半世界('19)   阪本順治

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<「自分が見たものが全て」のトラップに嵌らない相対思考の大切さ>


1  息子に関しては気強い母と、息子に関与することから逃げる父


主要登場人物は5人。

主人公の紘(こう)は、炭焼き窯で備長炭びんちょうたん)を作る炭焼き職人の二代目。

中古車店の店長・光彦。

そして、元自衛隊員の瑛介(えいすけ)。

この3人は、「代わりばんこで同級生をやってきた」(紘の言葉)小・中学校時代の同級生で、現在39歳の男たち。

あとの2人は、紘の妻の初乃と、その息子・中学生の明。

この5人が織り成す物語は、自衛隊を辞めた瑛介の帰郷から開かれる。

「俺が分かっていないって、どういうこと?」と紘。
「あいつが物を言いてえのは、初乃ちゃんじゃなくて、お前なんだよ」と光彦。
「何が」
「お前、明に関心も興味も持ってねえだろ。それがあいつにもバレてんだよ」
「俺の仕事やってみれば、分かるよ」
「でも、お前の親父さんは、お前にもっと関心があったよ。興味もな」
「もう、いいよ!黙れよ。子供もいないくせに、よく言うわ」
「あ、そう。呼び出したの、お前だからな」

某地方都市のスナックでの、紘と光彦の会話。

「瑛介、あいつ、スーパーで惣菜買って、それ以外はずっと閉じこもってるからな。それだけ、言っとく」

これは、帰り際に言い放った光彦の言葉。

会話冒頭の「あいつ」とは、同級生から墨汁を顔に塗られるほどの虐めを受けている明のこと。

それを初乃が紘に話しても、一向に虐めと認めない無関心さを光彦は指摘したのである。

「普通の高校に行かせる」

虐めを案じつつ、明に言い放つ初乃。

息子に関しては気強い初乃と違って、明の置かれている状況に関与することから逃げている紘が、初乃の父親の助けを借り、修築した実家に閉じこもっている瑛介を訪ねた時のこと。

「俺の仕事、手伝えよ。掃除手伝ったろ」と紘。
「お節介はいい」と瑛介。素っ気ない。
「違うよ。きついんだよ、一人じゃ」
「俺のこと気にしてるんなら、いいんだよ」
「じゃ、何のために戻って来たんだよ。俺たちがいなくても、お前、戻って来たか?いるから、帰って来たんだろ、のこのこ…何があったか、言えよ。俺も光彦も暇じゃないんだよ。気になんだろ」
「聞くけど、俺のこと、雇う金なんかないだろ?お前んとこ、大変で」
「甘ったれんじゃないよ。ボランティアで頼んでんだよ」

紘がそう言うなり、いきなり玄関の戸を閉められるが、結局、紘の仕事を手伝うことになる瑛介。

チェーンソー で原木のウバメガシを伐採し、窯の高さに切り揃えるという「木ごしらえ」を行う。

紘の作業を手伝った瑛介は、驚かざるを得なかった。

「こんなこと、一人でやって来たのか」
「ああ。親父の時代は窯が二つあって、弟子も数人いて」
「バブルもあったからな。明君に跡継がせるのか」
「いや」

光彦、紘、瑛介の3人は、その夜、行きつけのスナックで飲んでいた。

これまでの暗鬱な態度と打って変わって、弾けるように喋りまくる瑛介。

赴任地での、部隊の様子を面白おかしく語るのだ。

その流れで、毛布を被(かぶ)っての、浜辺での思い出話・世間話に花咲かす3人。

一方、炭を作る紘の生業(なりわい)は、他企業との競争の中での高級旅館の営業もあり、新たに販路を見出そうとしても上首尾(じょうしゅび)に終わることなく、厳しい経営環境に追いやられていく。

公務員になることを求めた父に反発し、殴られながらも意地で炭焼き職人になった紘にとって、炭焼き業を維持することに精魂を費やすのも、そこだけは譲れない彼の意地だった。

そんな男が家庭のことを顧みる余裕もない中、明が万引きで捕まり、警察に出向くことになる。

「虐めなんかないって、言ったの誰だよ」

父の矛盾を突く明。

「父さんがダメなら、担任に相談する」
「そんなことしたら、ぶっ殺すぞ!」
「何だ、その言い方!

胸倉を掴む父。

そこまでだった。

しかし、息子に対する初乃の態度は半端ではない。

「俺、あいつらと対等だから」
「じゃあ、本当のバカになったんだ。良かったじゃない」
「高校なんか、いいから」
「あんたが、決めることじゃない」
「逆だろ、普通」
「母さんの意地よ。逆らえないから…根性なし!」

我が子の将来を案じる初乃の想いは、ストレートに明に向かうから、それを受ける明の気持ちを幾分、溶かすのだ。

以下、人生論的映画評論・続: 半世界('19)   阪本順治 より