1 我が国の「野球」の歴史に風穴を開けた男
2019年1月25日。
「外国人記者クラブ」とは、マッカーサーの命令一下、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)より認可され、連合国・中立国のメディアのために設立された「プレスクラブ」(「日本外国特派員協会」)である。
言うまでもなく、2017WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、「侍ジャパン」の不動の4番打者を任された若きスラッガーである。
「本日は僕自身が感じているスポーツ界、野球界の現状についてもっと良くなるためにはどうしたらいいのかという思いを、皆さんにお伝えできればなと思っていますので、よろしくお願いします」
一貫して穏やかな口調で語る筒香嘉智の、この冒頭の挨拶の中に、「プレスクラブ」での彼の会見の意思が発露されている。
動画で繰り返し確認しても、その問題意識の高さと覚悟が容易に窺える。
「野球界でいうと、1つの要因は若い世代に多い勝利至上主義だと僕は思っています。どの年代も選手の子供たち、選手の将来的な活躍よりも今を勝つという、今の結果を重視された勝利至上主義が一番問題あるのではないかなと思っています。日本のプロ野球ではリーグ戦が行われていますが、体のできてない骨格のできてない子供たちの大会のほとんどがトーナメント制で行われています。どうしても、選手の成長よりも今の試合に勝つということが優先されています。指導者の方は勝つために、勝つことが子供にいいことと思って良かれと思ってやっていることが、実はそこに子供たちの負担になっているという現状があると思います」
「体のできてない骨格のできてない子供たち」が、「勝利至上主義」によって過剰な負担をかけている現実を、筒香は指摘し、批判する。
筒香のスピーチは、ここから、一問一答の会見にシフトする。
野球が「スポーツではなく武道のようではないか」と訝(いぶか)る母親の声を聞き、子供たちのトーナメントを見た記者の、「子供たちの母親とは話をするのか」という問いに、大阪府堺市のNPO法人が運営する少年野球チーム、「堺ビッグボーイズ」の出身の筒香が語った内実は、以下の通り。
「堺ビッグボーイズのお母さまから、まずは自分の家のチームに見学に行ったら、あまりにも怖(こわ)過ぎて入部できなかったというお母さんも、多々いました。あとは、周りのチームが練習長過ぎるので子供たちが遊びにも行けない、勉強する時間もない。親もお茶当番もあるので、子供たちとどこかへ出掛けたり、親が、お母さん方が何かしたいことも何もできないという声がありました。
(略)堺ビッグボーイズの今、小学部は、70人ほどいます。年々、入部数が増えているのが現状です。本当に子供たちの将来を考え、野球を楽しませる環境を作れば、野球人口が減っていると言われていますが、野球人口というのは増えていくのかなと思っています」
ここから、筒香の問題意識が表出し、フルスロットルで全開する。
「WBCの球数制限は、普通に考えればプロ野球選手、大人が球数制限で守られているという中で、子供たちが球数制限、子供たちが守られてないというのは、これはおかしい話だと僕は思いました。球数制限をやって、僕自身、試合する中での違和感というか、そういうものはありませんでした。
(略)プロの世界ではファンの方があってのプロ野球選手だと僕は思っていますし、そこに試合を見に来る、料金が発生するのは当然のことだと思いますが、高校野球で言うと、高校の部活に大きなお金が動いたり、教育の場と言いながらドラマのようなことを作るようなこともあります。新聞社が高校野球を取材していますので、子供たちにとって良くないと思っている方はたくさんいると思いますが、なかなか高校野球の悪というか、全てを否定しているわけではありませんが、子供たちのためになっていないという思いを、なかなか伝え切れていないのが現状かなと思っています」
