然ながら、胎生5~6週位までは、卵巣と精巣は分化していないので、性染色体の組み合わせがXYでも、或いは、XXでも構造な差異が認められず、二つの選択肢を平等に持っている。
XX男性では、X染色体上に、「染色体」(ヒトの細胞核の中にあり、遺伝情報を担うDNAとタンパク質から構成され、23組・46本の染色体の1組・2本の染色体が性染色体)の一部が切断され、付着して位置を変えたもの=「転座」したSRYの働きによって精巣が生成されるのである。
―― ここで、4段階に分けられている「ヒトの性分化」の概略を確認していこう。
① 「遺伝的な性」 ―― 「染色体の性」(XY=男性、XX=女性)
② 「生殖腺の性」 ―― 精巣と卵巣
また、体内にあって、外部に露出していない性器が「内部生殖器」。
女性では膣(ちつ)・子宮・卵管(排卵によって卵子を子宮に送る管)・卵巣(女性ホルモンを分泌し、女性らしい体を作る)、男性では前立腺(ぜんりつせん・男性だけにある臓器で、膀胱の下にある)・射精管・精嚢(せいのう・精液の8割を分泌する雄の副生殖腺)・精巣(睾丸=こうがん)など。
この性分化の過程で、「染色体の性」(「性染色体」)が起動点になるのは、紛れもない事実である。
しかし、この組み合わせの決定によって、男女の身体を作る設計図が決まり、自動的に進行していくわけではない。
実際には、この「XY=男性・XX=女性」の性染色体の組み合わせ(「遺伝的な性」)がオールマイティーではないのだ。
雄では精巣・雌では卵巣になる「生殖腺の性」 ―― これが最も重要な決定である。
「ヒトの性分化」のステージにおいて、その決定に応じて惹起するのが「身体的な性」であり、「内部生殖器」(内性器)や「外部生殖器」(外性器)が分化する。
最終的に、「脳の性」が決まるが、このステージにおいて、「内分泌調整」(ホルモン)や性行動のように生殖に関係するものに限定されず、男らしさや女らしさといった心理的な面の方向性が明瞭になり、男として、或いは、女としての全体が完成していくのである。
男と女の体が完成していくまでの、4つの関門の険しさ。
この事実の重みは、4つの関門を突破してきた私たちの、この〈生〉の〈現在性〉それ自身が証明しているのである。