捩れ切った関係交叉の齟齬が生む「もどかしさ」 ―― 映画「よこがお」('19)の訴求力の高さ   深田晃司

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1  クラクションを鳴らし続ける女の復讐譚

 

 

 

現在と過去の時間を往還する映画。

 

ここでは、できる限り時系列を追って書いていく。

 

まず、「過去のパート」から。

 

主人公は、訪問看護師として働く平川市子。

 

大石家の末期癌を患う祖母・塔子(とうこ)を担当している。

 

その大石家に、市子を慕う基子(もとこ)がいた。

 

彼女は市子の影響を受け、介護士になるための学習に勤(いそ)しみ、市子のサポートを受けていた。

 

婚約者の医師・戸塚と共に、大石家に市子がやって来た。

 

そこで、基子の中学生の妹サキが失踪した事実を、母親の洋子から告げられる。

 

そのサキの失踪報道をテレビのニュースで見てから、いつものように大石家に着くと、メディア関係者が屯(たむろ)っていた。

 

塔子の看護中、サキが見つかった知らせがもたらされる。

 

保護されたサキが退院するので、迎えに行く準備をする洋子との会話中に、犯人が拘束されたというテレビニュースが流れる。

 

あろうことか、その画面には、市子の甥の辰男が映し出されていた。

 

辰男はサキの失踪の日、喫茶店で勉強していた基子とサキと市子のもとに、本を届けにやって来た若者だった。

 

犯人が自分の甥であることを、洋子に告げようとすると、基子がそれを押し止(とど)めた。

 

「今のままなら、事件と市子さんの関係は分からないと思います」

 

基子にそう言われて、市子は心情を表白する。

 

「やっぱり私、話そうと思うの」

「ダメ、ダメそんなこと」

「だって、嘘つけないし、謝らないと」

「そんな、別に市子さんが悪いわけじゃないじゃないですか。それに…そしたらもう、ウチに来れなくなっちゃう」

「そうだろうね」

「いいの?それで、市子さんは。私は嫌だ」

 

婚約者にも事実を話せず、葛藤する市子。

 

サキは失踪中レイプされたと学校で話題にされ、メディアも押しかけたことも加速し、煩悶しているのだ。

 

その事実を知り、市子は再び打ち明けるべきだと吐露するが、基子が頑なに止める。

 

基子は市子を元気づけようと、二人で動物園へ行く。

 

その帰りに、婚約者の戸塚が車で迎えに来たところで、市子と戸塚が婚約中であることを、基子は初めて知らされる。

 

「決定なんですか?結婚」

「うん、まあ一応」

「そうですか。おめでとうございます」

「ありがとう」

 

それだけだった。

 

いつまでも、市子を乗せた戸塚が運転する車を見つめる基子。

 

明らかに衝撃を受けている。

 

今、戸塚父子と市子が、仲睦まじくソファで微睡(まどろ)んでいる。

 

市子に携帯電話がかかってきたのは、その時だった。

 

相手は、情報提供を受けたという何某かの記者。

 

件(くだん)の記者から、市子が大事なことを隠していると問い詰められるが、反応する術(すべ)もなく、「違います」と小声で答えて、電話を切った。

 

「恐怖の看護師?誘拐対象を手引き!?」

 

こんな刺激的な見出しがついた週刊誌を洋子に突き付けられ、説明を求められる基子。

 

「黙っていたことは、本当に申し訳ありません」

「あなたが手引きしたの?」

 

それを否定し、弁明する市子。

 

そこに基子がやって来て、母親の強い口調を制するが、「あなたは黙っていなさい」と一言で片づけられる。

 

そして、この家と縁を切るような態度を受け、もう為す術(すべ)もなかった。

 

報道の事実を知った戸塚には、結婚の意志は変わらなかった。

 

「謝罪の言葉はないんですか」

 

市子に対するメディアの攻勢が開かれ、彼女の職場でも問題化する。

 

皆、雑誌の内実を知っているのだ。

 

そんな中で、市子と基子の交流は続いている。

 

「市子さん、それなら一緒に住まない?あたしとルームシェア

 

この基子の申し入れに対し、市子は戸塚との結婚を理由に、「基ちゃんも、住むんだったら、彼氏と一緒に住んだら?」と柔らかに答えるのみ。

 

この市子の一言によって、物語の風景は一気に反転していく。

 

豹変する市子の態度の意味は、その直後の映像で判然とする。

 

メディアスクラムが炸裂するのだ。

 

テレビ画面では、基子と思われる女性が、市子について語っている。

 

「いい人ですよ、やさしいですし。でも、言っていいのかな。犯人の彼、鈴木辰男が幼い時に、彼女、ズボン降ろしてイタズラしたって。それはちょっと、どうなんだろうと思いました。絶対、犯人の人格に影響しますよね。なのに彼女、結婚するとか言うんですよ。人の家庭壊した人が、幸せになっていいのかなって」

 

テレビの生放送を、看護ステーションのスタッフと共に見入る市子。

 

「彼女、嘘ついてる」

 

弁明する市子に対する仲間のスタッフたちの冷たい視線が放たれ、この小さなスポットが澱んでいた。

 

以下、人生論的映画評論・続: 捩れ切った関係交叉の齟齬が生む「もどかしさ」 ―― 映画「よこがお」('19)の訴求力の高さ   深田晃司

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