「年々、全国で野球体験会というのが増えています。野球をやっていない子供たちのところに、野球選手が出向いて体験会を行っています。高野連のほうも今後の野球の普及を挙げており、体験会をするということをおっしゃっていましたが、高校野球部員たちが野球をやっていない子供たちのところに行って、野球の素晴らしさを伝える活動をしていくと思います。そのこと自体はすごく大切なことで悪いことだとは思わないですが、そこで興味を持って野球を始めた子供たちが、そこで体感したことと、実際のチームに入ったときにあまりにもギャップがあるということで、野球をやらないという方も、子供たちも多く聞くので、体験会をすることは素晴らしいですが、チームに入ったときのチームの在り方、環境が問題なのかなと思っています」
筒香は、更に続ける。
「指導者の方は、小学校、中学生でいうと、基本的には平日仕事をして、土日ボランティアで子供たちに指導をされている方が多いと思います。ですので、なかなか仕事のほうも考えないといけない、子供のほうも考えないといけない。勉強する時間も、自身の家庭もあると思うので、なかなかそちらに時間を取れないという現状があると思いますので、近いことでいうと、やはりルールを決めて、まずは子供たちを守ることから始めることが一番じゃないかなと思っています。
(略)将来がある子供たちを守るには、一発勝負のトーナメント制をやめ、リーグ制を導入したり、ルールで、球数制限や練習時間を決めるなどする必要があると思っています。指導者の方は、良かれとやって、うまくなってほしいと思ってやっていることだと思いますけど、子供たちを見守る、いい距離感で子供たちに指導する、長時間練習、罵声(ばせい)、暴力、そういうのをなくす、指導者の方の頭の中が常にアップデートされ、時代に比例した野球指導を行っていく必要があると思います」
繰り返しが多い筒香のスピーチは、堅固に内面化されている彼の主張が、抑制的に抑えつつも、最も伝えたい思いをリピートすることで、感情を込めた表現を外化してしまうからだろう。
「ルールを決めて、まずは子供たちを守る」
「筒香会見」には、「自分が見たものが全て」という、視界限定の狭隘さの感を否めない印象を受けなくもないが、それでも、スポーツ科学の専門家の協力を得て、データの一部を提示して、高い問題意識を継続的に抱懐(ほうかい)した者の熱意が、余すところなく開陳(かいちん)されていた。
ここで問題になるのは、一発勝負のトーナメント制を継続するが故の、アマチュア野球での「勝利至上主義」。
この「勝利至上主義」が、アップデートされていない野球指導者たちによる、長時間練習・罵声・暴力を生む構造になっていること。
リーグ制のプロ野球の「勝利至上主義」が、金銭を払って球場に来る観客への最低限のレスポンスであり、且つ、ゴールに向かって進んでいく組織の結束力としての、「チームビルディング」を構築する「職業意識」のリアリティの体現であるが故に、プロフェッショナルとしてのチームメイトとの競争を経て、真剣にプレーするアスリートの集中的表現の結晶点が、「勝利」に対する強い拘泥の必然的な帰結である。
だから、何の問題もない。
決して雄弁ではないが、「子供たちの自主性」を奪う「指導」を、看過しがたい問題として繰り返し指摘する、筒香の舌鋒鋭いスピーチに傾聴せざるを得なかった。
「指導者の罵声、暴言、子供たちができないことに対して、子供たちができないのは当たり前なのに、子供たちができないことに対して、それにいら立てている、怒っているという現状」を見聞きした筒香のスピーチには説得力があり、この〈現在性〉に力点が置かれているように感じられた。
「指導者」が甲子園という頂点を目指し、子供たちのプライバシーを管理し、その協力を子供たちの母親に対して、それが「少年野球の常識」であるかのように求めるのだ。
それ故、アマチュア野球の「勝利至上主義」が、高校野球に集中的に体現されていること。
それが「諸悪の元凶」となる。
筒香は「甲子園の野球」を明瞭に批判したが、私がよく使う、「体育会系原理主義」という、ネガティブ含みの強い言辞こそが、問題の本質なのである。
「子供が優先にならないといけないのに、大人が中心になってやってしまっている。(略)大人が守らないと子供の将来はつぶれる」
深い感銘を覚える。