<14歳の少年の成長譚が、今、ここに胚胎し、時間を溶かしていく>
1 大人の世界のリアリズムの洗礼を浴び続け、指針なき時間に宙摺りにされる少年
旱魃(かんばつ)の深刻化によって、米国西部の山火事による被害が拡大している現実は、大きな社会変動(公民権運動等)が目前に迫っていた米国社会の遷移とは無縁に、1960年代初頭のモンタナ州でも変わりなかった。
映画の舞台となったグレートフォールズは、ロッキー山脈北部の山々が、山火事の煙に覆われる大自然・グレイシャー国立公園(世界遺産)への起点の街である。
このグレートフォールズの町に、引っ越してきたばかりのブリンソン一家。
また引っ越す?」とジョー。
「父さんは失業しても、必ず仕事を見つけてきた。今回も信じましょ」とジャネット。
これは、レッスンプロ(ゴルフ)の父親ジェリーが、唐突に馘首(かくしゅ)され、その妻ジャネットと14歳の息子ジョーとの短い会話。
職を転々とする夫に従い、連れ添ってきた妻は、思春期の真っ只中にあるジョーを案じて諭(さと)すしかなかった。
夫の失職で、元臨時教師のジャネットは、専業主婦という「利得」を捨て、YMCAの
スイミング・インストラクター(指導)の職を得る。
ジョーもまた、熱心に打ち込んでいたアメフトを辞め、写真館のバイトに就くことになった。
『アメリカは強い国だ。だが、もっと強くなれる。1960年という、困難が山積みの年に、もう一度、国を動かそう』
このラジオ放送を聞いたジェリーが山火事の消防士の募集に応募し、本人から何も聞かされていなかったジャネットは怒りを炸裂させる。
バイトから戻ったジョーは、その両親の険悪な場面に遭遇する。
「役に立ちたい」とジェリー。
「報酬は幾ら?」とジャネット。
「時給一ドル」
「バカげてるわ」
「短い間だ」
「死んじゃうかも」
「初雪が降れば帰って来る」
「あなたは逃げてるだけ!」
こんな調子だった。
決断したら、行動は速い。
子供っぽさと同居する、男っ気満載の男なのだ。
かくて、危険がつきまとう消防士の仕事に出発する父。
その父を、いつまでも見送る息子。
両親を思い遣る気持ちが強いジョーは、落ち込んで横になっている母に、父の言葉を伝える。
「怒らせる気はなかったって」
明らかに、言葉を選んでいる。
「信念は立派だわ。私を捨てる気かしら」
「まさか」
「最近、してなかったし…こんな話イヤ?引っ越すんじゃなかった。こんな寂しい場所に置き去りに…」
思春期スパートの渦中にある我が子に、「セックスレス」の状態を吐露する母親の言辞に戸惑うジョー。
ジョーが父母の確執に心を痛めるのは、両親から愛されていて、ナイーブだが、家計を助けるために、率先して写真館のバイトをする行為に現れているように、自分もまた、「壊れかかった家族」の一員であるという自覚があるからだ。
だから、「父」を欠いた家族の中枢にあって、ジョーは、本来、父母が為すべき家の雑務をも引き受けていく。
バイトで稼いだ金で、壊れたトイレの部品を買い、それを修繕するばかりか、夕食の買い出しをも切り盛りするのだ。
山に夫が消えた後、すっかり変身した母は、水泳教室で知り合ったリッチな中年男ミラーと親しくなり、スイミング・インストラクターを辞め、彼の経営する自動車販売店の職を得たと言うのだ。
この辺りから、ジョーの視界に核家族のネガティブな変容が捕捉される。
以下、人生論的映画評論・続: ワイルドライフ('18) ポール・ ダノより