1 「純真無垢」の記号が「抑圧」の記号に反転するとき
物語の梗概を、時系列に沿って書いておこう。
1913年の夏。
北ドイツの長閑な小村に、次々と起こる事件。
村で唯一のドクターの落馬事故が、何者かによって仕掛けられた、細くて強靭な針金網に引っ掛かった事件と化したとき、まるでそれが、それまで連綿と保持されていた秩序の亀裂を告知し、そこから開かれる「負の連鎖」のシグナルであるかのようだった。
以下、それらの「事件」、「事故」や、看過し難い出来事を列記していく。
まず、冒頭のドクターの事故を忘れさせるような悲劇が出来する(ナレーターでもある村の教師の言葉)。
荘園領主でもある男爵の納屋の床が抜け、小作人の妻が転落死するが、男爵に恨みを持った小作人の息子は「事件」を確信して止まなかった。
同日、牧師の息子であるマルティンが、橋の欄干を渡る危険行為を教師が目撃し、本人は死ぬつもりだったと告白。
父に伝えられることを恐れるマルティンには、既に物語の序盤で、定時の帰宅時間に遅れた姉のクララと共に厳しく叱咤されていた。
以下、その際の父の説教。
「今夜は、私も母さんもよく眠れない。お前たちを打つ私の方が痛みが大きいのだ。お前たちが幼い頃、純真無垢であることを忘れないようにと、お前たちの髪や腕に白いリボンを巻いたものだ。しっかり行儀が身に付いたから、もう必要ないと思っていた。私が間違っていた。明日、罰を受けて清められたら、母さんに白いリボンを巻いてもらえ。正直になるまで取ってはならない」
「白いリボン」とは、厳格な牧師の父にとっては「純真無垢」の記号であるが、それを巻かれる子供たちにとっては、「抑圧」の記号でしかないことが判然とする説教の内実だった。
2 子供たちの「従順過ぎる自我」の心理的背景にある、専制君主的な男たちの振舞い
秋の収穫祭の日。
男爵家のキャベツ畑が荒らされるが、犯人は、転落死した小作人の妻の息子だった。
その夜、男爵家の長男が逆さ吊りの大怪我を負い、父を激昂させる。
「犯人は我々の中にいるのだ。私は罪人には必ず罰を与える男だ」
小作人を集めた前で、村人の半分を小作人に雇う男爵の檄は、村人たちを震撼させるに足る劇薬だった。
男爵家の長男の問題の責任を問われて、男爵家の乳母であるエヴァが解雇され、彼女に好意を持つ教師に泣きつくというエピソードが拾われていた。
まもなく、事件に怯(おび)える男爵夫人は子供たちを連れて、実家に帰っていく。
冬。
家令(事務・会計管理、使用人の監督等の任務に就く)の赤ん坊が風邪をひくという小さな出来事を、映像は拾っていく。
その風邪の原因は、赤ん坊の部屋の窓が開いていたことにあり、この辺りから、「事件」、「事故」に子供の関与が濃厚になっていくという伏線が張られていくが、その伏線の回収は遅々と進まず、いよいよミステリーの濃度を深めていくのだ。
男爵家を解雇されたエヴァの両親に、意を決して、教師は求婚に行く。
しかし、父親から結婚を1年待つように、一方的に通告されるばかりで、その些か命令口調の通告を受容する以外にない善良なる教師が、そこにいた。
既にエヴァは町で働いていて、ここでも、娘の良縁の可能性を捨てていない厳格な父親の意識が見え隠れするが、しかし、その本音は、教師の人間性を観察するための「猶予期間」であったのだ。
また、「事故」が出来した。
男爵家の荘園の納屋が火事になり、小作人が縊首しているのが発見されたのである。
更に、退院したドクターは助産婦との男女関係を続けていたが、彼は信じ難い言葉を吐き、彼女に別れを告げるのだ。
「お前は醜く、汚く、皺(しわ)だらけで、息が臭い。ふぬけた死人のような顔をして。世界は壊れない。お前にも私にも」
このように、映像は、この村に住む男たちの専制君主的な振舞いを次々に見せていくのである。
この専制君主的な振舞いこそ、村の子供たちの「従順過ぎる自我」の心理的背景にあることを示していくのだ。