<セルフネグレクトすることで削られてしまう「自己尊厳」だけは手放せなかった男の物語>
1 物言わぬラストシーンの先に待つ、ネガティブな状況を引き受けていく覚悟
頑固だが、仕事熱心なエンジニアのティエリーが、人件費の削減のためにリストラする会社の経営方針の犠牲となり、集団解雇される。
進路で迷う発達障害の一人息子と、心優しい妻を持ち、失業の憂(う)き目に遭(あ)ったティエリーの再就職探しが開かれるが、この国の若者たちの失業率の異様な高さと切れていても、中高年の再就職も決して楽ではなかった。
職安に斡旋されたクレーン技師の資格を取得しても、未経験者だから雇えないと断られる始末。
面接は頓挫(とんざ)し、必死で職を得ようとする寡黙(かもく)なティエリーが、その性格を反映する就活セミナーでの模擬面接のシーンが面白かった。
「猫背に見えて、覇気が感じません」
「胸元が開いていました。浜辺にいる気楽な人みたい」
「笑顔がなく、冷たい感じが」
「考え込み、心、ここにあらずという感じ」
「おどおどして、心を閉ざしてるように見えます。答え方もおざなりで、面接に集中していない様子。主張がない」
「活気がない」等々。
ティエリーの模擬面接での様々な態度を、明らかに、年少の若者たちから、率直に吐露されるのだ。
そして、就活セミナーの講師による、面接での守るべき態度を教示される。
「面接では、愛想の良さが、とても有利な要因となります。面接官に、いい雰囲気を感じさせること。彼らは、あなたの働く姿を想像します。面接での態度や表情から、職場での姿を思い描くのです。ですから、面接での社交性は重要な決め手となります」
それを真摯に受け止めるティエリー。
模擬面接でのティエリーの態度こそ、トレーラーハウスの売却交渉で見せた頑固さや、愛想の悪さ、「冷たい感じ」などが、この直後に、彼が得た職にフィットするように印象づけるものだった。
彼が得た職 ―― それは、スーパーの監視人という、常に目を光らせて店内を見回る、「万引きGメン」のような職務。
ティエリーは、スタッフと協力し、店内の見回りや監視カメラをチェックして、万引き犯を摘発したら、常習犯でない限り、報告書を書かせ、できる限り、その場で金銭的に解決するという職務を遂行するが、どこのスーパーでも常態化しているように、当然ながら、万引きの対象にレジ係などの従業員も含まれていた。
それは、防衛的で、家族思いの誠実な性格と些(いささ)かマッチングしないような仕事だったが、真面目な性格が功を奏して、忠実に職務を遂行するティエリー。
そんな彼が意想外の事件に遭遇する。
仕事熱心な女性従業員がクーポンの割引券を、常習的に万引きしている現場に立ち会って、即日解雇されたその夜、店内で自殺するという衝撃的な事件だった。
数日後、ティエリーは黒人女性のレジ係が、自分のポイントカードをスキャンさせた不正行為を監視カメラで目撃し、別室へ連れて行く。
「これは犯罪よ」と女性監視人。
「たかがポイントよ?万引きとは違うわ」とレジ係。
その現場に立ち会ったティエリーは、レジ係から、「あなたでも、上司に報告する?」と問われ、「分らない」と一言、反応するのみだった。
その直後のティエリーの行動は、意を決したように部屋を出ていくシーン。
自ら選択した再就職先を退職し、スーパーの監視人という職務と訣別(けつべつ)するのだ。
物言わぬラストシーンの先に待つ、ネガティブな状況を引き受けていくティエリーの覚悟を問うかのように、観る者に暗示させて、ドキュメンタリーの如きリアリズムで貫流させた物語が閉じていく。
人生論的映画評論・続「人生論的映画評論・続: ティエリー・トグルドーの憂鬱('15) ステファヌ・ブリゼ」('15)より